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殲滅のマタドール   作者: ユリグルイ
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殲滅のマタドール:九話 影が往く

意識を閉じた私は真っ暗なその空間で心地良い感覚に襲われる。


まるで流れ一つない穏やかな湖に飛び込んだ時の様に、フワフワとした浮遊感と耳をくすぐる気泡の音が静かに響く。


ベッドの上でリラックスし、瞑想状態に入った私は“彼女”の姿を探す。私の手に刻まれたルーンの契約者、水の精霊ウンディーネとの対話を試みる。


魔導師のランクは契約した精霊との信頼で決まる。人柄とひたむきな態度によって信頼を勝ち抜いた者も居れば強引に彼等を従わせる術を使った者までその方法は様々だ。


とりあえず私は対話によって彼女との信頼を掴もうと思う。精神世界の中、暗かった視界が明るくなり青一色の美しい世界が広がった。


この場所こそ、ウンディーネの住まう世界。私達では行く事の出来ない精霊の住まう場所……。ルーンを刻んだ時点で生まれた彼女との繋がりが、私の精神をその場所まで引っ張り上げた。


やがて水を掻き分けるゴボゴボという音が聞こえ、青い世界の向こうから何かが高速でこちらへ近付いてくるのが分かる。


私が小さく泡と共に声を漏らした瞬間、その大きな人影は悠々と私の目の前に姿を現した。


美しい藍色の長い髪と豊満で魅力的な体付き、そして……彼女の腰から下はまるで巨大な魚の様な姿形をしていた。煌めく青色の鱗に覆われた下腹部の先端には足ではなく大きなヒレが付いていて、それを動かし私の周りをからかうように泳ぎ回る。


ボンヤリとした瞳でその美しい水の精霊の舞を眺めていると、妖しげな笑みを浮かべ彼女は急に吐息すら掛かるほどの距離で私の顔を眺めだした。


「あ、あ、あの……」


「ふぅん、こんな時間にどんな物好きが来るかと思えば……エルフ族のお嬢ちゃんかい……」


「そ、その……サシャと言います!私、もっと貴女と信頼を築いて強い魔術を---」


「あー、悪いけどお断りだねぇ……」


私が言葉を言い終えるより先に彼女はキッパリと言い放つ。暫く相手の言葉が理解できず呆然としていると、彼女はそっと私の髪に触れながら言った。


「アタイは金色の髪はちょっとねぇ……抱く時にいちいち眩しくて気が散るし何かエルフ族って元々顔がいいヤツばっかだからそそらなくてねぇ……」


「……は?……」


「それよりもっと素朴な味わいのある娘が好みよ!髪色は黒髪、ボディラインはそこそこ、凛々しさ漂う雅な女!ああっ、そんな奴ならサイコーなんだけど!……」


……え、えっと……何話してんのよ……。


黒髪で……ボ、ボディライン?体型に何の関係が?……凛々しさ漂う……。


あ……よく分からないけど間近に居るわね、そんなヤツ……。


「アヴィ……」


「アンタ知ってるのかい!?アタイの理想に叶いそうな子を!?」


「へ、へっ!?え、えっと……さっき言った特徴に合致する子なら……」


「しょ、紹介して!何ならアンタのルーンを通して連れてくる事も出来るし!」


「ちょ、ちょっと待って!お願いしてるのは私なのに何で貴女にアヴィを……」


そこでクスクスと水の精霊は笑うと、再び私に顔を近付けて小さな声で何かを囁いた。


それは、信じられない言葉だった。


「な、なっ!?……な、なんで貴女とアヴィがそんな事を!?……」


「いや、だってそういう時だって色々と出るでしょお?……水分……」


「み、水の精霊だからってそんな……う、うぅぅっ……」


「それでどうするの?アンタがその子を紹介してくれるならいくらでも力を貸してやってもいいけどォ?好みの子を捧げてくれるっていうんだからアタイも張り切って力を貸したげるよ!」


そ、そんなの……そんなの……。



------


「出来るわけないでしょおおおおおおおおおっ!!」


ベッドから跳ね起きたサシャは怒りと動揺で赤くなった顔のまま肩で息をすると、先ほど言われた滅茶苦茶な提案を思い返しながらワナワナと体を震わせた。


そして、再び怒りのまま叫んだ。


「だ、だいたい何でルーンを使って会いに行った私よりアヴィに会いたがるのよ!?あのエロ精霊っ!!……あ、あんな奴には絶対アヴィは渡さないんだから!……」


「わ、私がどうかしましたか!?サシャ!」


「ひぅっ!?」


突如真横から聞こえた声に驚くと、思わずベッドの上で飛び退いたサシャへ満面の笑みを向けながらアヴィが首を傾げていた。その頭部にピコピコと揺れる縦耳と背後でブンブンと嬉しそうに振るう尻尾が見える気がしつつサシャは呆れた様に溜息を吐いて言った。


「……はぁー、とりあえずウンディーネとの信頼関係構築はなかなか難しそうね……。思った以上に変わってるというか……なんというか……」


そこでチラリと再びアヴィに視線を移す。訳は分からないものの、とりあえず最大限の好感を向ける相手に見られて嬉しいという風に緩み切った頬で彼女はサシャを見返した。後ろに見える気がする尻尾の動きが一段と素早くなるのをサシャは感じた。


