殲滅のマタドール:19話 雨が降る
これにて一章に当たる1st Orderは完結となります!少しプロット練り直しの為に更新を停止し、来週から更新を再開したいと思います!
高熱による熱線の刃はその巨人の体を真っ二つに縦から両断する。厚い装甲を引き裂く為に生まれた戦闘兵器の刃は巨人ゴリアテの内部を無機物、有機物問わず赤く発光する剣先で溶解させていった。
地面に着地したアヴィは再び地面を蹴り、素早くへたり込むサシャを抱きかかえると火花を散らし息絶えようとする巨人の爆発に備え思いきり膝を曲げ宙を舞った。
彼女達が夜空へと舞ったその瞬間、背後で人の創り出した巨人が轟音と共に爆風と炎を噴き出し炎上する。少年と少女の狂おしい愛のままに破壊を巻き散らしたゴリアテは小さなアンドロイドの少女によって炎の海へと崩れ落ちた。
地面へと着地したアヴィはサシャを降ろすと、燃え盛る中で片手を突き出した巨人の残骸を見つめ思った。
< 対象破壊を確認。これよりナノマシンを起動させ偽装ボディへとモードチェンジを行います。>
そんなシークエンスと共に再びアヴィの体が金色のナノマシンに包まれ、その体は人間の物へと戻っていく。
体中に血液が巡り、胸の鼓動が感じられるその感触に目を細めつつアヴィは振り返るとサシャへ真実を打ち明ける決意を固めた。
「……サシャ……これが私なんです……。多目的戦闘用アンドロイド、アヴェンタドール……それが私の本当の名前です……」
「……アヴェンタ……ドール……」
「……私は人間ではありません。此処とは違う星で生まれた戦闘機械、武器なんです……。私は人類間の戦争の為に作られました……だからあんな力を使う事が出来るんです……」
「……そう、なんだ……」
そこでアンドロイドの少女は顔を俯かせると、怯えと不安の混ざる表情でサシャを見つめた。
「……人も、沢山……殺しました……。そうすれば皆を守れると思ったらから、そうすれば皆が喜んでくれると思ったから……」
「……アヴィ……」
「……誰も褒めてくれなくて、敵どころか味方ですら……私をバケモノって怖がって!……私、私は−−−」
胸の内に刻まれ続けてきた苦しみを最愛の人へ吐き出すと、アヴィは涙に濡れた声で言葉を詰まらせ嗚咽を漏らした。
その心の傷を理解したサシャは、胸から込み上げる熱い想いのままに体を任せた。
顔を俯かせるアヴィへ静かに歩み寄ると、その顎を持ち上げ小さく声を漏らす彼女の唇に自身の唇を重ねた。
それこそが彼女を癒やす行動であるし、その想いを伝える最良の手段だと思ったからだ。
震えた声を上げ体を揺らすアヴィを逃さないように、硬くその背中を両手で抱き締めるとサシャは目を閉じて動揺を表す様に小刻みに震えるその唇へキスを続けた。
彼女の為なら、何でも……どんな事でもする。そう大切な人へ刻み込む様に、長い時間をかけて誓いのキスを続けた。
ようやく唇を離したサシャは、様々な感情が齎す涙で顔をくしゃくしゃにすると言った。
「……みんな、居なくなっちゃった……でも、貴女が……私には貴女が居るの!……」
「……サシャ……サシャァァッ……」
「……例えバケモノだろうと……何だろうと……私は貴女が好き!貴女を愛してる!……」
「サシャアアァァァァァァッ!!」
その言葉は、長い時間の中で孤独を彷徨ってきたアンドロイドの少女の心を覆う氷を溶かした。
その感情を理解したアヴェンタドールという名の戦闘機械は、愛する人を守るアヴィという名の少女へ生まれ変わると誓った。
「サシャ……私、貴女を−−−」
トスッ。
そんな、鈍い音が聞こえた。
アヴィが不思議に思いつつサシャの顔を見ると、彼女は笑顔のまま……真っ赤な鮮血を唇から吐き出していた。
−−−−−−
……サ……シャ……?。
……サシャ……いったい、どうして……何が?……。
「各員前進!盾を持つ者は二人を取り囲め!」
誰かの、そんな声が……聞こえる……。
あ、あ……あ……あぁぁぁぁぁっ!?。
サシャ……サシャ……サシャアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!。
サシャは……胴を真横から矢によって貫かれ……ゴボゴボと唇から血を吐き出しながら痙攣していた。
頭が真っ白になり震える私の体を背後から誰かが引摺り倒し、そして囲んでいく……。
灰色の盾を持った男達が地面に倒された私へ殺意と警戒心の籠もる瞳を向ける。
そんな目に晒され続けてきた私を救ってくれた人が、死にそうになっている。
「サシャ!サシャ!サシャアアァァァァァァッ!!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「大人しくしろ!」
「離して!離してぇぇぇぇぇっ!サシャが死んじゃう!私の大切な人が……死んじゃう!」
離して!離して!サシャがこのままじゃ死んじゃう!私のナノマシンを使えばまだ助かる!命さえあれば……何とかなる!。
私は懸命に取り囲む盾で遮られた視界の先にいる相手へ呼び掛けた。
「サシャ!待っててください!貴女を救うから!私が今、貴女を助けるから!……」
だから、コイツラをさっさと……!。
さっさと……殺してやる!!。
排除する殺してやる抹殺してやる消去してやる消滅させてやる消してやる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!
「……これはもう手遅れだ、ダメだな……」
えっ?
