殲滅のマタドール:11話 暗殺ギルド
2つの影が疾走する。
痩せ型の男の手には二本の小振りなナイフ、小太りの男の手には手斧が握られていた。着ていたコートの下から取り出したそれらの武器を手に氷の様な目で標的を見据えたまま二人の殺し屋は凶器を相手へ振り下ろす。
アヴィは咄嗟に剣先を顔の前に掲げナイフを防ぐと、目の前の相手を睨みつける。
「何が目的ですか!?貴方達は!……」
その声には答えず、ヒョロリとした体格の男はもう片方の手に握られるナイフを横へと振った。布が避ける音と共に彼女の腹部に赤い線が走る。
この相手に近距離戦はマズい……即座に判断すると距離を取ろうと後退る。
「暗殺ギルドって事は……開拓団の連中、殺し屋まで雇ったのかよ!?」
叩き付ける様にその切断器具を振り下ろされ、ウィルは受け止める為に振るった剣から痺れが走る程の衝撃を感じ顔を歪めた。
おおよそ戦闘という行為とは縁遠そうに見えるその体格は破壊力のある一撃を奮うための太く屈強な骨や筋肉の表れである事を理解しウィルは生唾を飲み込む。
「お二人は巨大なライガを討ち取った村の英雄、この程度の小手調べで死なれては興醒めですが……まぁ、それはそれとして……」
森を駆け回り重い金属の衝突音と布が裂ける音を響かせ戦う彼等を目で追いながら女は呟く。
「……この程度で死ぬようならその程度の相手という事なのでしょう……」
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まったく、アイツ……どこで何してんのよ!。
頬を膨らませつつ村を歩く私は目当ての人物が見つからず余計に苛立ちを募らせた。
お昼を過ぎて随分経ったというのにアヴィが帰って来ない。確か女の人と森に出掛けるとか何とか……。
女の人と……森に……。
「何よ!森でいったい何する気なのよ!……せっかく人が一生懸命料理作って待ってたっていうのに!」
……さっき、少し強く怒り過ぎたのが原因かもしれない。胸がズキリと痛むのを感じると、顔を俯かせ自分でも自覚している拗れた性格に嫌悪感を抱く。
好きなのに、全然素直になれない……。
小さく溜息を吐くと、誰かが私の肩を叩いた。
「よお、サシャ!お前の同居人も凄い事になっちまったな!」
「ティム……ありがと、だけどあれはウィルも手伝ってくれたから……」
「ああ、いや……ライガの件もあるんだけどよ、さっきメルキオの名家の御令嬢が噂を聞きつけて二人を探してたんだよ!」
「え、えっ?……そうなの?……」
「聞いてないのか?何でもエルフの生活を知りたいとかで俺達の狩りの様子を見てくんだとさ!人間なのに自然を守ろうっていう殊勝なお嬢さんだったな!」
……女の人と森に入るって……そういう……。
別に妙な事をする訳でもなく、むしろ村の為に役に立とうとしていくれていた。つまり、さっきまでの怒りは全部私の勘違い……。
本当に、嫌になってくる……。
顔を上げると私はティムへ再び声を掛ける。
「あ、あのっ!今空いてる!?」
「お、おう!サシャの頼みとあったらしかた---」
「アヴィの所まで案内して!ウィルはともかく、あの子すっごく口下手だから私が傍に付いててあげないと……」
「……はぁー、了解だ……ちょうど俺もウィルを探してたしな……。たぶんいつもの狩り場に居ると思うから付いてきな……」
頭を掻きつつどこか不貞腐れた様子で歩き出したティムの背中を追うと、私はアヴィに会ったら真っ先に謝ろうと決めた。
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「はあぁぁぁっ!」
叫び声と共に振り下ろした剣撃を容易く躱すと、相手はまるで挑発するかの様に片方のナイフを仕舞う。
まるで、このままでは簡単に決着が付き退屈だと言うように。
こちらを侮辱するかの様な態度に頭へ血が登っていくのを感じつつ、私は頬から滴る血を拭い相手を睨み付ける。
さっきからこの男は嬲る様に掠り傷ばかり与えてくる。素早く、そして恐ろしく的確に相手の動きが読める男だ。
