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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:十話 人間とエルフ

「さあさあ!噂に聞く怪物を倒した猛者よ!こちらの御令嬢へ自慢の腕を見せエルフ族の誇りを知らしめるチャンスだよ!」


手を叩きながら小太りなおじさんは威勢の良い声を上げる。どうやらあの大きなライガを倒した人物を探している様だった。


どうしよう……正直に出ていくべきなのかもしれないけど、あの力は人前で無闇に見せる訳にはいかない。何より偽装ボディをパージするには生命の危険という条件が必要になってくる。


探している所を申し訳ないが、ここは出ていくべきではない……。


こっそりと人集りから離れようとした瞬間、聞き慣れた声が私を呼び止めた。


「おっ!どうしたんだよアヴィ!買い物か?」


少し離れた位置でウィルが手を振っているのが見えた。


しまった、そう思い振り返った頃には既に遅かった。


「あ、あの二人ですよ!巨大なライガを討ち取ったのは!」


「あいつ等ならきっと素晴らしい活躍をして下さると思います!」


何かを期待する様な目線と声が一斉に向けられ私とウィルは戸惑った様に周りを見回した。状況を飲み込めないウィルが小声で私に聞いた。


「どうなってんだよ?これ……」


「私もよく分からないんですが、メルキオのお嬢様があのライガを倒した人を探してるみたいで……」


「……まさか軍への勧誘か?冗談じゃないぞ……」


実に面倒くさそうな表情を浮かべつつ、とても逃げられる状況でもないので大人しく二人でその場に留まる事にした。怪訝そうに目を向ける私達の前に、そのお手入れに時間が掛かりそうな巻き込んだ髪を揺らしてドレスを着込む高貴な女性は歩み寄る。


「あなた達が例のライガを討ち取ったという方でしょうか?」


「は、はい……俺とこの女の子の二人で仕留めましたが……」


「見つけられて良かったわ……是非あなた達が狩りをする様子をこの目で見てみたいの!」


「軍隊への勧誘ですか?生憎ですがそれならお断りだ、この村一番の狩りの腕前を持つ俺が此処を離れたら困る奴等が大勢居るもんでね……」


やや強い言葉でウィルはそう言い放った。


確かに村で最も腕の立つ猟師である彼が離れる訳にはいかないという点は理解できるものの、その強い言葉には長年共存してきた森を勝手に踏み荒らし工事を進める人間という種族への警戒心と軽蔑が含まれているのを感じた。


歓迎しない雰囲気を隠そうともせず険しい表情を向ける彼へ、その女性は小さく微笑みかけると相手を安心させるように言った。


「それならご安心を、私は御父様と同じく自然を愛し人間による身勝手な行いを戒めるべく此処へと来ました。エルフ族の方々と寄り添い共に自然を守っていければと思っています……」


「……本当なのか?信じられないな……」


「壁を建造しているのはメルキオ帝国騎士団直轄の西部方面開拓団、それを指揮しているのは西部方面司令長官であるクリスティーヌ・バンゼッティ様です。私の御父様と彼女は大変仲が悪く何度も強引な工事を止めるように進言してきましたが、彼女は頑固な建設強硬派でして……」


「へぇー、人間側も一枚岩ではないと?……」


「工事の関係者、商人の馬車等が魔物による襲撃を受ける事件が大幅に増えてきています。これは工事による森の破壊が齎す深刻な影響であると忠告を行ったのですが聞き入れてもらえなかったんです……」


どうやら彼女は普通の人間とは違うらしい。この世界の国家や情勢については理解が及んではいないものの、森を破壊するだけでなくその悪影響を憂慮し考えている人間達もいる。


