殲滅のマタドール:22話 混血
廊下を歩く二人の後ろを巨大な戦斧を手にした二人の兵が付き纏う様にしながら随伴し、睨みを利かせておかしな行動を取らないかを監視する。背後からガチャガチャと響く音がひどくやかましく、前を歩く男の言葉には全く二人は集中出来なかった。
それでも男は先程まで重装備を纏っていたせいか汗の滴る顔を周囲に向けあれこれと説明を続けていた。
「先程通過したのがちょうど武器庫になる。此処は西方における防衛の要となる場所だ……さすがはクリスティーヌ様、常に我々の考えも及ばぬ事態にも備えていらっしゃる……」
「……あの、一つ言っていい?……」
「何だ?お前もクリスティーヌ様の素晴らしい観察眼に感動して−−−」
「お風呂にでも入ってきたら?……さっきから汗臭いわよ、貴方……」
「な、なっ!……余計なお世話だ!」
その若い青年は汗で透けたシャツや張り付くズボンを見て怒りと敵とは言え若い異性にそう指摘され動揺したのか頬を赤らめると大声を上げた。そんな彼を見て呆れた様に溜息を吐くと、サシャは周囲を歩く人影へ目を向けて言った。
「それにしても、戦争用に作られた前線基地だっていうのにメイドさんまで居るなんて随分と優雅なのね……」
「仕方ないだろ、俺達兵士は此処を守るので手一杯なんだ……諸々の雑務や兵達の世話にまで手を回す余裕がない 」
「女の子を奥さん代わりに使ってるなんて情けないわね……私達の村じゃ男は皆自立して自分の事ぐらいやってたわよ?」
「お、奥さん!?な、ななな、なに……なに言ってんだよお前!?」
サシャの言葉を聞くとその黒色の髪をした生真面目そうな印象を受ける青年は赤黒く日焼けした肌を更に赤らめ叫ぶ。まるで挑発するように兵をおちょくるサシャを見てさすがにこれ以上怒らせるのは良くないと判断したアヴィが止めに入ろうとした瞬間、そのハツラツとした元気な声は聞こえた。
「あらっ!ヨハンじゃない!もう外側の警備任務は終わったの!?」
「シ、シャーリー……」
見ると廊下を歩く青年へ駆け寄ってきた一人の少女の姿が見えた。その少女はブロンドの肩まで伸びる髪を揺らしながら青年の前に立つと人懐っこい笑顔を浮かべその両手を握りながら一方的に話し掛けた。
「ねえ!今度はアンタの誕生日でしょ!?こないだ首都から来てた商人がとっても美味しい鶏肉料理を教えてくれたの!だからアンタにも作ってあげるわ!」
「え、えっと……あ、ありがたいんだけど今はちょっと時間が無いんだ!ク、クリスティーヌ様直々のご命令で……」
「あれ?そっちの二人は誰?……私と結婚するって昔から言ってたのにカノジョを二人も作っちゃったの?」
「そ、そそそそそ、そんなワケあるか!!バカッ!!……」
意外そうな顔をするその少女に向けて慌ててそう言うと、彼は耳まで赤くなりながら頭を掻き面倒くさそうな表情を作りながらぶっきらぼうに言い放つ。
「こ、こいつらは例の村の捕虜だ……我が軍のゴリアテを破壊した反乱分子だよ……」
「あー、それじゃあこの子達がさっきクリスティーヌ様が言ってた新しいメイドの子か……」
「は、はぁ!?」
目を輝かせ二人を見つめるシャーリーに向け素っ頓狂な声を上げると青年は動揺と戸惑いの浮かぶ表情で口を半開きにした。それはサシャとアヴィも同じではあるものの彼女達の背後に立っていた兵士達は敬愛する主の唐突な判断に慣れ切っているのか肩を竦めて苦笑い交じりにその状況を受け止めた。
一方、気が気では無い風に青年は笑顔を浮かべるシャーリーの両肩を掴む。
「お、おい!どういう事だ!?こいつらは反乱分子なんだぞ!?そんな奴にメイドの仕事を任せるなんて!」
「知らないわよ!文句があるならクリスティーヌ様に言ってよ!」
