殲滅のマタドール:15話 Welcome To NIGHTMARE
時刻は夕方となり村を美しい夕日が照らした。
一抹の不安感を抱きつつ、私達はそれまで通りの生活をするように心掛けた。パニックになっても仕方ないし、怯えた所でどうしようないのだから。
昼も私達は狩りへと出掛け大きなハイイロボアを二匹も狩れた。おおよそのコツは掴めて来たようで、彼等がどの辺りを縄張りにしているかや群れのバラけ方等をかなり理解できる様になってきた。
次に私が知りたいのは彼等の食性だった。捌いたハイイロボアの胃の中を見たいと言い出した時にはウィルはとても驚いていた。
「あのさ、勉強熱心なのは感心するんだが……お前一応女の子だろ?大丈夫なのか?」
「はいっ!全然構いません!いつも美味しいお肉を頂いている身として、この子達の事をもっと知りたいんです!」
「……お前、ちょっと怖いぞ……」
赤々とした胃袋が葉を敷いた地面に置かれ、目を輝かせる私を見て呆れた様にそう言うとウィルは解体用のナイフで胃袋を引き裂き始めた。強烈な葉と土の香りに混じり、ドロドロとした液体に溢れて胃の内包物が溢れ出す。
「こりゃたんまり食ってるなぁ……木の根に虫の幼虫にミミズ……」
「これを食べてあの美味しいお肉を作り出しているんですねぇ……」
「まぁ、そういう事だ……しっかしよく平気で触れるな、サシャなんかは虫やら気持ち悪いのは全然ダメなのに……」
「好きな相手の事を知りたいと思うのは当たり前じゃないですか?」
「……お前、やっぱりちょっと怖い……」
胃袋から溢れてきたドロドロのミミズを掌に乗せマジマジと見つめる私に苦笑いを浮かべつつそう言うと、ウィルは溜息混じりに呟いた。
「しっかしまぁ、森にはこんなに美味い生き物が沢山居るのにどうして人間ってのは壊しちまうんだろうな……」
「……怖がりなんだと思います、傷付きたくないから相手を攻撃する……奪われたくないから相手を滅ぼす……。そういう考え方をする人が居るから私が生まれてしまった……」
「……あー、悪い……別にそういう意味で言ったんじゃないんだ。忘れてくれ……」
「……いいんですよ、今は!だって大好きなサシャを守るという素晴しい目的が出来ましたから!」
「……はぁー、ほんと……そういうとこは敵わないよ、お前にはさ……」
満面の笑みを私が向けるとウィルは肩を竦めた。その時、背後から声が掛かる。
「ちょっとウィルー、村長が戻って来た時に振る舞う料理の仕込みだけどあの人が好きなライガの肉−−−」
こちらへ近付いてきたサシャは急に足を止めると、私達の足元に置かれたそれを見て硬直した。そして、顔から一気に血の気が引いていく。
「サシャ?どうしたんですか?」
「ひっ、いっ、いぃぃぃ……」
「ひ?い?……」
小首を傾げた瞬間、サシャは気を失ってしまったのか変な声を上げながら崩れ落ちた。
「……きゅ〜……」
「サ、サシャ!サシャ!?どうしたんですか!?サシャ!?」
地面に倒れる寸前でどうにか抱き留めると、私は彼女の肩を揺すりながら必死に名を呼んだ。そんな私達を見て笑い声を上げると、ウィルは愉快そうに笑みを浮かべながら言った。
「サシャの虫嫌いは筋金入りだからな!暫くしないと目覚めないから家に運んでってやりな!」
「は、はいっ!サシャ、今運びますから!しっかりしてください!サシャァァ……」
両手で彼女を抱きかかえると私は道を急いだ。
−−−−−−
「ははっ!サシャの虫嫌いは相変わらずだな!」
「ああ、あんな魔術使えるようになったのにダメなモンはとことんダメらしい!」
ウィルは緩んだ笑顔でそう言うと、草に包んだ胃袋を掘った穴へと入れ込んだ。そのまま鍬を使い土を掛けていく彼を見ながら、少し心配するように彼の長年の狩猟仲間であるエルフ族の青年は口を開く。
「いいのかよ?ウィル……」
「何がだ?」
「サシャのこと、あの子に取られちまうぞ?……」
そこで鍬を動かす手を止めると、ウィルは笑いつつもどこか寂しげに見える瞳を下に向けて言った。
「……いいんだ、アイツは俺よりアヴィが傍に居た方がずっと自然に笑うようになったんだから……」
「……だけどよ……」
「俺がむしろ傍に居るとアイツは無理やり笑う様になっちまうと思うんだ……だから、これでいい……」
「……はぁー、今度人間から買った美味い酒をご馳走してやるよ!そん時に腹を割って本音を話そうぜ!」
「……へへっ、そりゃあ助かるな!ありがとよ!……」
自分を気遣う仲間へ笑みを浮かべつつ、誰よりも想い人の幸せを願う心優しい青年は再び鍬を動かし穴へと土を掛けた。
その時、慌てて駆けてくる足音と切羽詰まった声が聞こえた。
「ウィ、ウィルー!大変だ!」
「どうしたんだよ騒がしいな、もう村長が帰って来たのか?」
振り向いた二人は、そこで息を飲み込んだ。
見ると村に住むエルフの男が小柄な人影を抱きかかえて走り寄ってくるのが見えた。怪訝そうに顔を見合わせた二人はこちらに汗だくで向かってくる男に駆け寄ると声を掛ける。
「ど、どうした!?その子は!?」
「村長に出す料理の為に村の外でライガを探してたら、この子が倒れてて!」
「ライガに襲われたのか!?」
「ち、違う!奴等だ!昨日お前達を襲ったのと似たような男達に襲われたって!」
