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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
殲滅のマタドール 2ndOrder
22/121

殲滅のマタドール:21話 炎の女傑

誰かが必死に私の名を呼ぶ声を聞き、ゆっくりと瞼を開けた。




霞む視界の先では誰かが私の見下ろしていて、何度も私の名前を呼んでいた。




少しずつ焦点の合ってきた目線の中で、徐々に見えてきたその顔を見つめ私はボンヤリと呟く。






「……アヴィ?……」




「サ、サシャ!サシャァァァァァァァッ!……うぅぅぅぅぅっ!……」




まるで雨の様にポタポタと降り注ぐのはその細められた瞳いっぱいに溜めた涙だった。その感情の込められた雫が私の顔面へと零れ落ちて、少しくすぐったくなる……。






アヴィ……無事だったんだ。良かった……。




手を伸ばしその髪の毛に触れると、泣きじゃくりながらアヴィは伸ばされた指に触れ何度も“よかった”と繰り返した。




頬を緩めつつ、私は視線を左右に向けた。




「……あの……此処は?……」




「……森の奥にある建造中の“壁”です……」  




「か、壁って……私達、あいつらに捕まったの!?」




「……はい……あの巨人を倒した後に現れた騎士達に拘束されまして……。そのままこの場所へと連れて来られたんです……」




「騎士……それってまさか……!」




簡素なベッドに寝かされていた私は身を起こすと、強烈な怒りを感じながら周囲を見回した。其処は鉄格子の嵌められた牢屋であり、粗末なベッドとトイレ代わりの桶があるだけの見ているだけで頭痛がしそうな空間だった。




あの暗殺ギルドの連中を雇ったのはメルキオ帝国でこの地方を管轄する司令官だった。そして、今私達がその司令官が建造している壁の中に居るという事は……!。




あいつが、傍に居る!。




その時、鉄格子の向こうから重々しい扉の開く音が聞こえ複数の足音が聞こえる。




その足音の主に予想を付けた私は険しい表情で廊下の奥から姿を見せる相手へと鋭い視線を送った。




姿を現したのは数人の鎧を着込んだ騎士達を引き連れた女だった。男物の軍服をスラリと伸びた高い身長を誇る体に纏い豊かなバストには彼女の功績を称える勲章が幾つも地下の薄暗いランプの灯りを反射し輝いていた。女はその美女とも美丈夫とも取れる整った顔立ちに笑みを浮かべると格子越しに私達を見つめる。




こいつが……こいつが……あの殺し屋達を差し向けて、皆を殺した元凶!……。






「よく眠れたかな?特にそちらのエルフ族のお嬢さんは此処に運ばれる前に少々痛い目にあってもらったからな……」




「……アンタが……諸悪の根源……!」




「まぁ、そう言ってもらっても構わない。『レイヴン』は私が表では動けない仕事の為に立ち上げた組織だ、彼等は実によく働いてくれた……」




「この悪党!村長さんと二人はどうなったのよ!?三人はアンタと話し合う為にメルキオに−−−」




「あー……そういえばメルキオ西方から検問所を通らずに不法に侵入しようとした人物が三名確認されたので私が直接対応したな……。彼等がそうだったのか?」




顎に手を当てつつ、女は意地悪く笑いながらそう言うと強烈な怒りを隠そうともせず鋭い視線を送る私達を見ながら悪意たっぷりに言い放つ。






「三人とも死んだ、私が死体すら残らない消し炭にしてやったさ……」




「な、なっ……」




「まぁ元々対話などする余地は無いし我が国の領土へと不法に入った時点で死は免れなかった……」




「……この……人殺しィィィッ!!……返して、皆を返してよ!!……」




怒りのあまり格子の傍へ駆け出そうとした私の肩をアヴィが掴み、必死に宥めた。




それを見て愉快そうに笑うと、女は更に加虐心の詰まる悪魔の様な笑みを浮かべつつ言葉を続けた。






「人殺しはお前達エルフ族の方だ……二日前にマリィ・スタンフォードという貴族の娘がお前達の住まう森の近くへ向かったのを知っているか?」




「マリィ・スタンフォード……それは貴女達が差し向けた殺し屋の変装だった筈です!」




私を抱き留めていたアヴィがそう言うと、女は再び口を開く。




「いいや、マリィ・スタンフォードはあの日確かにあの森へと入った……彼女は大変志の高いお嬢さんでね。この壁の建造にも反対の立場を取り自然破壊の与える影響を調べる為にエルフ族の村へと向かっていた……」




「だ、だからそれはあの殺し屋達が私とウィルを襲う為の罠で……」




「そうして彼女は無惨にもこの壁の建築現場からほど近い森で凄惨極まる方法で殺されてしまった!従者二人は心臓を一突きにされ、彼等の剣を奪うと卑劣な犯人はまるでうら若き処女を辱めるかの様に生きたままその体を八つ裂きに切り裂いた!……あの心優しく聡明だった彼女は失禁物と血の悪臭を漂わせながら数時間後に周囲を巡回していた我が国の兵士により発見された!」




訳が分からない……そのマリィという女性の件は私もアヴィから聞かされていた。私達エルフ族に感心を向けていた貴族の女性だとか……でも、それはあの殺し屋が変装した罠でありアヴィとウィルに襲い掛かってきたのだと言う。状況が飲み込めず私が戸惑っていると、アヴィはそこでその女の意図に気付いたのか呆然と震えた声を漏らした。




