殲滅のマタドール:23話 アナタのために
「クリスティーヌ様ー、二人を連れてきましたー!」
「ご苦労、入ってくれ 」
その部屋は西部の森に広がるその長大な城の主の執務室だった。クリスティーヌはノックの音と共に聞こえた声を聞き返事をすると椅子から立ち上がり窓際へと立った。
開いた扉へ視線を移すと、使用人服へ身を包んだ二人を見て実に嬉しそうに声を上げる。
「やはり二人ともよく似合っているな……此処の使用人服のデザインには少し予算を掛けたからな。とても綺麗だ……」
「……アンタに褒められてもちっとも嬉しくないわよ……」
サシャは戸惑うアヴィの腕を硬く抱き寄せつつ警戒するような目を向ける。まるでこの子は渡さないと言う風に……。
険しい目付きでこちらを睨み付けるサシャへ不思議そうな顔をしつつ、クリスティーヌは二人へ備え付けられた長椅子へと座る様に促した。
二人が腰を落ち着けたのを見届けると、クリスティーヌは穏やかな口調でシャーリーへ声を掛ける。
「すまないシャーリー、少しこの二人とじっくり話したい事があるので席を外してもらえるか?」
「はぁいっ!御用があればお呼びください!」
明るい笑顔でそう答えると、シャーリーは深々と頭を下げ部屋を出ていった。それを見送り表情を引き締めたクリスティーヌは先程とは違い威圧感漂う軍人の顔をして二人へ問い掛けた。
「さてと……お前達には色々と聞きたい事があるのではないか?それこそ山のように……」
意地悪く笑う彼女を睨み付けると、真っ先にサシャが声を上げた。
「……何で皆を殺したのよ……?」
「西部国境警備基地の更なる拡大にはより広い土地と資源の発掘が不可欠だ。お前達の村の地下を掘り進めれば更にゴーレムの製造に不可欠な鉱物が手に入る……」
「……私達は生きてるのよ……そんな理由の為に皆は殺されたの!?」
「ああ、そうだ……ここまで拡大した基地の警備にゴーレムは必要不可欠、兵だけでは人手が足りない中ではいざ仕方ない……」
「それはアンタ達の勝手な理屈じゃない!……みんな、みんな失ったのよこっちは!……」
掌を机へ叩き付けると今すぐにでも掴みかからん勢いでサシャは相手を睨み付けた。幼い頃から悲しい別れを経験し心に傷を負ってきた彼女にとってそれまで過ごしてきた村と暖かな住人達は心の拠り所だった。その全てがたった一晩で消えてしまった……。
サシャの悲しみと怒りはアヴィの想像を遥かに越えるものだった。しかし、クリスティーヌは特に動じる様子もなく淡々と言葉を返す。
「まるで一方的にこちらが悪だと言わんばかりだが、さっきのシャーリーといい騎士のヨハンといい……私がどれだけお前達エルフ族の尻拭いをしてきたかも考慮に入れてほしいものだ 」
「……ッ……尻拭いって何よ……」
「……お前もエルフ族なら知っているだろう?ハーフエルフの連中がいかに酷い差別に苦しめられてきたかを……。この基地をまだ魔物除けの壁としか考えていなかった先代の建設計画の責任者共は村から追い出したエルフを娼婦として雇い欲望の捌け口にしてきたんだよ。その結果大量に産まれたのが人間からもエルフ族からも差別され忌み嫌われた大量のハーフエルフだ……」
「……そ、それは……」
「ヨハンとシャーリーを拾ったのは私がこの壁の建設責任者を任されてすぐ……彼等は工事が行われている現場近くの森で死にかけていたよ。それぞれ親に恥を隠すように捨てられた二人は身を寄せ合いながら雑草を食い希に降る雨でどうにか命を繋いでいた。あの当時にはそんな連中が森の中にゴロゴロ居たものだ……」
懐かしむ様に目を細めると、クリスティーヌは怒りを吐き出そうと口を開くものの何も言えなくなってしまうサシャを見て愉快そうに笑った。