ウィルを横目で見ると、険しかった表情はすっかり穏やかなものとなり腕を組みながら彼女の言葉に頷いていた。


ある程度の信用を得られた事に安心したのか彼女は静かに手を差し出した。


「私の想い、理解して頂けましたか?」


「ああ、とりあえずは……アンタの様に目先の事ばかりじゃなくその先まで見ている人間が居たとは驚いたよ。他の連中よりは遥かに信じられる……」


「ありがとう……」


握手を交わすと、次に彼女は私へと目を移す。


「貴女は……エルフ族ではなくて人間?」


「は、はいっ!少し前にこの村でお世話になっていまして……」


「それは素晴らしい事です!既にエルフ族に寄り添って生きる人間が居たなんて……御父様の方に是非ご報告したいのでお名前を伺って宜しくて?」


「ア、アヴィと言います!わ、私なんてまだまだで……」


感嘆した様子で私の手を握り込む高貴な御令嬢に緊張と気恥ずかしさで赤面しつつ私は慌てた様にそう言った。


寄り添って生きるなんて、そんな……私なんてまだまだ皆の役に立ててないし、狩りだってウィルには遠く及ばない。


でも、一生寄り添って生きたい人はいる……。


頬を緩めつつボンヤリとしていると、ウィルが私の肩を叩く。


「それじゃあ必要な物を取ってきますから此処で暫くお待ちを……」


「はい!こちらの従者の二人も腕はそこそこ立ちますので我々はお邪魔にならない位置で見守らせて戴きますわ……」


口髭を生やす痩せた男性と小太りなおじさんが同時に深々と頭を下げた。


彼女は改めて自己紹介をする為にスカートの端をつまむと、優雅な仕草でお辞儀をした。 


「メルキオ帝国から来ましたスタンフォード家の長女、マリィ・スタンフォードです……森の自然を共に守っていきましょう、皆さん……」

 

--------


ふふっ……今日は特に気合を入れて煮込む野菜も特に大きいのを選んできたしあの子が好きなハイイロボアの肉だって特に美味しい部位を多めに入れた。きっと、蕩けきった顔でスプーンいっぱいに頬張りながらモゴモゴと私へ感謝の言葉を述べて……。


「ま、まったくもう!……しょうがないわね!……あ、あんな事言われたら私だって……嬉しくなっちゃうわよ……」


グツグツと煮立つ鍋へ少し多めにミルクを入れつつ、私はブツブツと声を漏らしながら顔を赤くした。


下心とかそういうのじゃなくて、あの子は本当に純粋な気持ちで私を好きだと言ってくれる。それも心の準備が出来ていない時にそんな事を言うものだから、とても戸惑ってしまう。


凛々しい顔で真っ直ぐ私を見てくれて、そして私の過去のトラウマを打ち倒してくれた……。


ウィルの提案によって二人で共に暮らせると伝えられた時には驚いた。それと同時に、すごく嬉しくなった。


これから毎日アヴィが傍に居てくれて、ずっと私を支えてくれる。あの頼もしくも放っておけない彼女と共にこれからの人生を……。


再び顔が熱くなるのを感じつつ、私はその幸せな同棲生活に胸を高鳴らせた。


村で婚姻の儀式を上げないと……で、でも女の子同士なんて初めてだしどうすればいいの!?。それから私だって彼女の役に立ちたいしもっと強力な魔術を扱える様になって二人で狩りをして……私の手料理を食べてもらって満足したらその後は……。


……夜のベッドで……。


「……も、もうっ……乱暴にしたら……承知しないんだから……」 


「何がですか?」


「ひああっ!?」


突然耳元で聞こえた声に飛び上がると、慌てて私は後ろを見た。


見るとヨダレを一筋垂らしつつ目を輝かせるアヴィが食欲を唆る香りに目を輝かせ鍋へ熱い視線を向けている。


飛び出しそうになる心臓を鎮めるように胸を押さえつつ、私は少し怒ったように声を掛けた。


「も、戻ったなら戻ったって言いなさいよ!お、驚くじゃない!」


「す、すみません……あまりにも良い匂いだったのでボンヤリとしてしまいました……」


シュンとした様子で謝られると、怒るどころか毎回猛烈に頭を撫で回したい衝動に襲われるので本当に彼女はズルい……。


溜息を吐くと私はまだドキドキとする胸の鼓動を感じながらぶっきらぼうな口調で言った。


「お昼ならまだ暫く掛かるわよ、そこで待ってなさい!」


「あ、あのっ!サシャ!実はさっき素晴らしい話を聞きまして!」


「素晴らしい話?……」


怪訝そうな顔をして振り返ると、何か緊張と興奮の入り交じる表情で状況を説明しようと口を動かす。上手く言葉が纏まらないのかあたふたとする彼女にじれったさを感じつつ私は口を開いた。


「いったい何なのよ?……どうせまだ時間はあるから出掛けるなら構わないわよ?」


「あ、あのっ……ある女性と森に行ってきていいですか!?」



……は?……何よ、それ……。


「あの人はとっても高貴な身分の方で!私達を探してここまで来てくれたんです!なので、何か役に立つなら私も協力してあげたいなって……」


「ふ、ふぅーん……森でお嬢様と……へぇー……」


握っていた味見用の小皿が音を立てて割れた。それを見て慌てて駆け寄ろうとしたアヴィへ怒りで引き攣った笑みを向ける。ビクリと体を震わせ怯えた様子を見せる彼女に私は燃え上がる炎のような感情を宿す低い声で言い放った。