てお、くれ てお、くれ?
サシャ しんだ?
「可哀想に……口から溢れた血で、顔中が真っ赤だ……」
あ あ あぁぁ
やめ て やめて そん、な
おね がい
やめて
……サ……シャ……
う う あ あ
ゔぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!
うしろのやつを、ころす!!
ぶっころして、わたしはたすける!!
サシャを たすける!!!
しね、しね、しね、しね、しね、しね!!!
< 警告、ナノマシン展開不可。モードチェンジ不可能。 >
死なないと……死なないとこいつらを殺せない!。
早く……早く私を殺せ!!。
すぐに私を……殺して!!。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!サシャァァァァァァァァァァァァァアッ!!!」
−−−−−−−
錯乱状態で涙を流す彼女の前に、一人の女が立った。素早く道を空けるように左右に分かれた騎士達の真ん中を、悠々と歩くその女は男性用の軍服に身を包み位の高い軍人である事を表す勲章がいくつも輝いていた。
白いローブを纏う男達へ女が視線を向けると、彼等は静かに首を頷けて盾を使い相手を取り囲む騎士達の方へ駆けて行った。
灰色のウェーブの掛かる髪を揺らし目の前で泣き崩れる相手を睥睨すると、女はこちらへと歩み寄ってきた副官へと告げた。
「あのエルフの娘は?」
「手筈通りに治療準備を進めています、右手の甲にウンディーネのルーンを確認しました。ゴリアテから放たれたインフェルノ・ゼロの炎を打ち消す程の魔術を使ったはあの者の仕業かと……」
「なるほど……まだ聞くべき事がある。奴はそのまま治癒魔術師に任せ建設中の前線基地へと運べ 」
「はっ!……そこの者はいかがしましょう?」
眼鏡を掛け、髪を纏めた生真面目な印象を受ける女性士官が嗚咽を漏らす少女へ視線を向けながら言うと、女は跪きアヴィの顎を持ち上げた。
「……水の魔術のみでゴリアテをあそこまで破壊する事は出来ない。という事はあの巨大なゴーレムを完全に破壊し尽くしたのはお前だな?」
「……あ、うぅぅぅぅっ!……サシャァァ……!」
「私の言葉も頭に入らぬ程にあの娘に夢中か……私に迫られて誘惑されない女は居なかったというのに、傷付くな……」
「……っ……−−−して………−−−やる……」
「何だ?」
「殺してやるぅぅぅぅぅぅぅっ!!……」
怒りと殺意に燃える少女は目の前の相手を殺すと決めた。羽交い締めにする騎士を振り払うと、相手の胸倉を掴み上げると右手を掲げ整った顔面へ拳を叩き付けようとした。その手首に、何かが撓る音と共に蛇の様な黒い弾力のある鞭が絡み付く。
仕えるべき主に向けられた敵意に反応した副官の女は愛用していた鞭をホルスターから引き抜き素早くそれを振るった。
腕の動きを封じられて、そのまま鞭を操る彼女の手により地面へ引き倒されたアヴィへ周囲の騎士達が一斉に鞘から抜いた剣を向けた。
しかし、その瞳は怒りに燃える炎を宿したままこちらを見下ろす野心家の女を睨み続けていた。
「……いい目だ、昔の私を思い出す……。身を焦がす様な憎悪と報復心に燃え、どんな事でも出来る目だ……」
「……殺して……殺してやるぅぅっ!!……」
「気に入った!私はお前が欲しくなったぞ!……ゴリアテが消えた際に確認出来たマナの上昇反応は一人分だけだった。つまりお前……あの要所防衛用の巨大なゴーレムを魔術を使わずに倒したな?」
アヴィはその言葉に答える事なく、相手をいかに殺しナノマシンを展開する為に自分がどう殺されるかのみを考えていた。
そんな彼女を見て女は再び愉快そうに笑う。その頬に薄い生地で出来た白い手袋に包まれた手を添えると好奇心を覗かせる子供っぽい笑みを浮かべて女は言った。
「初めまして、メルキオ帝国西部方面司令官のクリスティーヌ・バンゼッティだ……お前にはとても興味が湧いた、嫌だろうと何だろうとお前を連れて行く 」
「……ここで、さっさと……私を殺せぇぇっ!!」
「私にはお前が必要なんだ……だから取引をしよう。あのエルフの娘は現在、我々の優秀な治癒専門の魔導師の手により傷を癒やしている。我々に協力してくれれば彼女を助けてやる……断るなら、首を跳ねてそのまま魔物の餌にしてやる 」
「ッ……この、卑怯者!……サシャを返せ!……」
「ああ、そうだとも!卑怯という言葉が私は大好きだ!私の為にあると言っても過言ではない言葉さ!……ふふっ、だって私は……」
その時、周囲に天から降り注ぐ雨粒が数滴地面を濡らし……やがて強烈なスコールとなって周りを濡らしていく。豪雨の中で女は立ち上がると、その叩き付けるような雨に全身を晒しながら唇を吊り上げた。
濡れた髪が張り付き、狂気に染まったその表情を見るとアヴィは頭から怒りが引いていくのを感じた。そして、その悪意に満ちた笑みを見て背筋が震える程の恐怖を覚えた。
女は笑いながら吊り上がった唇を開く。そして……長年の怨讐を込めて、自分の夢を語った。
「だって……私、この世界の魔導師を一人残らず皆殺しにするんだもの……」
−−−−−−
殲滅のマタドール 1st Order 完