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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:12話 人形遣い

残虐描写あり、ご注意ください

四つの人影が物静かな森の中を進んでいった。先頭を歩くのはツギハギだらけのボロボロの衣装を着た少年であり、彼は慣れた足取りで岩が剥き出しになり木の根が這い回る地面を軽々と飛び跳ねながら進んで行く。


後ろを歩くのは森の中には似合わない華麗な衣類に身を包んだ男女だった。二人の男は胸に着けられたきらびやかな装飾の勲章や肩に取り付けられた金色の眩しい飾緖を輝かせる位の高い軍人である事を表す軍服を着込み、少し後ろを歩く女性を守るように鋭い目線を周囲に光らせていた。


そんな彼等に守られながら歩いているのは履き慣れないパンツとロングブーツに戸惑いつつやや覚束ない足取りで森を歩く高貴な雰囲気を纏う女性だった。


彼女の名はマリィ・スタンフォード、メルキオ帝国の未来を憂い若い年齢ながらも様々な活動を行う若き令嬢だった。両サイドからロールさせた髪を揺らしセットした髪型を乱しつつ必死に険しい森を歩いていた。


汗を滲ませつつ懸命に足を進める彼女へ一度振り返ると、彼女を守る護衛である立派な口髭を蓄えた男性の一人が声を掛けた。



「君、エルフ族の居る村というのはまだ先なのかね?」


「あ、あははっ……そろそろだと思うんですけど……」


「もう聞いていた話の倍は歩いているが、本当に正しい方向に進んでるのか?」


「ご、ごめんなさい……」


穏やかな口調ではあるものの、守るべき主の疲労を気遣い彼は不信感を滲ませる。そんな彼へ女性は諫める様にやや厳しい声色で言った。


「おやめなさい、誰にだって間違いはありますから……」


「しかし、マリィお嬢様にこれ以上のご無理は……」


「私ならば平気です、御父様から託された使命を果たすにはこの程度の苦行に音を上げてなどいられません!」


無理やり笑顔を浮かべてそう言う主に更に言葉を続けようとしたものの、彼の肩を掴んだもう一人の男の“言っても無駄だから諦めろ”と言うようなやや呆れの混ざる表情を見て小さく溜息を吐いた。


彼女は足を進めると、顔を俯かせる少年の傍へ歩み寄りその頭を撫でた。


「ごめんなさい、せっかく案内してくれているのに私の従者が要らぬ心配を……」


「……い、いえ……その……。お、お姉さん!実は僕……」


「ん?どうしたの?」


膝を折って小柄な相手へ目を合わせると、少年は涙の溜まった目で彼女を見上げて言った。


「じ、実は本当はエルフ族の村なんて知らないんです!たまたまお姉さん達の馬車が走ってるのを見掛けて、お金目当てで道案内をするって……」


「あら、そうだったの……」


「ご、ごめんなさい!とっても貧乏でお金無くって!……家族も食べさせていかないといけないから!」


「……うーん、困ったわねぇ……」


女性は振り返り二人の護衛を見ると、彼等は度々そういった場面を経験しているのか肩を竦めて苦笑いを浮かべる。マリィ・スタンフォードはその若さにして為政者とはどうあるべきかを心得ていた。民を導く者は己の欲に腐心する事なく、弱き民を救うべきという父親の教えを実践してきた。貧民の救済や戦争孤児の問題に留まらず、その関心は自然破壊と魔物の増加という国全体を密かに蝕んでいる問題にまで及んでいた。


まさに国の将来を担うに相応しい希望、誰もがそう考えていた。だからこそ彼女は権力に執着し己の欲を満たさんとする勢力からは危険視され幾度も暗殺という危機に晒されてきた。今回もある人物がメルキオに名を轟かせる悪名高い暗殺ギルドであるレイヴンという組織に暗殺依頼を出したという情報が入り、本来護衛無しで行う筈だったエルフ族の視察へ二人の従者兼護衛が強引に付き従う事となった。