「そ、そういう問題じゃない!そうなったらお前が危険な目に遭うんだぞ!?この不届き者達と行動を共にするメイド長のお前がどんな危険に巻き込まれるか分かったもんじゃない!」
「はぁー……あの方の決断に私達が口を挟む権利すらないのは知ってるでしょ?それともクリスティーヌ様に意見するぐらい私が心配?」
「……あ、う……そ、それは……えっと……」
赤らんだ顔を背けつつ言葉を詰まらせるヨハンを見ると面白がるように笑い彼女は二人の前へと駆け寄った。そして、戸惑うアヴィの両手を握ると猫のような笑みを浮かべて言った。
「私はシャーリー・エヴァンス!これからあなた達の指導を行う事になったこの基地のメイド長よ!よろしくね!」
「……は、はあ……」
「えへへっ!こんなキレイで可愛い後輩が出来るのって初めてだから嬉しいなぁ……貴女の名前は?」
「ア、アヴィ……です……」
「アヴィ!可愛い名前ね!これからよろしくね、アヴィ!」
「は、はい……」
心から嬉しそうな笑顔に圧倒され握られた手をブンブンと振られ呆気に取られる黒髪の少女を見てサシャは心底不愉快そうな目を向けた。そして、そんな目線はヨハンも同じように黒い髪の少女へと向けていた。二人ともまるで同じタイミングで腕を組んだまま鼻を鳴らして目を背け、そして同じ行動を取った相手に気付くとお互いに同じ感情を抱いているのか目線をぶつけ火花を散らした。
そんな二人の視線に割って入るようにシャーリーはサシャの前に立つと不機嫌そうな彼女の顔に人懐っこい笑顔を向ける。
「貴女はエルフ族のサシャね!よろしく!」
「ふんっ……メイドだか何だか知んないけど……私はアンタ達に従う気は無いから……」
腕を組んだまま差し出された手を握ろうともしない彼女にすぐさま怒りに満ちた声をヨハンが上げようとした瞬間、シャーリーは静かに片手を上げて彼を制した。
そして、彼女は少し悲しそうな顔をして自身の出自について語り出した。
「……私はね、ハーフエルフなの……貴女ならそれがどういう立場か分かるでしょ?」
「……へっ?……」
そこでサシャは言葉を失った。
その場の誰もが重苦しい沈黙を保つ中、状況を理解できないアヴィただ一人が首を傾げていた。
「ハーフ……エルフ?……」
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「そこが貴女達の寝室ね!悪いけどベッドは一つ分しかないから我慢して!」
「へ、へっ!?そ、それじゃあ……アヴィと一緒のベッドで……!?」
シャーリーに案内されたのは使用人の部屋にしてはそこそこ大きく立派な部屋だった。前線基地という割には豪華で部屋の装飾や家具も凝ったデザインの物が多い。
そして、壁にはシャーリーが着ている物と同じ様な使用人服が二つ掛けられている。思わず口を半開きにしたまま見惚れる様にその服を眺めていると、シャーリーは“着替えが終わったら廊下に来て”と言い残し部屋を出て行った。
サシャは溜息を吐くとブツブツと小言を漏らしながらも壁に掛けられた使用人服を手に取りサイズを確認している。
私は気になっている事を聞いてみる事にした。
「あの、サシャ。さっきシャーリーが言っていたハーフエルフというのは?……」
「……ハーフエルフは人間とエルフの間に生まれた子供の事よ……あの子、見た目は人間だけどきっとエルフの血が混ざってるのよ……」
「へぇ……それじゃあお父さんかお母さんのどちらかが違う種族という事ですね!エルフ族と人間の種族の壁を越えた素敵な事だと思います!」
