二人の夏休み
「おい凛、バイトしない?」
「バイト? 何の?」
「別荘の補修と点検」
「いくらで?」
「時給500円とメシ付き」
「さよなら!」
別荘地帯は7月中頃から8月後半にかけてがピークで、近隣ホテルや貸別荘は家族連れやカップルで賑わう。近くにある何とか銀座商店街は、佃煮にしたいくらい人の波で溢れ、お店も大繁盛だ。
特にお盆時期は「どこから湧き出てくるんだ?」と言わんばかりの数である。
8月の最終周から徐々に減っていき、その後は人もまばらになっていく。9月になるとヒマな老人か、もしくはへその曲がった連中がちらほら来て、そこから11月くらいの紅葉まで閑散期となる。
この閑散期に不具合箇所を調べるメンテの仕事を知り合いから頼まれている。
この仕事は俺の中でも楽しいイベントで、別荘に泊まりながら点検をするため、ちょっとした小旅行気分を味わえる。補修といっても壊れている箇所はほとんどなく、建物の傷み具合や雨どい、水道等の水回り点検、設置器具の動作チェックくらいである。
たまに「なんじゃこりゃぁ~」という壊れ方をしている時もある。他人の物だと思って確実に手荒に扱ったであろう痕跡が。そういう場合は浦見魔太郎になって修理した。
比較的楽で、しかも報酬がよく、旅行も兼ねているので毎年楽しみにしている。
で、今回、俺んちのベランダで1本1万円もするシャインマスカットジュースを飲んでヒマそうに日光浴をしている凛を見かけたので声をかけてみた。
答えは「ノー」だったので1人で行くことにする。
寅ちゃんに工具と脚立を積み、いざ小旅行へ!
マフラーから黒煙とオイルを垂らしながら現地へ向かった。
「お兄、喉が渇いたからSAに寄って」
ちゃっかり助手席に乗り、ドライブを満喫している凛。
だ・か・ら、なんで付いてくるの? さっき行かないって言ってたでしょ?
SAでトイレへ寄って、小腹を満たし、自宅から2時間かけて現地へ到着した。
「へぇ~。なかなかいい別荘ね。ログハウスって初めて」
「・・・・」
「いつもホテルだから、ちょっとワクワクするね」
「・・・・」
「せっかく手伝いに来てやったんだから、何とか言いなさいよ、シスロリ!」
行きのSAでお土産買うバカがどこにいるんだよ!
バカに構っているヒマはないので、俺は早速点検を始めた。
外回り、雨どいの詰まり、水回り、器具系のチェックなどなど。家中を一周して全ての箇所を調べまわった。
今回は何もなかったのでホッとした。
チェックが終われば後は自由である。テラスでのんびりするもよし、リビングで寛ぐもよし。
都会の喧騒を離れ、小鳥がさえずる静かな時間。時折、風に吹かれて葉の擦りあう音まで聞こえてくる。
「静かだなぁ~」
「ホント、静かねぇ~」
「のんびりするなぁ~」
「のんびりするねぇ~」
「あー気持ちいい」
「ホント気持ちいい」
真似すんじゃねぇ。オウム野郎!
テラスに並べられたリクライニングチェアでしばらく日光浴をした。
「お兄、夕飯っていつもどうしてるの?」
「いつもは近くのスーパーに行って総菜を買って食べるけど」
「私、バーベキューがいいな」
「バーベキュー?」
「夏といえばバーベキューでしょ」
「うーん。いいけどさ、道具あったかな?」
「本格的じゃなくてもいいよ。形だけで」
俺は倉庫へ探しに行った。
補修用の材料やその他必要部品は必ず揃えて置くが、泊り客が使うような物はほとんどない。各自持参という形を取っているのであるかどうか・・・。
ま、こういう場合は大抵ある。ないと話が進まないからね。
持ち主がここに来た時用に使ったと思われる、比較的小ぶりのガスコンロが置いてあった。それにフライパンを乗せれば、簡易ながらも雰囲気は味わえる。
「こんなのしかなかったけど、いい?」
「うん。全然OK! 雰囲気だけで十分!」
この時点で凛のテンションは爆上がり。
「よし、じゃあ材料の買い出しに行こう!」
拳を天高く伸ばし「オーッ!」と言いながら車へ乗り込んだ。
こいつって性格が読めないな。ツンデレかと思ったら明るく元気だし、無口かと思ったらおしゃべり。
どれが本当の凛なのだろう。もしかしてジキルとハイド?
だとしたら病気だ、お前!