彼等は長年彼女の護衛を担当してきた軍人であり、実戦経験も豊かな古強者にしてマリィ・スタンフォードという高潔な志を持つ若き令嬢を父親の様に見守ってきた二人だった。


「やれやれ、マリィお嬢様のお人好しにも困ったものだ……どうせ案内料を返せとは言わないおつもりでしょうし 」


「まぁ、それぐらい覚悟していなければあの方の護衛は勤まらない!常に振り回される覚悟をしていないとな!」


「ハハッ、それは違いない!」


こういった事には慣れきっているのか二人は諦めた様に笑うと少年へ目を向けた。そうやって自分が連れ回し無駄な時間を過ごさせたというのに小言を漏らすのみで許してくれる従者達へ心から感謝を述べつつマリィは少年の手を取った。


「さあ、行きましょう?魔物が出たら危ないわ……」


しかし、少年は立ち止まったまま静かに片手を掲げた。マリィが不思議そうな顔をしていると指を鳴らす軽快な音が一度、森の中に響く。



「ダメだよ……せっかくここまでアンタを連れてきたんだから……」


「……え、えっ?……どういう事?……」


「まだ分かんないかなぁ……」


少年はボロボロのコートのポケットからソレを取り出すと、静かに右手へと嵌め込んだ。真っ黒なレザーグローブの掌と甲は血の様な赤い色で記された数式や文字で埋め尽くされており、それがこの少年がどういった立場の人間であるかを表していた。それは、強力な力を持つ精霊を強引に意のままに操る為の拘束具であり手綱だ。


つまり、この少年は魔導師だったのだ。


それを見たマリィは即座に判断する。この少年は自分を狙う刺客であると……慌てて後ろに下がり距離を取ると護衛の二人へ声を上げた。


「その少年は私の命を狙う暗殺者です!彼を拘束して!」


しかし、その言葉に返事は無かった。振り返ったマリィは背後で立ち尽くす二人を見て絶句した。


先程までいつも通りに自分を見守ってくれていた二人は、まるで彫刻の様に無機質な表情に黒く濁った瞳を薄く開き硬直していた。


「な、なっ……これは……」


「悪いけどその二人ならさっき魂を抜き取らせて貰ったよ……僕の扱う魔術はそこらの半端者とは訳が違う。死を司る精霊であるバンシーを完全に操れるのはメルキオどころか世界でも僕だけさ!」


「し、死を司る精霊!?……そのような軍の上級魔導師すら至れていない境地に何故貴方の様な少年が……」


そこで、マリィはある恐ろしい可能性に気付くと見る見るうちに顔を青くしていった。


そんな上級魔導師以上の力のある者が暗殺ギルドで刺客をやっているとは思えない。しかし、あの悪名高い暗殺ギルドがもし……極めて高い実力を持つ魔導師の手で作られた組織だとしたら。彼は、刺客などではなく……構成員数百人の血に飢えた殺し屋達を束ねる長だったとしたなら……。


恐怖心で膝から力が抜け、へたり込むとマリィは涙の浮かぶ瞳を見開き震えた声を上げた。


「……あなた……ま、まさか……」


「ふふっ……あははっ!アハハハハハハハハハハハハッ!!やっと気付いてくれたァ!?……」


少年は相手をからかうように大きな声で笑うと、込み上げる愉快な感情を抑えきれないように歪んだ笑みを浮かべ深々とお辞儀をした。


「初めまして……暗殺ギルド『レイヴン』のギルドマスターをやってるアヒム・ハインリヒです……。依頼に従いアンタをぶっ殺しに来ました……」


「……ま、まさか……そんな、まさか!……」


「意外だったかなぁ?僕みたいな生きる為なら手段を選ばない戦争孤児なんて吐き捨てるほど居るよ、才の無い奴は路地裏でゴミみたいに山積みになって死んでくだけだしさ!」


「……い、いやっ!いやぁぁっ!私はまだ、死ねないの!……」


震えた足に力を込めると、どうにか立ち上がりマリィは走り出そうとした。しかし、その両腕を彼女が最も信用していた人物達の手が掴み上げる。


「な、何するの!?離してっ、離してよ!?。どうしてしまったのよ二人とも!?……」


「その二人ならもう手遅れだよ、死の精霊(バンシー)の力で魂を抜かれ今は僕の意志だけに従う操り人形になっちゃった訳だし……とっても役に立つ忠実な下僕になっちゃったんだ 」