それは紛れもなく、エルフ族自体の罪だった。森の中で野垂れ死ぬか魔物に食われるかの二択しか未来のない彼等を救い出したのがこのクリスティーヌ・バンゼッティという女である事を理解すると、エルフ族であるサシャには何も口にする事が出来なくなってしまった。
だから、人でもエルフ族でもないアヴィが言葉を続ける。
「……悲しい事に優劣なんて付けないでください……貴女は確かに立派な事をしたかもしれない、それでもサシャだって貴女のせいで何もかもを奪われた……。その罪はどんな事をしようと消えるものではありません……」
「それは確かにそうだな……居場所を奪った件については心から謝罪する、すまなかった……」
クリスティーヌはサシャの目の前に跪くと、頭を下げて目を閉じた。
サシャは小さく声を漏らすと、その頬を目一杯の力を込めて叩いた。乾いた音が響き、その怒りを受け止める様に赤く腫れた頬のまま目を閉じ続ける女へサシャは震えた声で言った。
「……とりあえず……これぐらいにしといてあげるわ、今のところは……」
「……そうする事が賢明だ 」
静かに目を開けた女は再び悪戯っぽくサシャを見つめた。気分を落ち着ける様に溜息を吐くサシャから目線を外すと、クリスティーヌは次にアヴィへと問い掛ける。
「お前もあるのではないか?聞きたい事が……」
「……貴女が私達を此処へ連れてくる前に言っていた事……あれはどういう事なんですか?……」
「ああ、あれか……ふふっ……」
そこで女はとっておきの悪戯を友人へ内緒で話す少女のような顔をして笑うと、表情とは裏腹にそのひどく物騒な夢を語った。
「私は一人残らず魔導師を皆殺しにする……この基地の建設も私の夢の一環だ……」
−−−−−−−
…魔導師を、皆殺しにする……。
その何度聞いてもゾッとする言葉をこの人はあの時と同じ様に何の迷いもなく口にした。
その口調からは特に強い感情は読み取れない。ただ成すべき目標について語っているだけ……そんな風に感じられた。
だからこそ余計に底知れない不気味さが感じられ、再び背中に悪寒が走る。
戸惑いつつ私は聞いた。
「……貴女の軍にも魔導師は居た。サシャを治してくれたのは貴女の隊の治癒魔術を使う魔導師ではないんですか?……」
「ああ、少し言葉が足りなかったな……私が殺したいのはいわゆる国家お抱えの魔導師、つまり軍属の魔導師という訳だ。私の隊の連中は私が独自に訓練し鍛え抜いた魔導師だ。彼等は私の殺すべき対象ではないし其処のエルフのお嬢さんも民間人である以上は対象外だから安心してほしい……」
「……どうして……貴女だってメルキオ帝国の軍隊に属している軍人の筈です。なぜ仲間である軍の魔導師を……」
「私は兵士になった覚えはない、私は騎士だ……命令され動くのではなく己の信念と尽くすべき者の為に力を奮う。私は国王などに忠誠を誓った気はない、私が心から愛と忠誠を手向けるのはただ一人……」
そこで彼女は胸を押さえると、懐かしむ様に目を細めその名を口にした。
「……セシリア・ランバース……私が心から尽くしたいと思え、私が心から愛おしいと思うのはその少女だけだ……」
「……セシリア・ランバース……」
「……お前もシャーリーから聞いているんじゃないか?私が同じ性の女を愛する人間であると……」
「……はい……」
名前からして恐らくその人物は女性なのだろう。そして、それまでとは違い穏やかな顔を浮かべる彼女の様子からしてどういった気持ちを抱いていたのかがよく分かる。
その瞳には、きっと私がサシャへ向けているのと同じ感情が宿っていた。
「……セシリアは、私の……婚約者だったんだ……」