「……まさか、貴女は……壁の建造を誰にも邪魔させない為にその方を……!」




「ふふっ、お前はなかなか分かっているな……その通り!スタンフォード家は日和見主義を掲げる極めて邪魔な存在だった!エルフ共の断りなく勝手に森の工事を押し進めるのは新たな対立を生むと言ってな!。奴は国王とも仲良しだった、だから……二度と政治の場に口出しする事が出来ぬように徹底的に心をへし折ってやったんだ……」




どういう……事よ?。




事情が理解出来ない私は戸惑った様子でアヴィへ視線を向ける。彼女は心配そうにこちらを一瞥すると、硬く拳を握り込みその悍ましい女の真意について語り始めた。






「……恐らく、本物のマリィさんという方はとても立派な方でメルキオという国家の繁栄を心から願っていたのでしょう。エルフ族と余計な対立を生まない様にする為に直接本人は森へと出向き村を見て回る筈だった……」




「で、でも……来たのは例の殺し屋だったじゃない……」




「……そうです。全て最初からこの女が仕組んだ罠だったんです!恐らく本物のマリィさんもあの殺し屋の連中によって消され、そしてその罪をエルフ族へ押し付ける事により軍を動かして邪魔者を纏めて消すというのがこの女の狙いだったんです!……」




……そん、な……それじゃあ……それじゃあ私達は!……。




あまりにも狂気的で、あまりにも身勝手な真実は私の膝から力を抜かせた。へたり込んだ私を支えると、アヴィは心から嫌悪感と怒りの滲む目線を女へと向ける。




彼女は大きな声で笑いながら手を叩くと、興味深そうな目でアヴィを見つめた。




「いや、これは驚いた!そこの娘は駆け引きや組織の行動理念についてなかなか心得がある……お前、戦争を戦っていたな?それも軍隊として……」




「ッ……何が駆け引きだ!何が組織の行動理念だ!……貴女のした事は身勝手な目的の為に人の命を奪う愚かな行為だ!……」




「……お前だって人殺しだ……ゴリアテに搭乗していたレイヴンのリーダーを殺しただろう?彼はまだ14歳の少年だったというのに、お前が殺したんだ……」




「……そ、それは……サシャを……救うために……!」




「私だって同じだ!魔物共の脅威により強制的に停戦状態になった戦争がいつ再開するかも分からない!人類間の戦争の脅威から目を背け、そして偽りの平穏を貪ろうとする腐った国王及び国民の目を覚まさせる為に私はこの身を捧げてきたんだ!」




「違うっ!……私は……そんな事の為に……」






もう、いい加減にして!。




私は激しく揺さぶりを掛けられ狼狽えるアヴィの体を抱き締めると、その悪意の込められた笑みに向け怒りを剥き出しにして叫ぶ。




「この子はアンタとは違う!……私が罪を犯してしまったから、私が苦しんでいたから助けてくれただけ!……。勝手な心配症で大勢を殺す決断ができるアンタと一緒にしないでよ……」




「ほう?国の将来を憂う私の気持ちを心配性と呼ぶか……」




「ええ、アンタは他人を信じられない怖がりよ!偉そうな軍服で着飾って自分を強そうに見せてるだけの情けない臆病者!自分が痛い目を見たく無いからって何の罪もない人を大勢殺したって何も抱かない最低な奴よ!」




そこで、私の言葉を遮るように硬く重い足音を響かせ騎士の一人が足を進めた。まるでこちらを威圧するように、その静かな怒りと殺気に燃える目線で私を黙らせようとする。




それでも私は黙る気は無い。




大好きなこの子を傷付けて笑う奴は誰だろうと許せない。




火花すら散りそうな視線をぶつけ合い騎士と睨み合っていると、急にケラケラと心底愉快だという笑い声が響き思わず体を震わせた。




「アハハハハハッ!もうよせ、ヨハン!お前の負けだ!その娘は騎士や軍人がどう振る舞っても言う事を聞かないぞ!」




「は、はぁ……しかし、この娘はクリスティーヌ様を……」




「本気で……命懸けで守ろうとする相手には何を言っても無駄だ……。本当に懐かしい事を思い出させてくれる奴らだ……」




ひとしきり笑い終え、目元に浮かんだ涙を拭うとその女は先程とはうって変わり好奇心旺盛な少女のような顔をして格子の前に立つと言った。






「お前で二人目だ、私の事を痛がりの臆病者だと見抜いてくれたのは……」




「……はぁ?……何なのよ、アンタ……」




「何でもない……」




どこか嬉しそうに語る女を怪訝そうに眺めていると、彼女はブーツを鳴らし踵を返すと鎧を着込む騎士へ声を掛けた。




「執務室で私は首都へ連絡を入れる。二人を牢から出してこの壁……いや、西部地域国境警備基地を案内してやれ……」




「はっ!……」




その場の全員が重々しい音を立てながら背筋を正し、胸に手を当てて彼女に敬礼する。




それだけでその女がいかにこの場所に居る騎士達から敬意を集めているか、いかに命を賭すに値する程の魅力を放っているかを見せつけられた。




女はふと足を止めると、先程までの威圧感など微塵も感じられない様な柔らかな笑顔で言った。






「ようこそ、二人とも……大したもてなしは出来ないかもしれないがゆっくりして行ってくれ……」






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