表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
FINAL ORDER
100/121

殲滅のマタドール:99話 レーヴァテイン

左右に展開された灰色の巨大なコンテナが開き、その人間離れした火力で敵を圧倒する。


火を噴いたのは四角いコンテナの上部に一門ずつ据えられた一メートル弱のサイズながらもかつて空対地攻撃機に採用されたモデルと同等の威力を持つファランクス、六本の砲身を束ねたハイサイクルの連射を可能にする機関砲だった。唸りを上げるモーターの動力が高速で焼夷徹甲弾を叩き込む。


ビーム兵器やレールキャノン、ミサイルが主流となったその時代となる頃には実弾兵器の需要は大きく減少した。しかし、冥王星におけるバイオハザードを期に高速で相手を削り取る実弾を用いた機関砲やファランクスは再度注目を浴びる事になった。戦艦やプラント内部で事故が発生した際に生物兵器を効率よく足止めするには周囲の人間や重要な機材等を傷付けない実弾が最適という結論が下されたのだ。


当時の技術を以てすれば過去に船や航空機に搭載していたサイズの武装を小型化し火力はそのままにサイズのみを小さくする事は容易かった。


かつてタンクキラーと呼ばれる攻撃機に搭載された全長5メートルを超える巨大なガトリング砲すらも各種レーダーや追尾システムを含め半分以下のサイズに収める事を可能とした。


悪魔の唸り声の様な低いモーター音を轟かせ高速で回転する砲身からケースレスの銃弾が白煙と共に吐き出され、猛烈な勢いで再生を終えた亡竜の肉体を削り取っていく。削られた部分から新たな弦が伸び損傷個所を覆おうとするも、豪雨の様に襲い掛かる焼夷徹甲弾の雨が再生を止めていく。


琥珀色の体液を周囲へ撒き散らしながらダンスを踊る様に体を震わせる相手を睨みながら、アヴェンタドールは両手で重々しく構えたその”突撃銃”のトリガーを絞り発射態勢を整えた。


「レーヴァテイン!チャージ開始!」


<イエスサー、対戦闘艦突撃銃”レーヴァテイン”、チャージ開始。ウェポンズフリーまで残り60秒 >


それはまさに狂気の産物だった。アンドロイドに戦艦の主砲クラスの火力を与えるという無茶な考えの下で作られたその武器は人間と変わらないサイズの戦闘マシンに対して全長3・5メートル、総重量1.5トンという明らかに歪なバランスの兵器となった。武骨な角ばった銃身の後部には巨大なエネルギーパックが装着され、四角い放熱スリットの空くノズル部分が振動と共に上下に開きその膨大なエネルギーを放出する準備を整える。


最初の一撃で戦艦を保護するシールドを破壊し、そして次の一撃で艦そのものを沈める。それがこの狂気としか思えない武装の想定する使用法だった。


< レーヴァテイン、チャージ完了まで残り50秒 >


その時、強力な火砲による銃撃で身動きの取れない苗床は新たな一手を仕掛けた。二門の砲が銃弾を雨の様に降らせる中、その間隙を縫って触手の様に蠢く蔦や弦をカーテンの様に広げ攻撃を防ごうと試みた。多面的な攻撃が取れない相手の武装を理解し、修復を行う時間を稼ごうと盾を作り上げたのだ。


だが”Personal・Defense・Unit”、個人防衛装置という対生物兵器を想定して生まれた兵装の群れは無情にも相手の目論見を挫く手段を備えている。


開いた左側のコンテナの下部から円錐型のマズルが伸び、広がる盾を破壊する地獄の業火を放出する。


ゲル状のガソリンであるナパームを使用した火炎放射器は惑星間の戦争が始まった時代では中世に当たる年代の頃には既に存在していた。塹壕やトーチカなど歩兵の突入に危険を伴う閉所を制圧する際に安全に敵を排除する戦闘力として火炎が注目されたのだ。衣類や弾薬に燃え移り延焼する火炎放射器は当時の戦争でも広く使用された。


