殲滅のマタドール:24話 アナタの記憶
「……それが、貴女の婚約者……」
「ああ、あれほど美しい女はきっとこの世に存在しない!今でも私があそこまで狂ったのはセシリアだけだ……」
そう語るクリスティーヌの顔は心から嬉しそうであり、自慢の婚約者を誇るようでもあった。
呆気に取られた表情で想い人との記憶を語る彼女を見つめる二人へ、更に惚気話は続けられた。
「ふふっ……まったくアイツと来たら見た目は愛らしい小動物だというのに、中身は魔物のように荒々しかった!街中で買い物に出た際は私に色目を使ってきた男に片っ端から炎の魔術を使って追い払い、訓練の為に城に行き稽古をしていると相手を凄まじい眼光で睨み付けて怯えさせていた!あははっ!あれは気の毒だったな!」
目尻に浮かんだ涙を拭い息を吐くと、クリスティーヌはそんな幸せな日々でいつも見てきたあの太陽の様な笑顔を思い出し顔を俯かせた。
過激な程の愛情を自分に向けてくれて、それ以上に二人きりの時には優しい目を向けてくれた少女……そんな彼女をクリスティーヌは心から愛していた。その愛情がお互いにあると信じて疑わなかった。
しかし、そんな騒がしくも愛おしい日々は長くは続かなかった。
「……それがどうして魔導師を殺すという考えになるんですか?……」
アヴィにそう尋ねられたクリスティーヌは顔を見られまいとするように背を向けると、先程より覇気の無い……力の抜けた声色で静かに語った。
「……セシリアの生まれたランバース家はかつて栄華を誇っていた魔導師の家系だったが、常に進化していく魔術の発展に追い付けていなかった……。過去の栄光が忘れられないセシリアの両親はそこで……あんなバカげたことを思い付いたんだ……」
「……バカげたこと?……」
そこで、震える吐息と共に背を向ける彼女の指が硬く握られた。込み上げてくる激情をどうにか抑える様に拳を握ると、小刻みに揺れる唇から上擦った声が聞こえた。
「……奴等にとって……セシリアは優秀な血統を手にする為の……道具に過ぎなかった!……あのクズ共は、彼女の命を骨の髄まで利用して……自分達の目論見を叶えようとしたんだ!……」
−−−−−−−−
それは二人が婚約し三年の月日が流れた頃、急に体調を崩したセシリアは寝込む事が多くなった。心配するクリスティーヌは当時、新入りの騎士として多忙な日々を送りながらも空いた時間には必ず家へと戻り妻であるセシリアを懸命に看病した。
国中の名高い医者が検査を行った所で原因は分からず、軍属の治癒魔導師をも使い施術をしても治る事はなかった。
元々細かった腕が更に細くなっていく冷酷な様を見せられ続け、彼女を守る騎士になると誓った自分の無力さに心が砕けそうになりながらもクリスティーヌは夫として懸命に彼女を支え続けた。
しかし、あまりにも呆気なくその時は訪れてしまう。
回診に来た医者によりその晩が最後の時だと告げられたクリスティーヌはその瞬間を迎えるまでの間、食事も取らずひたすら愛する妻の体が横たえられたベッドから離れる事なく細くなった指を握り続けて泣いた。
泣きながら己の無力さを謝る事しか出来なかった。
「セシリア……セシリアァァッ……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!……」
「……あやまら……ないで……クリス、ティーヌ……」
「貴女を守るって!騎士の誇りに誓って、貴女を守るって決めたのにぃぃっ!……役立たずで、ごめんなさいっ……」
「……わたしは、すっごく……しあわせだったんだから……泣いちゃ、やだ……」
困ったようにそう笑う彼女の健気さが余計にクリスティーヌの胸を引き裂いた。その時が来る事を察した医者は、重く無念さを滲ませる様に溜息を吐くと悲しみに打ちのめされる娘にどうしてやる事も出来ずにただただ悲嘆に暮れて立ち尽くす両親へ“最後の時を二人で過ごさせてあげましょう”と声を掛けせめて愛おしい伴侶と過ごすその時間に余計な事を考えなくて済むように気遣った。
二人きりになり、いよいよやって来るその瞬間を受け入れたセシリアはやつれた顔に心からの感謝と愛情の込められた笑顔を浮かべ愛おしい人へ言った。
「……あり、がとう……クリスティーヌ……最後に、とっても……素敵な……夢が見れたわ……」
「夢なんかじゃない!私は確かに存在してた貴女を愛した!貴女が好きだった!……太陽みたいに眩しい笑顔が好き、騒ぎになるぐらい向けてくれる愛情が好き、その細い腕が……大好きなのっ!……お願い……お願いだから!……」
