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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:14話 蠢く悪意

「村長さん、無事に戻って来れるかしら……」  


「あの方ならきっと大丈夫です、信じましょう……」


食事を終え洗い上げをするサシャの背中にそう返事をすると、私は村を救うべくメルキオの首都へ向かった三人の無事を心から祈った。


この世界の事をもっと知りたいと思った。何もかも村長や皆へ任せっぱなしという訳にもいかない、この先今回の様な種族間のトラブルが起きた際には私もこの村でお世話になった人間として何かの役に立ちたい。


そう考え私は壁の件についてサシャに尋ねる事にした。


「サシャ、あの壁というのはいつ頃から造られ始めたのですか?」


「あれは確か、三十年ぐらい前かしらね……あの時にちょうど本格的に人間とエルフの間に交流が始まって、魔物から皆を守る為に壁が必要になってくると言われて村長や皆も賛成したのよ 」 


「なるほど……ちょっとその現場を見たいと思うのですが、工事をやっているのはどの辺りですか?」


「今はちょっと近付かない方が良いわね……あそこを管轄してる司令官が変わってから急にエルフは立入禁止になって警備もやたら厳重になったから……」


「司令官が変わった?……」


聞けばそれまでは壁の建設現場付近であっても立ち入る事は出来たし工事を行う人間へエルフ側が差し入れを行う事もあった、その恩返しにと人間側が周囲の魔物の駆除や狩りなどに協力する事もあったという。そうやって交流を深めていったものの、司令官が変わった直後から急に何かを隠す様に警備が厳しくなったらしい。近付いたエルフは重武装の兵士によって追い返され、交流も断絶してしまった。


そういった突然の拒絶もエルフ側が人間へ良くない心象を与えるきっかけにもなっている。


その新たに配属された司令官について今度は聞いてみる事にした。


「新しく此処を担当する事になった司令官というのはどんな方なんですか?」  


「……アンタ達へ暗殺ギルドを差し向けたっていうクリスティーヌ・バンゼッティよ。アイツが今壁を作ってる開拓団の実質的なリーダーね……まぁ、村長が何度か話し合いを持ち掛けても無視する様な奴だし元々評判は最悪だったけど……」


「壁の工事現場でいったい何が起きてるんでしょうか……」


顎に手を当て考え込むと、サシャは何か思い出した様に手を叩くと振り返った。


「そういえば、何だかあの周囲にやたら大きい“ゴーレム”が運ばれてってるのを見た事あるわね……」


「ゴーレム?」


「人間が使う工事用の魔導機械の一つね、大きな手足や胴を持った人間型の機械で魔術を使って動かすの。人間では運べない様な岩や木材を運んだり森を切り拓くのに重宝してる様ね 」


「魔術で動く巨人……」


そんな物まで用意して工事を行っているなんて……この周囲に住むライガのような魔物を相手にした壁としてはやはり規模も手間もおかしい。急に立入りが厳しくなった点から考えても村長が言っていた通り壁を建造する目的が魔物の侵入阻止から国家間の戦争へと移行した可能性は充分にある。


私達へ殺し屋を向かわせた件もある、そのクリスティーヌという司令官についてはこの先も注意する必要があるだろう。


−−−−−−


時刻は昼を過ぎ、メルキオの首都へ向かう三人の乗った馬は遂にその広大な国家の入り口へと辿り着いた。


長く広い川を跨ぐ橋を超えればメルキオ側へ入る事が出来る。しかし、不思議な事に村長のエルフは即座に気が付いた。


普段であればメルキオとエルフ族の間を行き来する商人の馬車でごった返している筈の橋の周囲には人の気配が一切ない。商人どころか、本来であれば橋の入り口に立ち入国手続きを行う監査員や警備の兵士の姿すらない。三人は顔を見合わせると、あの冷酷な野心家が何らかの手を打ってきた事を察知し顔を見合わせた。