< レーヴァテイン、チャージ完了まで残り30秒 >


そして、植物という燃えやすい特質を持つ生物兵器の対抗策として実弾と同じく火炎放射器が再度注目を浴びた。かつて枯渇の危機にあった化石燃料ですらも構造や素体が研究され尽くしたその時代では作り出す事は容易かった。もはや、人類に生み出せない物は無くなっていたのだ。


自身の種を増やそうという妄執に囚われた苗床が破損した箇所を修復しようとしたその瞬間、直視すれば網膜が焼ける様なオレンジの炎が食堂を包んだ。


繊維状の弦が瞬く間に延焼し、焼失し、灰となる。


フレイムスロアーは怪物を守る盾をたった1秒にも満たない時間で焼き落とした。


再生の途中でその危機に気付いた苗床は、もはや姿を維持する事すらも忘れ吹き飛ばされた首の切断面を体液で覆うと、周囲で燃え盛る炎を反射させる巨大な槍を作り上げ相手の胴へと全力を突き出した。その一撃を受ければ大量の胞子が相手の体内へと入り込む。同属を増やすという意志の全てをその一撃に繋けた。


その攻撃は、鋭く尖った会心の一撃の両サイドを回転しながら飛翔する40mmグレネードが相手の胴体に着弾し炸薬の爆発と相手の肉体に食い込む金属片によって逸らされる。巨大なコンテナから突き出されたグレネードランチャーがその巨体を防衛すべき個人から引き離す為に強烈な爆風と肉体的な損傷を与えるべく爆ぜた。


機関砲の様なサイクルで射出される破壊の嵐がその巨体を吹き飛ばした。体勢を崩された亡竜の体は手足や尾が爆炎によって消失し、巨大な胴だけがビクビクと琥珀色の体液を吹き出しながら残されるのみとなる。それでも、彼等は刻み込まれた本能を捨てる事が出来なかった。千切れ飛んだ四肢や首の断面から弦を伸ばすと、再び失われた部位を再構築しようとその生命力の全てを注ぎ込み彼等は再生を行う。貪欲な種の永続という欲望のままに、支配への渇望を彼等は止められない。


しかし、その全てを消失させる力を彼女は遂に整えた。



「……こんな思い、サシャには絶対にさせない……」


< レーヴァテイン、発射準備完了まで残り10秒 >



「私はあの人に笑っていてほしい……苦しい過去を忘れてしまうぐらい、笑っていてほしい……」



< レーヴァテイン、発射準備完了まで残り5秒 >



「……だから、お前は今すぐに……この場所で……」



< レーヴァテイン、発射準備完了。ウェポンズフリー >



「 −−−枯ァれ果てろォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!! 」


上下に別れた砲塔の間から青いスパークが走り、対象を分解する粒子エネルギーの太いラインが射出される。戦艦の主砲に匹敵するその莫大な分解粒子の放出は朽ち果てた屋敷の広大な食堂の壁や窓、扉を吹き飛ばした。そして、背後に聳える赤く光るビーム兵器防御用のシールドとの間に板挟みとなったユグドラシルの苗床は強烈なエネルギー同士の衝突により消滅する。莫大な力と力の対消滅によりその身を粒子レベルにまで刻まれ、消失する。


シールドへと突き刺さった粒子エネルギーの光が失明する程の光を発しながら衝突し、爆ぜた。


轟音が響き広い二階建ての食堂を丸ごと損失させるその衝突が収まった時……瓦礫の山と白煙の中に佇んでいたアヴェンタドールは荒く息を上げながら膝を突いた。その瞬間、巨大な突撃銃を持っていた片腕が火花を上げる。


レーヴァテインはその膨大な火力を戦艦よりも遥かにコストの低いアンドロイドでも扱える点で注目されていたものの、重大な欠陥があった。


至って単純であり、そして致命的なその欠点は小型化による膨大な反動に射手が耐えられない点だった。テスト段階では通常のアンドロイドでは反動で体がバラバラに吹き飛んだのだ。その凄まじい反動は通常のアンドロイドよりも遥かに優れたスペックを持つアヴェンタドールであっても容赦なく牙を剥く。


「ぐ、うぅぅぅぅぅっ……私でも、これは……!」


顔を歪めた少女が火花を上げる腕を押さえようとした瞬間、その片腕が小さな爆発と共に千切れた。ジェル状の人工筋肉とそれらに巻き付くワイヤー、軽量強化カーボンによって構成された骨が剥き出しになり信号として送られる痛みにアンドロイドは悲鳴を上げる。