「……ふふっ……あなたは、ほんとうは……とっても怖がりで……弱々しい……臆病者ね……」
「ええ、そうよ!怖い!怖いのよ!……私、貴女の居ないこの先の時間が怖い!……生きていたくない!……そんな、そんな人生なんて!……」
「……クリス……ティーヌ……」
「……一人に……しないでよぉぉ……こんなに好きになった私を……置いて行かないでよぉぉっ……う、うぅぅぅぅぅっ……」
それは少女の必死な願いだった。彼女の居なくなった先の世界が堪らなく恐ろしく、真っ暗な暗闇の様に感じた。だからこそ、そんな闇を照らす陽射しである彼女にしがみ付いた。
しかし、その光はあまりにも弱々しく……今にも消えてしまいそうだった。
きっとこのまま旅立てば彼女は壊れてしまう……だから、セシリアは愛おしい人へ言うべき最後の言葉を決めた。
「……クリス、ティーヌ……聞いて……」
「……セシリア!セシリアァァッ!……やだ、やだっ!置いてかないで!置いてかないでぇぇっ!……」
硬くその指を握ると、彼女は消え入りそうなほど小さな声で……その願いを託した。
−−−−クリスティーヌ……私なんて、忘れて。幸せになって……。
「……う……あ……セシ……リアァ……!。あ、う、うぅぅぅぅぅあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
−−−−−−−−
「……彼女はそのまま旅立ってしまった……もう、手の届かない場所にまでな……」
「……セシリアさんは病気か何かで?……」
「いや、どんな医者や治癒魔導師を使っても治せなかったんだ。病ではない……あの子が死んだ理由はすぐに分かったよ……。その日からセシリアの父親が彼女の兄を連れて頻繁に私の屋敷へ出入りする様になった。そんな気分でもないのに次の相手はどうするかとか、そんな話ばかりしてて……何よりセシリアの兄の向けるいやらしい視線が堪らなく気持ち悪くてすぐにでも斬り殺してやりたい気分だった……」
そこで二人はある可能性に気付いて息を飲んだ。自分の娘が死に、更に若くして婚約者との死別等という深い絶望の最中に居る少女へそんな事を言いに来るのは明らかにおかしかったからだ。
そのあまりにも悍ましい真意を口に出すべきか迷う二人に向けて、クリスティーヌは掠れた声で言った。
「……最初から何もかも……あいつらの仕組んだ政略結婚だったんだよ……。セシリアは魔導師としての素養が低く、低級魔術しか扱えなかった……彼女の兄も似たようなものだ。だから奴等は私へ娘を差し出した……無理矢理上級魔術を扱わせようと魔石を体に埋め込み、何度も何度もルーンを刻んでは消してズタボロにした余命数年の娘をな!!」
そこでクリスティーヌは炎の様に燃える感情のまま、拳を壁へと叩き付ける。荒く息を吐きながら、窓の外へ憎悪に燃える瞳を向けた。
そのあまりにも悍ましく、あまりにも冷酷な行いに二人は唖然とする他なかった。
「……あの子はその役目を受け入れた……役に立たない自分であっても没落した家を建て直す力になれればと……本来なら結婚した時点ですぐに倒れたって不思議ではなかったのに……!。あの子は……ボロボロの体で……私を懸命に愛してくれた!……」
「……そんなのって……」
「……だが、奴等にとってはあれだけ長生きした事は想定外だったらしい……。ある日、悲しみに暮れていた私が植え込みの傍に隠れて泣いていたのも知らずに奴等は屋敷から出ると言ったんだよ……。“三年も待たせるなんて親不孝者だ”、“さっさと死ねば息子がもっと早くにあの女をモノに孕ませ、優秀な血を宿した魔導師が生まれる筈だったんだ”って……!」
「……ひどい……」
魔導師という立場の人間の常識は、通常の人間の考える常識からあまりにもかけ離れたものだった。血統を重んじ、血筋によって実力の決まる彼等は彼等なりの信念と常識に従い行動した。
しかし、彼等にとっての常識は……その気高い騎士にとっては邪悪そのものだった。
彼等の思惑に気付いたクリスティーヌは敢えてその策に乗る事により、愛する人の命を利用し尽くした悪を滅ぼすと決めた。そして、そんな悪意の蔓延る魔導師という存在を大量に殺せるその機会を待ち続けていた。
やがて、彼女が求めていた時はやって来た。
「……そうして待ちに待った瞬間が訪れた……私が二十歳の頃に東部で起きたベアルゴとの国境付近での戦闘……あれで私は効率良く、楽をして魔導師を消す方法を知った……」
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