「……こいつぁ、罠ですね……例の暗殺ギルドの連中を橋の何処かに忍ばせてるのかも……」


「ああ、間違いなくそうだろうな……クリスティーヌめ、よほどワシに悪行をバラされたくないと見える……」


「どうします?此処まで来て尻尾を巻いて引き返します?」


笑いながら語るスタンの言葉を聞き年老いたエルフは頭を振ると、静かに腰に刺さる剣を引き抜いた。二人もそれに習い背中に回した弓を手に持った。


村の民の生活を脅かす相手に対し、男達は覚悟を決めて戦う決意を固める。


「行くぞ!此処を突破しあの悪党に一泡吹かせてやろう!」


力強い言葉にスタンとティムは滾る闘志のまま叫び応えた。弓を持つ二人が横並びに駆け出し背後の偉大な父を命懸けで守ろうという意志を見せる。そんな二人の背中に頼もしさを感じつつ、皺の浮かぶ顔に鋭い眼光を光らせながら老いたエルフは疾走した。


霧に包まれた橋の向こう側は見えない。この長大な橋を渡り切るには暫くは掛かるだろう。


だがこの霧は自分達に有利に働くと三人は感じていた。視界が悪い中、高速で移動できる馬で駆け抜けて行けば刺客が何処に潜んでいようとも振り切れる確率は上がる。


迷いも躊躇らいもなく、三人は霧の包む石畳の橋へ馬の蹄の勇ましい音を立てながら進軍した。


やがて、彼等が橋の中腹部まで辿り着いた瞬間……突如霧に覆われた先で何かが光った。


眩い閃光の様な光が三人の視界を奪い、思わず目を瞑りながら声を上げた時、全身の血液が沸騰していくのを先を走る二人は感じた。


その光は人体を焼き尽くす程の高温を放つ真っ赤な炎であり、地獄の業火は先陣を切っていた勇敢な若者二人の体を乗っていた馬ごと焼き尽くし、溶解させる。


そのまま眼前に迫る灼熱の地獄へ向けた目を開くと、老いたエルフ族の村長はこの世で最後となる言葉を発した。


「ク、クリスティーヌ!貴様−−−−」


その瞬間、彼は自分の眼球が沸騰し爆ぜていく感触を覚えた。



−−−−−−−


「凶悪な蛮族の尖兵は私の手により討ち取った!さぁ諸君、愚かな蛮族共に正義と秩序を理解させてやろう!」


白煙と異臭が漂う石畳の橋に立ち尽くす女は赤いエングレーブが施された豪奢な大剣を前へと掲げ背後の兵達に進軍の合図を告げる。


甲冑に身を包んだ騎士達は一寸の乱れもなく重々しい足音を響かせ前進を開始し、中央に立つその女の両脇を通り前進した。


彼等の指揮官、男性用の軍服に身を包み膨らんだ胸に色とりどりの勲章を下げる女は鞘へと愛用している長剣を刺すとブーツの底が硬い石を叩く足音を鳴らしながら後ろに控える馬車の中へ身を滑り込ませた。


灰色の長い髪を揺らし、美女にも中性的な青年の様にも見えるその顔に愉快そうな笑みを浮かべると女は言った。


「まさか三人でメルキオに入って来ようとはな、蛮勇も此処まで来れば立派なものだ 」


「クリスティーヌ様、わざわざ貴女が出ていかなくとも騎士達に任せれば容易く制圧出来た相手です……」


「いいじゃない、どうせ大勢殺すのはあの人形遣いと奴に操られたエルフ共なんだから……ちょっとは楽しんだってバチは当たらないよ 」


口煩い眼鏡を掛けた女性の副官の言葉を聞き面倒くさそうにそう言うと、男装の麗人は揺れる馬車の椅子に背を投げ出し続けて口を開く。


「あの人形遣いにはそれなりの組織、そしてとびっきりの玩具をくれてやったんだ……きっと上手くやるさ 」


「しかし、確実とは言えません……実際に彼が操ったライガの女王はエルフに深刻な被害を与える前に討ち取られました。潜在的な脅威がある以上クリスティーヌ様に無用な消耗を強いる訳には……」


そこで身を乗り出した女、メルキオ帝国西部方面司令官であるクリスティーヌ・バンゼッティは言葉を続けようとする副官の唇に指を添え、くすぐるように指先を動かした。


ウェーブの掛かった灰色の髪から覗く、まるでこちらの身を焦がす様な欲望に満ちた視線を向けられ震えた声を漏らす彼女の耳元に顔を近付けると野心家の女は少しずつ赤く染まっていく相手の耳へこびり付くような……発情期の猫の様な甘い声で囁いた。