恐らく本気なら私は何度も殺されていた、喉や胸、脇に走る血のラインが致命傷になる箇所を何度も狙われている事を知らせてくる。
口髭を蓄えた男は黒く淀んだ死者の様な目を向けつつ少し大きな声で言った。
「時間だ!そろそろケリを付けるぞ!」
「ああ、分かった……」
周りを包む冷たい空気が更に重く、深く浸透していく。身震いすら感じる様な空気の中、少し離れた位置から金属が弾き飛ばされる甲高い音が聞こえた。思わずそちらへ目を向けると、肩から出血したウィルが崩れ落ちるのが見えた。
「ウ、ウィルッ!」
「余所見をする暇があるのか?ならば死ね……」
まるで、心臓を鷲掴みにするような冷たい声に気付いた頃には既に相手は私の目の前にまで距離を詰めていた。
マズい……殺される……!。
そんな恐怖心が凍り付いた吐息を唇から吐き出させた。
鈍い斬撃音と鋭い痛みが私を襲い、咄嗟にその箇所を押さえながら私は絶叫した。
「う、あぁぁぁぁぁっ!……ぐ、くぅぅぅぅっ!……」
「利き腕の腱を切断した……お前はこれで右手では何も握れない……」
「……くっ!……よくも……よくもぉぉっ!……」
また、サシャが悲しんでしまう……あの人に笑っていて欲しいのに!。このままではウィルまで……手遅れになる……!。
どうにかしないと、私が……何とかしないと!。
咄嗟に伸ばした左腕の甲が、振り下ろされたナイフによって貫かれた。焼けるような痛みと共に血が溢れ出し、再び私は激痛に悲鳴を上げる。
「ぐっ、うぅぅぅぅぅっ!……こ、の……!」
「期待外れもいい所だ……あのエルフのガキと共にここで死ね……」
ウィル……あの人だけは、何とかしないと!……。
私は、どうなってもいい……でもあの人が死んでしまったらサシャが悲しむ!。私だって悲しい!……嫌だ、そんなの嫌だ!。
しかし、傷付けられた両手は言う事を聞いてはくれない。右手に至っては動きすらしない……。
「首を切り裂き失血死させてやろう……そのままお前は魔物供のエサになれ……」
「……嫌だ!……まだ、死ねない!……」
「いいや、お前はここで死ぬ……」
相手がナイフを振り下ろすのが見えた。お願い、ウィル……まだ死なないで!。先に私が死ねばあの力を使える、こいつらを……倒せる。
……たお、す?……ころ、す……。
また、私は……人を殺すの?……。こいつらは殺し屋で、ウィルや私の命を奪いに来た敵だけど……人間だ……。
また、殺して……殺して……あの頃みたいに……私は……。
……また、過去の憎悪と恐怖に満ち溢れた私への言葉の数々が溢れ出してきた。
『ったく捕虜すら無しかよ……皆殺しのアヴェンタドールはおっかねぇな……』
『ひでぇな!スーツの中で煮込んだブロック肉みたいになっちまってる!対艦武装を機体越しとはいえ生身の人間にぶっ刺すなんて血も涙もねぇな!』
『お願いだ!助けて!助けて!死にたくない!降伏する!たすけ---』
『アヴェンタドールゥゥッ!同胞の仇め!貴様を殺してやる!』
『……お前の近くにいると血の臭いが移っちまう……傍に来んなよ……』
「いやぁぁぁぁぁああああああああああああっ!!!」
頭の中が真っ白に染まり、私は涙を流しながら絶叫した。
殺さないで!!殺さないで!!……もう、殺したくないから!!。私に……私に……私に人を殺させないでぇぇぇぇっ!!。
殺すなら、私だけ殺して……。
「アヴィッ!!どうしたの!?」
黒く染まりかけた意識の中で、光が差すようにその声は何処かから聞こえた。
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「其処に居るの!?アヴィッ!!」
そんな声に男達は振り下ろそうとした凶器を止めた。アヴィの首筋の皮膚に僅かに刃を食い込ませたまま男はゆっくりと振り返る。
「副長……どうします?」
「……もういいだろう、そこまでで充分だ……」
「了解……」
男達は一斉に手にした凶器を羽織るコートの内側へと仕舞うと、足を進める女の背後へと駆け寄った。
勝敗は既に決していた。
