殲滅のマタドール:20話 西部の城塞
という訳でプロットが固まったので連載再開です!
……懐かしい夢を見ていた。
それは随分と昔の記憶だ。妹のアニィが死んでから一年経った日の事だと思う。私は何かと世話を焼いてくれたウィルを夜に家に呼び出して思い切って彼に愛の告白をした。
自分の夫になってずっと傍に居てほしい……傍で私を支えてほしい、と。
しかし、ウィルは驚いた様な顔をしながらもすぐに首を横へと振った。
“ −−−俺なんかじゃお前を幸せにはしてやれない ”
ただ、悲しそうな顔をしてそう言い残すと家を出て行った。それが彼の優しさだと気付いていても、私はひどく落ち込みショックを受けた。
あれから10年、今になって彼が自分の依存心を見抜いていたからこそああいった態度を取ったのだと痛感させられる。彼とそういう関係にならなかったから私はまだ甘えたがりで寂しがり屋な性格をどうにか封じて立ち直る事が出来た。あのままウィルと一緒になっていたらどうなっていたか……きっと依存心のまま彼に無理をさせていただろう。
ウィル、もう……私は大丈夫……本当に好きな人を見つけた。自分が単に甘えたいんじゃなくて、私が心から尽くそうと思える大切な人……。
だから、ウィル……本当に……本当に……。
ごめんなさい
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殲滅のマタドール
2nd Order
壁の先の世界
−−−−−−−
その広い空間はどよめきに包まれた。華やかな衣装に身を包む貴族の男女がその報告を聞き驚いていた。
その報告は早朝、西部から首都へと帰還した伝令によって齎された。若き国王であるギュンター・フィン・メルキオは隈の浮かぶ窶れた顔を更に沈めてその報告を受け取った。
西方のエルフ族の村にて反乱発生、西部方面司令官であるクリスティーヌ・バンゼッティ率いる騎兵隊が進軍し暴動を制圧、彼女の苛烈な殲滅行動により跡形も無く村は破壊され生存者は無し。人間への不満を持つ過激なエルフ族と穏健派のエルフ族による衝突と見られ現地で制圧に当たったクリスティーヌ・バンゼッティの報告によれば極めて好戦的に彼等は攻撃を仕掛けてきた為にやむなく武力行使に及んだとの事だった。
そして、同じ報告を城の最上階に位置する謁見の間で受けた国王は再びその聞くのも嫌になる厳しい現実と直面し大きく溜息を吐く。
豪奢な椅子に腰を下ろす彼の前で跪き報告を行った王の側近である男はその後ろへ撫で付けた髪の覆う頭を下げたまま若き王へ言葉を続けた。
「恐れながら国王陛下、我々の脅威は最早魔物のみとは断ずる事が許されぬ状況かと……先に起きたスタンフォード家の御息女が惨殺された事件からしても他の亜種族による内乱の危機も視野に入れざるを得ません……」
「……しかし、魔物による脅威によって長らく戦争状態にあった国家同士が手を結び……そして一つの敵に協力して立ち向かう今の状況こそ民にとっては平和そのものではないかと私は考えている……」
「陛下の国民を想うお気持ちは私も重々承知しております……しかし、そうして民から愛され慕われたマリィ・スタンフォード様はあまりにも惨たらしく殺されてしまわれたのです。既に穏健派であったスタンフォード家を支持していた貴族も手のひらを返し亜人種殲滅を支持しております……」
そのあまりにも冷酷な現実は若き国王の頭を更に悩ませた。何故なら、穏健派の筆頭であるスタンフォード家を最大限支援して来たのは他ならぬギュンター・フィン・メルキオ自身なのだから。
その若い国王は幼い頃から人々の幸福こそが国家にとって最も価値のある財産だと信じて来た。だからこそ彼は若く力も無い頃から出来る限りの努力をして、出来る限りの足搔きをして平和への道を模索していた。
