野口健太って誰よ?
クリスマスまであと1週間。行き交う人はみな浮かれて、パーティーの準備に余念がなかった。
街が楽しそうに活気づいている中、俺は死神に笑顔で「いってらっしゃいませ」と見送られながら待ち合わせの場所へ向かった。
店に着くと、すでに2人は席を隣同士にして座っていた。
「ごめん、遅くなって……」
「ホント。遅いよ! 隆志さん!」
……な、何でお前がここに居るんだ。
向かい合わせの席で笑顔を浮かべていたのは凛だった。
「おい、寛子! なんでこいつがここにいるんだ!」
「ごめん。私が呼んだの」
「なぬぃ!?」
凛は俺の顔を見ながらVサインをした。
「お前は関係ないだろ。とっとと帰りやがれ!」
「寛子さんに呼ばれたのよ。隆志さんが帰れはおかしくない?」
「こいつが何を言ったか知らないが、お前は部外者だろ。おこちゃまは引っ込んでろ!」
イラつきながら叱りつけたが、凛は飄々として相手の男に話しかけた。
「野口さんて、おいくつになられるんですか?」
「僕は今年で29になります」
「へぇ~。じゃ寛子さんは年上なんですね。羨ましいなぁ~」
それに対し妹は、
「凛ちゃん、羨ましいの?」
「なんか憧れるじゃないですか。年下の男性って母性本能をくすぐるというか」
母性も胸もない女が言うな!
「凛ちゃんって、面倒見いいものね。いつも兄のお世話係大変でしょ?」
「アハハハ、結構苦労してます」
それに対し野口健太……いや、こんなヤツは間男で十分だ!
「寛子から色々聞きましたけど、凛さんって僕から見ても魅力的だと思いますよ」
「野口さん、あまりからかわないでください。ウフッ」
いま寛子と呼び捨てにしたか? すでにそういう関係なのか?
「野口さんは、寛子さんとはいつお知り合いになったんですか?」
「僕が彼女の病院へ勤務するようになって、それから……」
「わかります。寛子さんて魅力的ですものね。私が男だったら惚れちゃいますね」
月夜の晩ばかりだといいがな!
それに対し妹は、
「私も凛ちゃんが男だったら惚れちゃうかなw」
「おい寛子、俺を目の前にしてそれはないんじゃないか?」
「それもそうね」
「アハハハハ」
3人の笑い声が響いた。
なんだ、この虫唾が走るような会話は。外か! 俺は蚊帳の外か!
その後も3人で他愛もない会話が進んで行ったが、しびれを切らせた凛が俺に「何か言いなさいよ」的な肘うちを入れてきた。
俺は戸惑いながら、
「ご、ご職業は?」
それを聞いて唖然とする3人。
「あっ、いや。ご、ご趣味は?」
凛は俺の耳たぶを引っ張り「もっとまともなこと聞きなさいよ!」と小声で耳打ちした。
「まともな事ってなんだよ」
「例えば、学生時代スポーツは何やられてたんですか? とか」
船場吉兆スタイルで俺の耳元でささやく凛。
別にこいつのスポーツなんぞ聞きたくないし、知りたくもないわ!
何をどう切り出せばいいのか、今の俺は思考回路が停止している。
とりあえず当たり障りのない質問を適当に……。
「の、野口君のご実家って何をなさってるんですか?」
その言葉に妹も間男も少し神妙な顔になった。
隣で凛が「バカ!」という顔をしていた。
俺、いけないこと聞いた?
実は、彼の両親は二人とも亡くなっていたらしい。父親は彼が中学に上がる頃、交通事故で他界した。
その後、女で一つで彼を育ててくれた。
母に苦労をかけまいと必死で勉強し、バイトにも励んだ。
その甲斐あって医学部へ進学することができたのだが、彼が大学に在籍中、母親が病気になった。
病名はガンだった。
彼は「母の病気は僕が直す」さらに必死になって勉強し、同時に母の介護をしながら医学を学んだ。そして卒業も間近に迫った頃、母親が他界した。
それでも彼は腐ることなく「1人でも多くの患者さんの手助けがしたい」と心に決めた。
妹は間男の話を聞き、涙をこらえていた。凛はすでに涙腺が崩壊していた。
ふ、ふざけんな。なんだそのお涙頂戴物語は!
俺の人生語ったらダムが決壊……グズッ。
妹、凛、間男の3人はその後もキャッキャと楽しそうに話をし、パーティーも終焉を迎える頃。
「お兄さん。寛子さんと結婚させてください」
間男が俺の目を見て真剣な表情で告白した。
キタァーーーーーー結婚報告キタァー------。
俺の中の何人かが爆死し、死神に「お帰りなさいませ」と言われた。
間男はさらに続けて、
「寛子さんを必ず幸せにします」
そう誓った。
別に結婚するしないは自由だし、わざわざ俺に言うことでもない。本人達の好きでいいと思う。
彼の家庭事情も理解できた。誠実なのも納得した。妹を本気で愛してるのも分かった。反対する理由など一つもない。
ただ俺が言いたいのは、人生の半分を地獄の底で暮らし、ようやく明るい光が差し込んだ妹。その傍らには母や祖父がいたことを忘れないで欲しい。
彼らの手助けがあったから、今こうして幸せを手にすることができたのだ。
たった一人で路頭に迷い、死の淵まで追い詰められたあの時、何を考え何を思ったのか。これから先、2人で生きていくには何が大切で何をすべきなのか。
それをジックリ見極めて進んでいって欲しい。
「寛子。良かったな!」
俺はニッコリ笑った。
その言葉に3人は鼻水を垂らしながら号泣した。
……てか、凛。お前は関係ないだろう。