「あぐぅぅぅぅっ!くっ、うっ……はぁっ……はぁっ……」


荒く息を漏らすと、彼女はゆっくりと地面へ倒れ込みながら目を閉じる。そして、静かに口を開いた。



「……診断、プログラム……起動……自己修復、開始……」


< 過剰負荷による各部損傷を確認、完全修復には10分ほどの時間を必要とします >


「……構わない……お願い……」


< イエス、サー >


修復ナノマシンの光が静かに倒れ込む彼女を包み込む。


ゲームチェンジャーとの対峙を前に時間があまり無いのは分かっている。しかし、あの怪物に食われ体の内部を凌辱される様に新たな命の苗床にされ……そして眼球が弾け飛ぶ思い出すだけでも悍ましい経験をしたうえ、明らかに想定されていない大砲を発射した彼女は心身共に疲弊しきっていた。せめてナノマシンの修復が終わるその間だけでも休むべきだ。


彼女はそう判断すると意識を手放した。


−−−−−−−


「な、何があった……?」


突如窓の外を昼間の様に照らす閃光の後、凄まじい揺れが屋敷を襲った。


きっと、アヴィだ……彼女は特別な力がある。イングリットが仕掛けた魔術を無効化した際、不思議な金色の光を出していた。


そして、本人は妙な事を言っていた。


自分は人間ではなく、作られた兵器であると……。


兵器……彼女が?とても、そんな風には見えない……でも、あの魔術を打ち消した光やさっきの音はいったい……?。


混乱する頭で考えていると、イングリットが私の肩を揺する。


「……大丈夫か?……」


「……さっきまで取り乱してたアンタに言われたくないわよ!」


「そ、それは……仕方ないだろ……」


……いけない、彼女を責める気なんてなかった。元気を出して欲しくて、冗談で言ったその言葉を大真面目に受け取ったイングリットは顔を俯かせた。


仕方ない、こうなれば無理矢理にでも元気を出してもらおう。


私は俯く彼女の長い耳を片手で掴むと背中を向けたまま歩き出した。


「い、いたたっ!な、何をする!離せナスターシャ!……」


「嫌よ、アンタが元に戻るまでこうする!」


「そ、そんな事をしたら耳が片方だけ伸びてしまう!」


「そうなったらもう片方も引っ張ればいいでしょ?ほらっ、さっさと行くわよ!」


喚く彼女を無視して私は板の打ち付けられていない扉を見つけて立ち止まる。まるでこちらを誘導する様に多数ある部屋の戸は板で塞がれていた。それらを破壊するのには手間も掛かるしあの悪趣味な女がイングリットが大切にしてきたアンジェラを安々と殺すとは思えない。