「そ、そんな事ある訳が!……二人とも、この私に長年尽くしてくれた護衛であり理解者で−−−」


「あー、もうっ!面倒くさいからソイツの片腕切り落としちゃってよ!」


悲鳴を上げながら必死に抵抗しようとする主へ濁った瞳を向けたまま、人形遣い(ドーラー)と呼ばれる少年の意志のままに男達は準備を始める。片方の従者が背後から彼女を地面へと押し倒し背中を膝で押さえ込むと、もう片方の従者は涙を流し首を振る彼女の伸ばされた手を踏み付け動きを封じた。それまで三人の間で築かれてきた信頼や絆を辱めるような行いに心の底から愉快だという様に少年は笑い転げた。


「あはははははっ!!いいねぇ、最高だねぇ!!信じてた部下に踏まれて顔を泥で汚す気分はどう!?」


「う、うぅぅぅぅっ!……こんな事をしても、世の中は変わらないんです!……だから、もう……こんな愚かな事はやめなさい!」


「……あのさ、アンタ……僕が社会を変えたいとかそういう理由で動いてると思ってるの?……」


「……へっ?……」


涙を流したまま呆然と目を見開く彼女の元まで歩み寄ると、少年はそのよく手入れの行き届いた髪を掴み上げ狂気を爆発させた。



「僕はお前らみたいな理想主義者の上げる悲鳴が大好きだから殺してるんだ!!僕が望むのはただ一つ、ゴミ貯めみたいな場所で育ってきた僕の手によって漂白された世界で生きてきたお前の存在を汚してやる事だけだ!!他の事なんてどうでもいい、お前が生きたまま八つ裂きにされ垂れ流しながら豚みたいに喚く様を見たいのさ!!いひひひひひひひッ!!」


「……あ……あぁ……そんな……待って……」


「さぁ、始めようよ!此処は壁の建設現場から程近い、運が良ければバラバラにされた体を魔物に持ち去られる前に見つけられるかもしれないねぇ!」


「待って!待ってぇぇぇぇっ!!いやあぁぁぁぁっ!!お願いだから、お願いだからやめて!!私はまだ、まだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


そんな悲鳴は腕を踏み付ける従者が振り下ろした大剣がその細い腕を切断する音で遮られ、硬い骨が破断する音と噴水の様に噴き上がる鮮血の飛沫音が狂気の宴の幕を開けた。恐怖と激痛で顔を歪めた主に向かい従者達は手にした大剣を黙々と振り下ろしその美しい体を凌辱するかのように引き裂いていく。甲高い悲鳴は、やがて生命の終わりを恐れる獣の絶叫の様に変わり果て、心が折れきったその悲鳴を聞き少年は興奮で頬を赤らめながら脳をジンジンと焦がす快楽に酔いしれた。


「いぎゃあっ!!お"ぅ"ぅ"ぅ"っ!……が、は……ひゃ、め……えぇぇ……」  


「アハハハハハハハハハハハハハッ!!サイッコー!!綺麗な顔までボロボロになってまるで醜いゴブリンみたいになっちゃったねぇ!!ふひひひひっ!!手足も切り落とされて僕より背が小さくなっちゃった!!いいねえ、すっごく興奮するよ!!」


返り血を浴びながら黙々と彼女の全てを守るはずだった保護者達が剣を振り下ろし、ヒューヒューと息を漏らす相手が絶命する様を見て笑い転げると少年は更に切り刻むように“人形”へ命令した。


アヒム・ハインリヒにとってこの世で感じる快楽は唯一つだった。首から下に重度の火傷を負いあらゆる感覚が麻痺した彼が唯一悦びを見出だせるもの……それは彼が心から憎み軽蔑する理想主義者の上げる悲鳴だった。


−−−−−


「暗殺ギルドまで雇うとは……開拓団の連中め、そうまでして我々を追い出したいのか……」


薄暗がりの中、深い皺の刻まれた顔を顰めると老人は深く溜息を吐き顔を伏せた。


この村の長でありながらも質素で狭いその家の一室には寿司詰め状態で村民であるエルフ達が入り込み彼の言葉に耳を澄ましている。その表情の多くは静かな怒りに燃え、またある者は不安を募らせていた。