それを聞きウィルは目を見開いた。そして血の滴る腕を見て確信する。
その細い腕にはスッパリと、何かで切り付けられた様な傷が残されていた。
怒りに満ちた声を上げると、ウィルはすぐさま必要な指示を出した。
「俺の家で治療する!人手が居るから男共を呼んできてくれ!」
「分かった!サシャにも伝えとくか!?昨日の術さえあれば!……」
「いや、もうアイツに無理はさせられない!この程度の傷なら俺達でも治療は出来る!」
ウィルの言葉を聞くと、二人は慌てて駆け出し手伝える仲間を呼びに言った。生唾を飲み込むと、少年の軽い体を抱えて彼は目と鼻の先にある自宅の玄関を蹴り開ける。
その時、微かに消え入りそうな声がウィルの耳に聞こえた。
「……う、うぅぅ……」
「大丈夫か!?しっかりしろ!俺達が治してやるから!」
「……しらない、黒い衣装のおじさん達が……いきなり……」
「……やっぱりアイツらか……この辺に居りゃあ人間だろうと見境なしかよ!」
入ってすぐの台所の床に少年を横たえると、ウィルは相手を安心させようと大きな声で言った。
「大丈夫だ!俺達が守ってやる!だから頑張れ、もうすぐで皆来るから!」
ウィルがそう言った瞬間、大勢の男達が話を聞いてウィルの家へと駆け付けてきた。彼等に事情説明を行う青年の横顔を見上げながら、その少年は天使の様な顔に悪魔の様な笑みを張り付けて声を上げた。
「ありがと……無垢で間抜けなエルフ共……」
指を鳴らす乾いた音が、静かにその家に響き渡った。
−−−−−−
「……ん、んん……あれ、わたし……」
「お、起きましたか!?サシャ!」
小さな声と衣擦れの音を聞くと私は持ってきたコップを棚へと置きベッドへ駆け寄った。
薄く目を開けたサシャはボンヤリと私の顔を眺めると、シーツを跳ね除けて小さく呻く。そして、気を失う前の事を思い出すと青い顔をして私に言った。
「ア、アンタ達……さっき何してたの?……」
「あれはですね!ウィルと一緒にハイイロボアが何を食べてるかを調べてたんです!」
「……うぅぅ……あんな奴等が食べる物なんて虫とか木の根とかそんな物でしょ?……わさわざ調べなくても……」
「でも、頂いた命ですから!……あの子達の事をもっとよく知って理解するのは大切です!」
「……アンタ、本当に変な子ね……」
サシャは呆れた様に溜息を吐きつつゆっくりベッドから降りると大きく伸びをしながら聞いた。
「村長は戻って来たの?」
「い、いえ……まだみたいです。でも夕方を過ぎたばかりですしきっとそのうち帰って来ますよ!」
「そうね……それじゃあ先に夕食にしましょうか。今日はお肉を使った新しい料理を作ってあげるわ!」
「ほ、本当ですかぁ!下に先ほど狩ってきたハイイロボアのムネ肉が−−−−」
その時、突然開かれた窓から悲鳴が聞こえた。慌てて振り向き窓を見ると、悲鳴が再び聞こえ今度は何かが割れる音が聞こえた。
いったい……何が……?。
そこで私はある可能性に思い至り、表情を険しくしてサシャへ声を掛けた。
「サシャ!貴女は此処に居て絶対に外へ出ないでください!」
「え、えっ!?いったいどういう事よ!?」
「私達を襲った殺し屋が村に入ってきたかもしれないです!私は様子を見てきますから家で隠れててください!」
「ちょ、ちょっと!アヴィ!」
私は返事も返さずに駆け出すと玄関へ向かい、立てかけてあった長剣を手に取り外へ飛び出した。
村は地獄と化していた、一軒家が点在するその村のあちこちで……火の手が上がり……。
そして……そして……。
所々の地面に、燃え盛る炎に照らされた人影が微動だにせず横たわっていた。
歯を噛み締めながら私は吠えた、この優しい村の人達を殺して回る悪意へ向けて絶叫した。
「目的は私達の筈だ!!私は此処に居る!!殺すなら私を狙え!!」
その時、背後から足音が聞こえ私は剣を構えながら振り向いた。其処には……。
「ウィル!無事でしたか!?……」
隣の家の横にボンヤリと立ち尽くすウィルの姿が見えた。炎に照らされたその顔面に、血がベットリと張り付いているのに気付いた私は悲鳴の様な声を上げ彼へと駆け寄る。
「ウィル!怪我をしたのですか!?い、今すぐ家に来てサシャに治療を−−−」
ザクッ……。
そんな、音が聞こえた……。それは、まるで……ハイイロボアの解体を行う時、臭みのある臓器を取り出す際に……お腹にナイフを刺した時の音に似ていた。
……え、えっ?……ささ、れた?……わたし……へっ?……。
……あ……い、痛い……おなか……痛くて、あつい……。
刺された……だれに……誰に?……。
真っ赤な血の滴る剣が貫く腹部を見ながら、私は震えた声を漏らし視線を上へ持ち上げた。
……そん、な……そんな……うそだ……こんな……こんなの……。
声を発しようとした瞬間、大量の血液が込み上げてきて……私の言葉を塞ぐ……。
血を吐き出しながら、何とか……お腹の剣を抜こうとすると……。
私の顔面が……殴られた。
「あぐゔっ!……か、はっ……」
仰向けに倒れ込んだ私は、そこで……再び自分を刺した相手と……目が合った……。
それは、とても信じられない光景だった。悪い夢か何かとしか思えない……恐ろしい光景だった。
つい先程まで、一緒に笑いながらハイイロボアの解体をしていたウィルが……血塗れの顔面から黒く濁った瞳を向けて私を見下ろしていた。