何か、生かしたまま罠を張っている。


そう直感すると私は静かにドアノブを握り込んだ。隣を見ると彼女は相変わらず沈んだ表情で顔を俯かせていた。


大きく溜息を吐くと、私は言った。


「そんな調子じゃダメよ!私まで困っちゃうんだから……」


「……お前は一人でも大丈夫だろう。私なんて居なくても……」


「はぁー……そんな事ないわよ、私は−−−」



アンタが好きだから、悲しむ顔を見たくない。


そんな本音が口から出かけて私は思わず唇を閉じた。


彼女は想い人を失ったばかりだ……そんなタイミングで好きなんて言ったらまるでお互いを愛し合っていた二人が引き裂かれるタイミングを待っていた様で……。


そんな単純な事にすら気付けない自分が、吐き気がするぐらい嫌になった。


不思議そうな顔を向けるイングリットを見ると、慌てて私は言った。


「アンタがドジした時に私が庇わないといけなくなっちゃうじゃない!だからしっかりしなさい!」


「……そ、そこまで言うなら……気を持ち直す必要があるな……」


挑発するような私の言葉に僅かながら怒りの感情を覗かせると、イングリットは静かにナイフを引き抜いた。


そして、無言で顔を頷ける。


ドアノブを回すと私は声を上げた。


「さあ、行くわよ!イングリット!」


「ああ、アンジェラを救おう!……」


……ああ、気付かれなくて……本当に良かった。


彼の死体を確認したその時に、私は心の片隅でほんの少しでも確かに思ってしまったのだから……。



まだ、私にもチャンスはあるって……。



−−−−−−−


部屋へ踏み込んだ彼女達は視界に飛び込んできた光景を見て息を飲んだ。


その奇妙な空間は中央に唯一ある椅子を除き家具や本棚等が一切存在せず、壁紙もカーペットも無い灰色の下地が剥き出しになった部屋だった。奥行きもそこまで広くはなく、中央の両サイドに下げられたランタンの明かりが同じように下地のままの壁と床を突き当りまで照らし出している。窓一つないその場所は、まるで牢屋の様に思えた。


そして、そこに彼女は居た。


「アンジェラ!!……」


「アンジェラ!大丈夫か!?……」


椅子に座らされた彼女は手と足を縛られ、猿轡を付けられた状態でグッタリとしていた。最悪な予感が脳裏を過り、二人は息を荒らげ駆け寄った。猿轡を外すとナスターシャは首筋に手を添え脈の動きを感じ取ると安堵したように息を漏らした。


「……良かった、まだ生きてる……」


「……アンジェラァッ……」


その言葉を聞いたイングリットは思わず瞳に涙を滲ませるとその頭を優しく撫でた。


そして、彼女の腹部が赤い液体がこびり付いているのに気付き目を見開いた。その凄まじい量の大量出血は、恐らく彼女があのベッドの上で流した物だろうと気付く。


怒りで肩を震わせると、イングリットは彼女の足を縛るロープをナイフで切断した。


両手を縛るロープを解いたナスターシャが彼女を抱きかかえようと背中に手を回した時、そこで何かに気付いたのか動きを止めた。



「……ま、待って……?」


「ど、どうしたんだ!?早くしないとアンジェラが!……」


「……この子、こんなに血を流してるのに脈も呼吸も早さが変わってない……こんな傷を負って放置されれば死んでてもおかしくないのに……」


「そんな事はどうだっていい!今はとにかく彼女を−−−」


疑問を口にしたナスターシャへイングリットが苛立たしげにそう言った瞬間、その快楽すら感じさせる笑い声は響いた。


『アハハハっ!!感動の対面中に申し訳ないわねぇ!……どう?アンジェラの様子は……』


「ルーシア!!……お前、彼女に何をした!?」


『うふふっ……腹を掻っ捌いてある物を埋め込んだのよ!!内緒のプレゼントをねぇ!!』


「ふざけるな!……こんな小さな子に、何て事を……!」


『別にいいじゃない……そのガキは計画の為に私が産んだんだから、生かそうが殺そうが私の自由でしょ?』


「……は?……」


何処からか聞こえるその声を聞いたイングリットは、思わず間の抜けた声を出しながら呆然とした。


あの女ははっきりと告げたのだ。アンジェラが実子であると……。


その言葉の意味を理解したダークエルフの少女はナイフを握る手が震えるのを感じながら、喉を鳴らして言った。



「……お前……ずっと傍に居ながら、この子を騙してたのか?……。母親に会いたがって、死んだと聞かされて危険な目に遭ってでも墓参りに行こうとしたこの子を……?」


『ええっ!私はある方法で顔の形も肌の色も髪も自由に変えられるの……だから物心付く頃に適当に言い訳すれば捨て子だっていう嘘をまったく疑わずに信じたわ!バカなおかげで大助かりだった!』


「……おま、え……!」


『本当はあの人身売買組織の連中に捕まってる所をアンタに接触して助けて貰うっていう筋書きだったんだけど、運良くアンタ達に見つけられて手間が省けたわね……とってもラッキーだったわ♪』