アヴィは両手から流れる血液を広げ呆然とへたり込み、ウィルは肩先から大量の血でシャツを染めながら激痛に喘いでいた。そんな彼等を見て無機質な表情のまま首を頷けると、女は涙を流しながら絶望に震える黒い髪の少女へ吐き捨てる様に言った。
「奪われたくなくば殺せ、殺さなければ奪われ続ける……」
そう言い残すと、三つの人影は素早く駆け出し木立を縫いながら森の奥へと姿を消していった。
その言葉を聞いた少女は、必死に目を逸らそうとしていた現実を突きつけられ……震えた声を漏らしながら目を見開いた。
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「アヴィッ!!」
その姿を見た瞬間、私は思わず悲鳴の様な声を上げ駆け出していた。
彼女は両手を真っ赤に染めたまま、目を見開き地面にへたり込んでいた。相手の元まで駆け寄った瞬間、鼻を突くその臭いに……思わず足を止める。
……森の臭いに混ざる……血の臭い……。
父さんの時と、同じ……あの時と……同じ……。
違う、あの時とは……違う!!。アヴィは生きてる!!まだ生きてる!!。
それなら、私は……私はまだ失ってない!!。助けるんだ、私が……大好きなこの子を助ける!!。
「アヴィ!しっかりして!」
「……わた、し……わたしは……もう……」
「これから水の精霊の力を借りて貴女に治療魔術を掛ける!最低限の治療ぐらいならこれで何とかなるから!しっかりしてよ!」
「……もう、やだ……もう、やだぁぁぁぁぁぁぁっ!!……」
「アヴィ!?……」
彼女は泣いていた……心の底から、怯えていた。まるで、許しを請うように私の胸へ頭を寄せて、泣き叫んでいた。
「殺したくない!!嫌われたくない!!殺したら嫌われる!!誰からも嫌われる!!……もう、誰も……私なんて見てくれなくなる!!……いやっ、いやっ、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!……」
……バカ……そんな事、ないわよ……。
私は……貴女だけ見てる……。
ねえ、ウンディーネ……アンタにはこの子は渡さない。この子はとっても大切な……大事な人なの……。
貴女には渡せないけど、彼女を助けたい……力を貸して……。
私はどうなってもいい……この子を、皆を助けたい!。
「おいっ!ウィル!ウィル!しっかりしろ!」
気付いてた……ウィルだって同じように傷付いて、倒れてるのに……私は真っ先にこの子に駆け寄り術を使うと言った。
身勝手だと思う?サイテーな女だって思う?……だけど、私はそういう女なの……。いつも自分の事だけで手一杯、情けなくて……弱い女……。
でも、だからこそ……私はアンタを殴り飛ばしてでも、力を借りたい!。お願いだから皆を助けて!。
静かにルーンの宿る手を掲げた瞬間、ゴボゴボと鳴る水を蠢く気泡の音が聞こえた。
誰かが、私の耳元で囁く。
“ ……まったく、しょうがない子だねぇ……使うといいさ、アタイの力を…… ”
呆れた様なそんな言葉と共に、激しい痛みが掲げた腕を襲う。ルーンが光り、青く輝く……。
ウンディーネ、私に……力を貸してくれるんだ……。
私は腕を掲げたまま正面を見据えると、必死の願いを込めて精霊へその癒やしの力を求めるべく単語を述べる。
生命に癒やしを与える水の概念を活かし、傷つく者の苦しみを洗い流す。
「ウェーブレザレクション!」
その瞬間、周囲は精霊の齎す空間に包まれた。
癒やしを与える水の最中、あらゆる災厄を押し流し……全てを無にする水の力が二人を苦しめる災禍を清めていく。
私はウンディーネに認められた……彼女の信頼を得られたのだ。
ルーンの輝きが収まると同時に、膝を突いた私はさっきとは逆に彼女の体へ倒れ込む。
そして、そのまま体を押し倒して地面へ転がった。
「……サシャ……」
隣を見ると、アヴィが涙を浮かべつつどこか安心した様な顔で私へ傷口が塞がった腕を持ち上げているのが見えた。
心の底から安堵しつつ、私は呟いた。
「……放っておけないんだから……ばか……」