「お好きにどうぞぉ……アンタの盛り付け分、悪いけど肉抜きね……」


「そ、そんなぁ!どうしてなんですか!?……」


「さぁー……どうしてかしらねぇ……うふふっ……」 


私は一切振り返る事なく、低い声で笑い続けた。


-----


「あぅぅぅ……サシャァァ……」


「おいおい、これから人間達にいいトコ見せようってのにどうしたんだよ?」


肩をガックリと落とし瞳の端に涙を浮かべ意気消沈するアヴィへ隣を歩くウィルが不思議そうな顔をして声を掛けた。


剣や弓を手にした二人は先ほど会った人間達を狩り場へ案内するべく森を進んでいた。しかし、何度も情けない声を上げながらサシャの名を呼ぶアヴィを見てウィルは心配になったのだ。狩りに集中出来ない状態ではこの人間達に活躍を見せるどころか怪我をする場合だってある。


しかし、事情を聞いたウィルは苦笑いを浮かべるとそれが些細な事であると分かり安堵する。


どうやらアヴィの説明の仕方が悪かったのと、サシャの気難しい性格が原因だったようだ。


「あははっ!そりゃ災難だったな!アイツはなかなか気難しいから!」


「うぅぅぅ……どこがいけなかったんでしょうか……」


「ちょっとアドバイスだが、アイツはとっても寂しがり屋で嫉妬深いんだ……だから出掛ける際にしっかり事情を説明しないと今回みたいな事になるぞ?」


「嫉妬?私はこの村の為にあの人間の方と一緒に……」


「だからそこをちゃんと説明しないとダメなんだ、お前が誰かに取られるんじゃないかって不安なんだよ!」


「わ、私はサシャが大好きです!一生サシャと寄り添って生きるつもりです!」


思わずムキになったアヴィが大声で反論するとウィルは勿論、後ろを歩いていた従者と令嬢も同じようにポカンとした表情で彼女を見つめた。


そんな彼等を見てアヴィも不思議そうな顔をして首を傾げる。当たり前の事を言ったのになぜそんな顔をするのか、理解出来なかった。


「……コイツのこういう所に俺は負けたんだよなぁ……俺にはちょっと真似出来ない……」


「な、何ですかウィル?負けって?……」


「いいや、何でもないよ……」


大きく溜息を吐くとウィルは再び足を進めた。不思議そうな顔をしたままその背中を見つめていると、覚束ない足取りで草葉を踏み締めつつマリィが声を掛ける。


「エルフ族の女の子ととっても仲が宜しいんですのね?」


「はいっ!サシャは命の恩人であり名付け親でもありご飯も作ってくれる素晴らしい人です!私はサシャが大好きです!……」


「そう……それは実に素晴らしい……」


クスクスと声を漏らすと、マリィは足を止め先を進むウィルへ声を掛ける。


「この辺りで充分ですわ!ありがとう……」


「えっ?ハイイロボアの居る狩り場はもう少し先だが?……」


「いいえ、もう充分奥まで進みましたから……」


マリィは口元を歪めると、静かにドレスの裾を摘んだ。その表情を見たアヴィは本能的に危機を察知すると素早く地面を蹴り後ろへ下がる。


鼻先を鋭い殺意が掠め、アヴィは息を飲み込んだ。


彼女の履くロングブーツの踵からサイズを大幅に小さくした斧の様な肉厚の刃が飛び出し、相手の顔面を縦に引き裂こうと振り下ろされる。


異変を察知したウィルは振り返ると鋭い声で叫んだ。


「な、何のつもりだ!?お前等!?……」


「あなた方には此処で死んで頂きます……全てはクリスティーヌ様のご意思の元に……」


慌てて駆け寄ったウィルは剣を抜くと、無機質な表情へ変化した三人を睨み付けた。先ほどまで穏やかな笑顔で談笑していた相手の変化に戸惑いながらもアヴィも同じように剣を抜いた。


マリィと名乗っていた女は被っていたカツラを脱ぎ捨てると、本来の髪色である薄い青色を揺らめかせ冷たい眼差しを彼等へと注ぐ。


「何者だ!お前達は!……」


鋭い声で叫ぶウィルに答えるように一歩足を踏み出すと、女は冷気を纏わり付かせ人形の様な無表情を向けたまま言った。



「暗殺ギルド『レイヴン』の副隊長をしておりますシェリーと申します。クリスティーヌ・バンゼッティ様との契約に従いお二人は此処で始末させて戴きます……」









  






















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