メルキオ帝国を取り巻く情勢はそれまで最悪だった。大陸の中央に位置し、周囲を森に挟まれたその国家は生まれた瞬間から領土拡大を狙う国家間の戦争において緩衝地帯とならざるを得ない地理関係にあった。気温の低い東部に位置するベアルゴ帝国は魔物の住まう森を嫌い、メルキオを配下に置く事で安定した気候を持つ西部への進出を目論んでいた。西部では魔物を信仰する国家、ラゴウ連邦国の台頭により「魔物を狩る種族全てに死を与える」という苛烈な行動理念の元に大規模な軍事侵攻の機運が高まっていた。南は軍港を持つ貿易都市を主軸とするダムザが物資や食料、軍事製品の貿易協定の更なる取引価格向上を求め緊張が高まっている。
そんな戦争の渦中にあったメルキオ帝国という国を先人達は永久中立という立場を守る為に強大な国家へと仕立て上げた。より強く、他国の干渉を受け付けない強い人間の国家へ……。
しかし、そんな軍事独裁国家の長となるにはその青年はあまりにも優し過ぎた。
「どうにかならないか!?このままでは魔物と人間を相手取った戦争をしなければならない!……そうなれば、現在の戦力だけではいずれ兵が足りなくなり私が愛するこのメルキオの人民を兵士として動かさなければならなくなる!」
若き国王は椅子から体を起こすと、縋るような気持ちで有能な宰相へと叫ぶ。
それは、彼の心からの願いであり理想だ。魔物だけを狩る戦争であれば、せめて……人間同士が争わない平和な社会であれば人々は傷付け合わずに済む。そんな血を吐く様な願いだった。
だが、彼の最も信頼する人物である男はどこまでも現実を見ていた。
「陛下、残念ながら……魔物を相手取った人類間の協力という夢は、叶いそうにありません……」
「……何故だ?……」
「西部方面司令官、クリティーヌより報告を受けました。敵は現在西方にて建造中の”前線基地”より強奪された要所防衛用の改良型ゴーレムの試作品、『ゴリアテ』を使用し人間に敵対するエルフ共に加担していたとの事です……」
その言葉に周囲が再びざわめく。軍人、貴族、その多くが動揺に満ちた表情を浮かべ声を上げる。
「ゴ、ゴリアテだと!?それはあの『レイヴン』とかいうベアルゴ出身者の元魔導士が立ち上げた組織が奪ったゴーレムではないか!?」
「なんと恐ろしい……ベアルゴはそこまでして我々に敵意を……」
「やはり奴等は油断ならん!徹底的に我々メルキオは対抗すべきだ!」
その場の誰もが恐ろしい状況に警戒感を剥き出しにした。そして、判断を仰ぐように青年を見つめる。
濃い茶色の髪を後ろに結った本来であれば凛々しい顔立ちをしていたであろう彼の顔からはその年齢の若者が背負う十年分の葛藤と苦悩が感じられ、疲弊しきっていた。
彼は疲労感の滲む青白い顔を俯かせると王座に腰を下ろし覇気の無い声で聞く。
「……それで、ゴリアテはどうなった?……」
「クリスティーヌ率いる騎士団所属の魔導師がやむなく破壊しました。あれは対国境戦における重要な抑止力として我が国が極秘裏に開発を進めていた魔導兵器です……それが敵に奪われるだけでなく、秘密裏に開発していた事が明るみになったのは手痛い……。ベアルゴは鼻息を荒くし我が国を批難しラゴウは更に敵対感情を高めダムザは経済制裁に踏み切るでしょう……」
「……何て事だ……束の間に訪れた平和だと思っていたこの状況が人類間の全面戦争の始まりになりかねんというのか……」
顔を歪めながら片手で顔面を押さえると、その肩に伸し掛かるメルキオ帝国人民の命という重さを懸命に支える様に小刻みにその体を震わせた。
これ以上悪い報告をすれば彼が倒れかねない。黒い髪を後ろへと撫で付けたメルキオ国王の右腕にして彼に必要な決断を促す立場にある男は最後に彼に声を掛けた。
「ご決断を、国王陛下……大変お辛い立場にある事は分かります、ですがエルフ族の本格的な内乱鎮圧を早期に取り決めこれ以上の国内世論分裂を防ぐ事こそがメルキオの未来を左右します……」
「……分かっている……もう二日ほど、待ってくれ……」
深々と頭を下げるとその威圧感を放つ気難しい雰囲気を放つ男は踵を返すと、貴族や軍人に詰め寄られ彼等の不安や怒りを一方的にぶつけられる若き国王の苦悩に満ちた溜息を聞きながら思った。
恐らく、二日と彼の精神は保たないであろうと。
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