そんな彼女を見ながら頬を膨らませると、サシャは不機嫌そうに声を漏らす。


「悪かったわね!……チカチカする髪で……」


「へっ?何ですか?」


「何でもないっ!それよりお昼を作るから貴女も……ひぁっ!?」


貴女も手伝って、そう言おうとしたサシャは突如敏感な耳をそっと撫でられビクリと体を震わせた。


見ると心から幸せそうな笑顔を浮かべアヴィが耳を撫でているのが見えた。


「ああ〜……サシャの耳は本当に触ってて心地良いんですぅ……」


「んんっ!……ちょ、ちょっと!……やめ……あぅぅっ!……」


「私は心の底から幸せを噛み締めてます……スベスベでいつまでも触れてしまいますぅ……」


「や、やめてっ!ちょっと!」


強烈な羞恥心と心地良い感触に思わず大声を上げると、アヴィは慌てて手を引っ込め身を縮めた。


今度はペタリと下がった縦耳と股の間に仕舞われ震える尻尾がサシャには見えた気がした。


「ご、ごめんなさい……調子に乗ってしまって……」


「そ、その……触る時は事前に言って……こんな顔、見られたくないから……」


顔を真っ赤にしつつそう言うと、小さく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そんな彼女を見て静かに微笑むと、アヴィは静かに肩から伸びるサラサラの美しいブロンドの髪を撫で付け指へと絡めた。戸惑った声を上げつつもサシャはバクバクと心臓の鼓動が高まるのを感じながら聞いた。


「な、な、何よ……?」


「私、耳だけじゃなくてサシャの髪だって好きです……いつもしっかりお手入れされて、指通しが良くて……」


「……あ……ぅ……あ、ありがと……」


「……どういたしまして……ふふっ……」


それはアヴィが最も望んでいた言葉であり、誰からも感謝される事のなかった少女が心から言いたい言葉だった。胸を満たす幸せを噛み締めつつ、もっとそんな言葉を交わしたいのでアヴィは更に彼女を褒めた。


「サシャはお料理が上手です!いつもお腹いっぱい食べさせてくれます!」


「あ、ありがと……まぁアンタが狩りに出るようになってくれれば食費も浮くようになるから気にしないで?」


「それからサシャは家事もとってもマメで何も知らない私のお世話をいつもしてくれます!」


「ありがと……でも、一人暮らしだったからこれぐらい出来て当たり前よ?褒められる事でもないわ……」


「で、でも!自分の事だけじゃなくて私にまで気を遣ってくれるのは凄い事です!……サシャは凄いんです!」


「あ、ありがと……うぅぅっ……何だか恥ずかしくなってきた……」


再び顔を赤くし俯く照れ屋な少女の顔を見て小さく笑い声を漏らすと、アヴィは溢れ出る暖かな気持ちのままに彼女の耳に再びそっと触れた。


肩をビクリと震わせ顔を上げたサシャへ、目を細めながらアヴィは言った。



「……こういう時の、貴女の無防備な顔……私は大好きです……」


「……へっ?……ひ、ひう……あ、う……な、なななな、なに……言って……」


「……大好きです、サシャ……」


顔から大量の湯気を発し首元の下まで火で炙った鉄の様に赤くすると、突如手元にあった枕をボフボフとアヴィへぶつけてサシャは涙目で叫んだ。



「こ、このヘンタイっ!!私が食事の準備は一人でやっとくからそこら辺の散歩でもしてなさい!!アンタの好きなの作ったげるから!!」


「な、何でですかぁ!?それなら私もお手伝いを!」


「うるさいっ!!出てけぇぇぇぇっ!!」


慌てて寝室から飛び出していくその背中に枕を投げると、顔を真っ赤にしたままベッドに身を投げ出し鼻を鳴らした。


そして、緩み切った頬を隠すようにシーツから目元を覗かせドキドキと高鳴る鼓動の音を聞きながら言った。



「……ばか……」



--------


「あうぅぅ……サシャァァ……」


フラフラと村の中を私は彷徨う。


何で……好きって伝えただけなのに……。


サシャは何か急に怒り出して私を枕で叩き出した。そして出てけって……あれ?でも、私の好きな料理を作ってくれるって言ってくれてた様な……。


小首を傾げつつ足を進めていると、村の近くに奇妙な人集りが見えた。思わず足を止めそちらを見ると、騒がしい声に混じってその声は聞こえた。


「さあさあ!腕に自信のある者は名乗りをどうぞ!こちらに居られるのはかのメルキオ名家の御令嬢、マリィ・スタンフォード様さ!彼女が大きなライガを仕留めた優秀なエルフ族を狩りのガイドにご所望だ!報酬も弾むよ!」


そんな声に思わず自分の顔を指差しながら小首を傾げると、私はその人集りへゆっくりと近付いていった。


メルキオという事はこの川を挟んだ向こう側からわざわざこっちに来たんだ……。


背伸びしながら顔を覗かせた私は思わず息を飲んだ。


其処には、周りで威勢の良い声を上げる従者二人に挟まれ静かに佇む美しい女性が居た。巻き上げた髪を両方から下げた高貴な雰囲気の女性は不敵な笑みを浮かべ左右に目を向けていた。



 












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