テーブルを挟んだ向かい側に座るアヴィとウィルは顔を見合わせると言った。


「奴はクリスティーヌから依頼を受けたと言っていました……アヴィと俺を襲ったのはあいつの差し金でしょう 」


「彼等はレイヴンと名乗っていましたが……何か心当たりはありますか?」


二人の言葉を聞くと村長はますます事態の深刻さを噛み締める様に、静かにテーブルの上で指を組み顔を俯かせる。


そして、疲労感の滲む声で言った。



「レイヴンはメルキオ最大手の暗殺ギルドだ……数百人の殺し屋を抱え、それまで消してきたのは貴族や王族関係者、軍の将軍だけでも軽く千人を超えている……。あの国に巣食う野心家をお得意様に持つ相当なやり手だな……」


「そんな連中がなぜ私達を……」


「あのクリスティーヌが考えそうな事だ……壁の周辺に要塞も築こうとしているアイツにとっては森の周囲に居座っているワシらが邪魔で邪魔で仕方ないんだろう。村の英雄となったお前達を殺せばエルフと人間の間に亀裂が生じいずれは戦争となる……」


「戦争……」


その単語を聞いた瞬間、アヴィは怯える様な表情を浮かべ胸を押さえた。


「ふざけんなよ!!」


テーブルを叩く音が響き渡り、ウィルが怒りで引き攣った顔を歪め立ち上がる。


「そこまでしてあの壁を作りたいのかよ!?俺達を戦争で滅ぼしてでも……!」


「……あれは建前こそ魔物の侵入を防ぐという目的で作られたが恐らく期間や規模を見るに本当の目的は国家間の戦争を見据え造られておる……。クリスティーヌはロクデナシが多いメルキオの権力者の中でも頭一つ飛び抜けた危険な女だ。ワシも奴がいったい何を考えておるのか、真意までは測りかねる……」


「ちくしょう!……あの時サシャが居なかったらどうなってた事か……」


ウィルは襲撃者によって傷付けられた場所をそっと押さえた。それまで齧った程度の魔術の知識しか持ち合わせていなかったサシャが突然、軍属の魔導師が扱うような上級治癒魔術を使い二人を助けた。腕を負傷したアヴィより肩から胸を斧で切り裂かれたウィルはより深刻な状態だったもののサシャが掛けた治癒魔術、ウェーブ・レザレクションの効果によってその傷口は無事塞がった。


村長は顔を上げるとアヴィへやや心配そうな表情を浮かべて聞いた。


「アヴィ、サシャはどうしておる?いきなり魔導師でもない人間があのような上級魔術を使ったら相当な負担がかかる筈だ……」


「サシャは大丈夫です……暫く意識を失っていましたが夕方頃に目が覚めて元気になりました……」


「……そうか……あの子は生まれてすぐに母親を失い、父親も失い……そして、唯一の家族である妹までも失って一人ぼっちになってしまった。だからこそ、今家族として共に暮らすお前さんを本当に大切に思っておるんだ……」


「……私も、サシャが大好きです……一度だけでなく二度も、命を救ってもらった恩は一生を懸けて返すつもりです……」


「ふふっ、そうか……やはりワシの目に狂いはなかったようだな。お前達なら上手くやっていけると信じておった……」


安堵する様に頬を緩めると村長の年老いたエルフは再び長年この村を守り続け、そしてアヴィやサシャの様なこれからこの村で暮らし続ける若者達を守る責任者として表情を引き締めると声を上げた。


「とにかく、今は冷静に行動するように……ワシは明日にでもメルキオの首都に向かい今回の事を国王に報告する。クリスティーヌの凶行を聞けばメルキオとしても動かざるを得ないだろうしな……」


「そ、村長!それなら俺も一緒に!……」


「ならん!我々の動きを知れば奴はまた暗殺ギルドを使い消そうとしてくる筈だ……ウィル、お前さんはワシが留守の間に村を守ってやってくれ……」


「……村長……」


命を投げ出す事も辞さないその覚悟を前にウィルは黙り込むしかなかった。悲壮な覚悟で村を守ると決めた彼へアヴィは不安の滲む顔を向けつつ声を掛けた。


「くれぐれもお気を付けて……」


「ああ、任せておけ……お前やサシャがいつまでも幸せに暮らせる村を守るのがワシの役目じゃ 」































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