発明は自由への道
それからの俺は売れっ子芸人に匹敵する忙しさであちこち駆け巡った。
朝学校へ行き、授業が終わるとダッシュで図書館へ。
図書館で電子、電気、半導体、エネルギー関連の本を読みまくった。
夜は電気毛布をバラバラに分解して仕組みを調べ、それを図面におこして……気づけば明け方。2時間ほど仮眠をとって学校へ。
そんな毎日だった。
授業はもちろん睡眠学習オンリーで「増田、いい加減にしろ!」先生に何度も注意された。
図書館へ行けば館員のお姉さんに「そんな難しい本読んで分るの?」と聞かれ、「いや、ぜんぜん分らないです」と答えて苦笑された。
努力は報われる。
初めは何が何だかさっぱりで宇宙語でも読んでいる気分だったが、辞書を片手に読み進めて行くとそのうち少しずつ理解できるようになる。理解できると楽しくなって、さらに熱中する。
ただ、専門用語を解読するのは至難の業だった。
インターネットが普及していないレトロな時代だったので、情報収集は本と辞書のみ。特に専門用語は辞書を引いても書いていないことが多く、俺のCPUは常に熱暴走していた。
この時ほどアンキパンが欲しいと思ったことはない。
休日は電気街へ行き、ガード下の怪しい店をくまなく回った。
鼻クソみたいな小さな部品を一つ一つ確認し、調べたメモを頼りに「これは違う」「これはイケるか」などと独り言を言いながら歩き回った。
とある店で「基板オタク界のレジェンド」と呼ばれるおじさんに出会った。
このおじさんは、とにかくマニアックで、基板作りなら何でもござれの強者だった。大手企業からも仕事の依頼が来る凄腕らしい。
「おい、どうした? なにか探し物か?」
メモを片手に店内をウロウロしていた俺に声をかけてくれた。
これこれこうで……概要を説明すると、
「面白そうじゃないか」
そう言って手伝ってくれるようになった。
レジェンドと仲良くなったことが完成速度を上げたのだと思う。
ド素人の俺に、図面の読み方からハンダゴテの使い方まで、手取り足取り親切丁寧に教えてくれた。
休日ごとに店へ出入りし、部品を買い、作っては壊し壊しては作るを何度も重ねた。
レジェンドに見せに行くと、
「ここが違うな。これだと熱伝導率が下がっちゃうよ。はいやり直し!」
叱咤激励された。
そうして悪戦苦闘すること1年。
指の水ぶくれが3倍の大きさに膨れ上がって、割れてグジュグジュになって、治りかけた頃。
それは完成した。
名付けて「電たんぽ」
少し小ぶりな楕円形状のプラスチックから電源コードが伸びており、コードの中央部分に温度調整がついている。
乱暴に言うと、湯たんぽに電気毛布をぶち込んだ代物。
我ながらネーミングセンスは抜群にヘタクソだ。でもそんなのはどうでもいい。
これが完成したことによって、俺はすべての悩みから解放される。
そう、これは自由への第一歩なのだ!
いま気付いたのだが、そのまま電気毛布で良かったんじゃないか?
コンコン。
「おい寛子、いるか?」
「なに?」
「ちょっと入っていいか?」
「どうぞ」
寝そべって漫画を読んでいた彼女が一瞬ビクッとし、少し焦りぎみの表情で俺を見ていた。
そりゃそうである。ニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべてドアの前に立っている兄。しかも手には得体のしれないブツを抱えているのだ。妹じゃなかったら通報案件である。
「な、なに、どうしたの?」
「まあまあ」
はやる気持ちを抑え、冷静沈着なフリをして妹の前へ座った。
「これ、使ってみて」
「なにこれ? ち、ちょっとなんだか怖い」
「怖い? 別に怖くはないだろ?」
「っていうか、形が不気味なんだけど……」
寝ているとき足元を邪魔しないようにと通常の湯たんぽより小さめの形にした。小さくすることによって、本体とコードをつなぐ接点が窮屈になり内部に機材が収まらなかった。そこで苦肉の策として先っちょに突起物をつけた。
そのせいで見た目が何というか、俺の分身のような……。
「な、なんか変なことするつもりでしょ!」
「バカ、そんなことするかよ」
「ホントに?」
「なんでお前に変なことするんだよ! こっちが気色悪いわ!」
「……」
「とにかく、今から使い方を教えるからよく聞けよ」
電源コードをコンセントに挿し、コントロールスイッチをONにした。
1分少々。本体がじんわりと優しく熱を帯びてきた。
「あったか~い」
俺と妹は同時に声を上げた。
「ねえ、これどうしたの?」
妹の質問に俺は自慢げにゴホンと咳払いをし、
いつも寒がって俺の布団に入り込んでくること。常に手袋と靴下を履いて温めていること。湯たんぽは冷たく、アンカはオイルの匂いが嫌いで使わないこと。プールに行くと必ず唇が紫になること。真夏に扇風機にあたって風邪をひくこと。その風邪を家族うつして自分だけ元気になること。etc……。
様々な理由を説明し、最後に「これでもう寒くないだろ?」そう言ってニッコリ笑った。
「お、お兄ぃ~~ぃ」
目をウルウルさせながら抱きついてきた。
ことあるごとに手を繋ぎ、一緒に風呂にも入った。シャンプーのいい匂いも嗅いだ。パジャマ姿も何度も見た。彼女が傍にいるのは当たり前で、抱きつかれるのには慣れている。
が、もうこれ以上近づくのは止めてくれ。俺の何かが目覚めそうなんだよ!