「……戦闘での疲れなど一晩で癒やされる……蕩ける様な顔で私へ劣情を向けてくるお前の声を聞けばな……」



−−−−−−−


通信用の石を通して聞こえるのは甘い女の喘ぎ声だった。


恐らく通話先の相手は今日もお気に入りの副官に抱かれながら連絡を入れてきているのだろう、嫌悪感を隠そうともせずアヒムは言った。


「……それで、例の貴族の動きについてはどうなったの?……」


『んんっ……その件は、問題ない……スタンフォード家の連中は、あれで……っ……だんまりだ……』


「……ふぅん、それじゃあ他の連中も問題なさそうだね……あそこがエルフとの融和を唱える派閥じゃ最大手だ、その娘があれだけ惨く従者諸共殺されたとなれば最大の裏切りになるからね……」  


『こくおう、へのっ……進言もぉ!……して、あるからぁぁっ!……ちょっと!も、もっと……優しく、して!……っ!……』


「つまり、ちゃんと侵攻に向けて外堀もばっちり埋めたって訳か……イカれてるのにそういう手回しや下準備はばっちりだねアンタ……」  


ひときわ大きな声が聞こえ、荒く漏らされる吐息が響きすぐにでも通信を切りたい衝動を抑えつつアヒムは相手の言葉を待ち続けた。


やがて、蕩けきった声で相手は言った。


『はぁーっ……はぁーっ……夜には、そっちに着くから……それまでにエルフども……殺し合わせといてねぇぇ……』 


「……チッ、了解したよ……好きにやらせてもらう……」


指で石を擦ると光が収まり通話が切れた。アヒムは心底気持ち悪いという風に顔を歪めながら軍用の通石をシェリーへ投げ渡す。


「さすがはクリスティーヌ様ですね、エルフ族殲滅の邪魔になりそうな存在をこうして抑え込むとは……」


「悪知恵が働くだけだよ、あの火炙りババア!……」


苛立たしげにそう言うと、少年は腰を下ろしている先にある川に向けて傍に落ちていた小石を放り込んだ。波紋が広がる水面を睨みながら、彼は憎々しげに口を開く。


「アイツの拷問のせいで僕の体は一生このまま、背だって伸びない!ほんと、こんな事になるなら魔導師なんかにならなきゃ良かった!……」


「……確かマスターがベアルゴ所属の魔導師として戦場へ向かい、そしてあの方に拷問を受けてから今年で三年になりますね……」


「……ああ、あの地獄みたいな戦闘に僕みたいな子供を引っ張り出すあの国だって嫌いだったけど、それでも今よりは遥かにマシだったな……」


アヒム・ハインリヒは元々違う国家に生まれた少年だった。ベアルゴという名のその国はメルキオの東部に位置し、森を挟んでメルキオと国境を接する王政国家だ。しかし、その実情はメルキオ以上の圧政を敷く典型的な失敗国家だった。国民から吸い上げた富の全てを王族が独占し、欲望のままに支配する腐敗した政治体制の元で彼は生まれた。


孤児として施設に預けられた彼は周囲の子供達と身を寄せ合いながら大人から受ける暴力や性的暴行に耐え、懸命に命を繋いできた。


そこで共に育った一人の少女の存在が、彼に魔導師としての道を進めるきっかけとなった。


隣に腰を下ろしたシェリーの膝に頭を乗せると、アヒムは自分の頭を撫でられるその感覚に目を細めつつ自嘲するように言った。


「ぜんぶ、君のせいでおかしくなっちゃった……何もかも狂わされちゃったよ……」


「申し訳ありません、マスター……」


「そう思うならさ……僕のこと、今度からはアヒムって呼んでよ……。その、昔みたいに……」


そこで気恥ずかしさを感じ、少年は頬を掻きながら目を背けた。


「……アヒム……」


その声が聞こえた瞬間、アヒムの頬に柔らかな感触が伝わり彼は驚いた様に声を漏らす。頬にキスをして再び顔を持ち上げたシェリーは普段通りの無機質な表情ではあったものの、心無しか柔らかさを感じる顔で再び頭を膝に乗せる少年の髪を撫で始める。


随分と久しぶり感じる穏やかな感情に包まれ目を閉じると、少年は静かな声で言った。



「さてと、それじゃあ……始めようか。悪夢へ向けた下準備を……」







  










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