その言葉を聞いた瞬間、イングリットの中で何かが切れた。握り込んだ拳を軋ませると、食い縛った歯を開き喉が裂けんばかりの勢いで怒りの絶叫を上げる。



「ルゥゥゥゥシィアァァァァァァァァァァァッ!!今すぐ出て来い!!貴様をバラバラにしてやるぅぅぅぅっ!!」


『アハハハッ!焦らないで、せっかちさんね……その前に最大級の憎悪を向ける貴女に素敵なプレゼントを用意したんだから、受け取って?』


「黙れ!!黙れ!!黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!!殺してやる!!殺してやる!!」


駆け出そうとしたイングリットの肩を引き留めようと、ナスターシャが彼女の名を呼びながら顔を上げた瞬間……その小さな声は聞こえた。



「……おかあ……さん……」


「ア、アンジェラ!……」


ナスターシャは薄く目を開いた少女を見ると、彼女を抱きかかえながら顔を覗き込んだ。それに気付いたイングリットは怒りを沈めると慌てて振り向いて声を掛ける。


「ア、アンジェラ!大丈夫か!?痛くないか!?……」


「……おなか、へった……」


「そ、そうか!とにかくナスターシャがすぐに安全な場所に連れ出してやるから……それまでは我慢しててくれ……」


少女の頭を撫でながらぎこちなく笑みを浮かべるイングリットの言葉を聞き、ナスターシャは焦った様子で口を開く。


「ちょ、ちょっとイングリット!アンタ勝手に何言ってんのよ!?……」


「頼む!お前はアンジェラを安全な場所へ……」


「アイツに一人で挑む気なの!?無茶よ!……」


「すぐにアヴィも来るはずだ……問題ない 」


「大ありよ!もしアヴィが来なかったらどうするのよ!?」


「今はとにかく時間が無い!すぐにアンジェラを連れて行ってやってくれ!」


口論を続ける二人を嘲笑う様な声が再び響いた。


『あらあら、そんな事やってる暇あるのかしらぁ?私のプレゼントがそろそろ芽を出して花開く頃よ……』


「き、貴様!何を言ってる!?……」


『それじゃあ受け取って?私のプレゼント……毒々しい花を芽吹かせるユグドラシルの花束をォォッ!!』


その狂気に満ちた笑い声が途絶えた瞬間、すぐ傍から悲鳴が響き渡った。


「あ、ぐぅぅぅぅぅっ!!ア、アンジェラ!?……」


慌ててイングリットが顔を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


荒く息を漏らすアンジェラが、ナスターシャの二の腕に歯を食い込ませ噛み付いていた。溢れ出る血液が決してふざけている訳ではない事を示している。


ミシミシと音を立てながら腕に食らい付く少女を呆然と見つめた後、我に返ったイングリットは慌てて彼女を無理矢理引き剥がす。


床を転がったアンジェラは激しく体を痙攣させながらケダモノの様な絶叫を上げた。


背筋が凍り付くのを感じながらその様を眺めていると、すぐ傍から聞こえた苦悶に満ちた声がイングリットの意識を再び引き戻す。



「ぐっ、あ、あぁぁぁぁっ!!腕、腕が……変……!。何かが、入って……!」


「ナ、ナスターシャ!?大丈夫か!?おいっ!……」


「あ、うぅぅぅっ!私の、腕、どう……なって……!?」


その言葉を聞いたイングリットは血の滴る彼女のシャツの袖を捲くり上げ……そして、体を硬直させた。



「……何だ……これは……」


噛み跡の付いた彼女の腕の皮膚の下に、何かが蠢いていた。まるでミミズの様に這い回るソレはゆっくりと指先の方向へと伸び、そして表皮を突き破り鮮血と共に姿を覗かせた。


「あぎぃっ!!ぎっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


激痛と共に手の甲から何かが突き出た瞬間、ナスターシャは体を仰け反らせながら悲鳴を上げる。イングリットの前に姿を見せたのは緑色の表面に鮮血を滴らせる数本の蔦だった。



「な、何なんだ……何なんだこれは!?……」


混乱した様子で瞳を震わせるイングリットへ答える様に、その女は狂気を爆発させて叫んだ。



『アーヒャヒャヒャヒャヒャアアアア!!イングリットォ!?アンジェラとその子、もう手遅れよぉ!?そいつらはねぇ、ユグドラシルという植物に寄生されちゃったのぉ!体の内側から蔦と弦に侵食され、芽を付け、いつかは美しい花を咲かせる!!アンタの大事な人はこれから綺麗なお花になるのよぉぉぉぉぉっ!!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャアアアアアアアアアアア!!!』












 
























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