私は純粋にそれを素晴らしい事だと感じた。異なる種族が対立し争うのではなく愛を育み子を成す……それこそが世界が平和になるきっかけになる事だと思った。しかし、表情を曇らせたサシャの様子を見るに事情は違う様だ。
「……私達の村ではハーフエルフの子は一人も居なかったからいいけど、他の村では結構酷い扱いを受けてるみたいよ……特にこの辺りは村を無理矢理奪われて追い出された人も多いから人間を恨んでるエルフは大勢居るし……」
「……そ、そうなんですか?……」
「あの子、私達とそう変わらない年齢に見えたでしょ?でもきっと生きてきた年月は私達よりもずっと短いと思う……。エルフ族は長く生きた者が尊敬されて敬われる、人間と寿命が変わらないハーフエルフは人間への敵意もあって同じエルフ族からも差別されている……」
「……サシャも、ハーフエルフの子達をそんな風に見ているんですか?……」
「わ、私は!……その……分からないの。私の村にそういう子は居なかったから……」
其処で彼女は何かを思い出しているのか顔を俯かせ沈んだ顔をした。どうすれば良いか分からなくて、戸惑っている……。
私は彼女の肩に手を置くと微笑み掛けながら言った。
「私だって、エルフでも人間でもありません……それでもサシャは差別なんてせずに受け入れてくれたじゃないですか……」
「そ、それは……貴女が色々と助けてくれたから……」
「だから……難しく考えなくていいんです、サシャはサシャが感じたままで彼女へ接すればそれでいいんです……」
「……アヴィ……」
安堵した様に頬を緩める彼女を見ていると、胸に暖かな気持ちが込み上げてきた。自然な動作で軽く彼女の耳を撫でると、心地良さそうに目を細め愛おしい人は声を漏らした。
「……私はそんなサシャが大好きです……」
「……私だって……好きよ……」
お互いの気持ちを確認し合うと、私達はどちらともなく自然と唇を寄せ合っていた。首に手を回す彼女との口付けを瞳を閉じ味わっていたその時、突然部屋の扉が大きな音を立てて開く。
「あっ!言い忘れてたけどこの後クリスティーヌ様の部屋に−−−−−」
目を開けて視線を移すと、シャーリーが元気な笑顔のまま言葉の途中で固まっているのが見えた。
改めてサシャへ視線を戻すと、私は相変わらず蕩けきった顔のまま声を上げる。
「……サシャ……次は私のこと、ギュって抱き締めてください……サシャに抱き締められると心が落ち着くんです……」
「へっ、えっ!?ア、アンタ!な、な、な、なに……言って……」
「……こ、この前はしてくれてたのに……今はダメなんですか?……」
……そんな……抱き締めてもらって、頭を撫でて欲しかったのに……。
沈んだ表情をする私と湯気が出そうな程に顔を赤面させたサシャを交互に見た後、急にシャーリーは目を輝かせ私へ駆け寄ってきた。
「ア、アンタ達!……そ、そういう関係だったの!?」
「……そういうって……どういう……」
「だ、だから!キスしたり抱き締め合ったり……恋人関係なの!?」
「……は、はい……区分的にはそういった関係になるかと−−−むぐぅっ!」
当たり前の事に何を驚いてるんだろう?……そう不思議に思った私が小首を傾げつつ言葉を続けようとした瞬間、急に口が塞がれた。そしてモゴモゴと声を漏らす私を押さえつつサシャが大声をあげる。
「こ、ここここ、これは……その……あのっ!……」
「うふふー♪へぇー?……」
「ち、ちちちちちち、ちがうのっ!……その……えっと……」
「否定しなくたっていいじゃない!此処の司令官であるクリスティーヌ様だってそうだし……」
「……へっ?……」
思わず顔を見合わせると、私達は間の抜けた表情で呆然とした。
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