彼女は静かに過去に起きたその悲劇の事を語り始めた……。
−−−−−
その日、メルキオ帝国の首都からやや距離を置く森の中に建つ華やかな屋敷で彼女の婚姻式は執り行われた。その屋敷はメルキオ帝国中に名を轟かせる名門貴族であるバンゼッティ家の所有する屋敷だった。バンゼッティ家は昔から優秀な騎士を多く輩出した名家であり、その一人娘のクリスティーヌも両親からの厳しい指導の元で性別を問わない騎士としての振る舞いや剣を扱う技術、そして気高い騎士道の精神を学んでいった。
灰色の髪を持つその美しい少女は12歳になる頃には既に大人を打ち負かす程に騎士として実力を付け、気品のある振る舞いや実直な性格は将来国家を守る優秀な騎士としての資質を充分に感じさせ周囲の大人達は期待を寄せた。
そんな彼女に結婚話が持ち上がったのは16歳になる頃だった。背丈は伸び、騎士としての凛々しさと女性としての魅力を纏う彼女は大勢の目を引き讃えられる存在となった。
魅力的な彼女を慕いそして添い遂げたいと願う男性は多かったし、それ以上に由緒正しい肩書と地位が約束された女性を伴侶にしたいと目論む男は遥かに多かった。
お見合いの提案は毎週のようにバンゼッティ家に届き両親は娘に相応しい相手を選別し、度々彼等の目に適う相手を彼女に紹介した。
しかし、クリスティーヌにとって恋愛も結婚も全てが煩わしいものだと感じた。騎士になるべく気高い精神と厳しい鍛錬を積んできた彼女にとって守られるだけの妻という立場がいまいち理解出来ず受け入れられなかったのだ。
そんな物よりクリスティーヌは自分の実力を余す事なく発揮できる戦う場所を求めていた。騎士としての生き様こそが彼女にとっての全てだった。
そこで、両親は手を打ったのだ。守られる立場にある事を嫌う彼女が妻としての立場を拒むのであれば、彼女を夫とし守る立場に置けば良いと。
顔すら知らず、興味も無いまま親が勝手に取り決めた結婚相手を初めて見たクリスティーヌは言葉を失った。
玄関のホールに姿を現したのは桃色の美しい髪を束ね、真っ白な純白のドレスに身を包む可憐な少女だったのだから。
見惚れる様に口を半開きにしたまま硬直するクリスティーヌの手の甲にキスをすると、彼女は目を輝かせながら言った。
「クリスティーヌ様……まさか、貴女のお側に妻として迎え入れられるなんて……」
「……へ、へっ?……えっ?……」
「……このセシリア・ランバース……これからは良き妻として、貴女の生涯を支え続けますわ……」
「……あ、う……お、お父様!ど、どういう事なんですか!?……」
うっとりと自分を見つめるその視線から逃れる様に視線を外すと、クリスティーヌは混乱しきった様子で父親を見た。しかし彼は何も言わずにニコニコと笑いながら手を叩き二人を祝福するのみだった。
一方的に迫るセシリアに言い包められ、そして大人達が勝手にその場を進めていく中でクリスティーヌはひたすら混乱と動揺に包まれたままその儀式を終えた。しかしながら、以前紹介された相手よりもその美しい髪や華奢な体、そして何より裏表のない愛らしい笑顔を間近で見て胸を高鳴らせている自分に気が付いた。
やがて彼女と話し打ち解け合う頃には少しずつ覚悟が決まり、儀式の最後を締め括る誓いのキスを交わす頃には明確に彼女を受け入れていた。その細い腰を抱き寄せ、目を細めて唇を重ねた瞬間にクリスティーヌ・バンゼッティは剣を捧げるべき相手を見つけた。
若き騎士は、この愛らしい笑顔を浮かべる桃色の髪の少女へ絶対の忠誠と愛を誓うと心に決めた。
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