少女の夢と憧れ
「連日40℃を超える日が1週間も続くのは約38年ぶりです。異常気象です」
TVが異常なほど異常気象を連呼していた。
38年前にもあったのだから、異常じゃないだろう。というツッコミを入れながら時計を見た。
まだ8時半だというのに全身から汗が噴き出ている。
……異常気象だ。
最近、休みを取らずに働いていたので、たまには休むか!
俺はエアコンのスイッチを入れ二度寝した。
どのくらい寝ただろうか。
「お兄、起きて!」
ウフゥゥゥ、だめだよ~こらっ。
「なに寝ぼけてるの? ねぇお兄ってば!」
俺好みの女に揺り動かされて目が覚めた。
「な、なんだお前か……」
「なんだって何よ!」
時計を見ると、8時40分だった。10分しか寝てねぇじゃねえか!
「なんか用か?」
「遊びに行こ」
俺は布団を頭までスッポリ被りなおした。
「ねぇ、暇なの。ねぇ~」
「友達を誘え。もしくは彼氏。夏ってそういうものだ」
「友達は田舎へ帰ってるし、彼氏いないし」
「じゃ入道雲でも眺めてろ」
「……寛子さんに言うわよ。お兄がお尻触ったって」
ハッキリ目が覚めた。
触ってねぇよ。地べたに座って埃がついたから払ってやっただけだろ!
最近は何かと妹の名前を出してくる。その名前を出せば俺が何でも言うことを聞くとでも思っているのか。俺は妹なんぞ何とも思ってないんだよ。
仮にそうだとしても、ションベン臭いガキには一切興味がない。
そこんところをよく理解したうえで……。
「で、どこ行きたいの?」
「遊園地」
「ゆ、遊園地ぃ~?」
中学生の夏休みかよ。今年成人を迎える女のセリフじゃないだろう。
遊園地で思い出したが、昔、妹にも同じおねだりをされた事があった。
たぶん俺が中学くらいだったと思う。
夏休みに入り、友達は実家のある田舎へ遊びに行ったり、海や山などへ出かけたり、夏ならではの遊びを満喫していた。
俺んちは代々ここが実家である。母の実家も車で30分も走れば到着するので、みんなのいう田舎というものが存在しない。
夏休みが終わって「おばあちゃんちに行ってきた」とか「裏山で虫取りをした」などの話を聞いて羨ましくてしょうがなかった。
妹も同じ気持ちだったらしい。
「ねぇお母さん。うちってなんで田舎がないの?」
そう言って母を困らせていた。
特に悲惨だったのは夏休み絵日記だった。
妹は真面目なのでその日あったことを、無い知恵を絞りながら書いていた。
色鉛筆まで使って丁寧に。
俺は妹の日記を見て「何もないのによく絞りだせるな」と感心した。
「だって何か書かないと怒られるから……」
悲しい顔でつぶやいた。
俺の小学校の頃の絵日記は、匠を極めていた。
7月30日 異常なし。
7月31日 飯食って寝た。
8月1日 特になし。
8月2日 暑かった。
引きニートも呆れるくらいなにもなく、ひたすら自宅警備を行っていた。
当然、描く絵など想像もできないのですべて白紙で提出した。
「増田! お前ふざけてるのか!」
担任に激怒されたが、何もないのだから、これ以上やりようがない。
「先生、これは俺の心の風景です」
担任はギャフンと言っていた。
さらに、親父はあの通り頭が異常気象だから、夏休みに子供たちをどこかへ連れて行ってやろう、などという考えは微塵もない。海も山も連れて行ってもらった記憶はない。家の近くにある遊園地ですら連れて行ってはくれなかった。
女を大人の遊園地には連れて行くのに、な!
俺らの夏休みは、毎日ダラダラ過ごし、お盆に墓参りをして、スイカを食って終わりだった。
そんなある日。
エアコンを18℃に設定して爆睡をかましていた俺の部屋に妹が来た。
「お兄、起きて」
……もう食べられないよ。
「なに寝ぼけてるの? ねぇお兄ってば!」
旨そうなステーキを食べる直前にゆすり起こされた。
「なんか用か?」
「遊びに行こ」
俺は布団を頭までスッポリ被りなおした。
「ねぇ、暇なの。ねぇ~」
「友達を誘え。夏ってそういうものだ」
「友達は田舎へ帰ってるし」
「じゃ入道雲でも眺めてろ」
「……お母さんに言うわよ。お兄が胸触ったって」
デジャヴ?
俺は仕方なしに妹を近くの遊園地に連れていった。
……で、俺は今、ジェットコースターの列に並んでいる。
夏休み真っ只中なので結構混んでいた。
何が悲しくて30過ぎたおっさんがガキに混じって並ばなきゃならないんだよ!
と思ったが、隣でワクワクドキドキの表情を浮かべながら俺の手を握りしめている凛を見ると「ま、いいか!」とも思う。
発車のベルが鳴り、ゆっくりと動き出した乗り物は、ガタゴト揺れながら地上40メートルくらいの最上部に到達。そこから一気にトップスピードに乗ってレールの上をグルグル回る。さらに乗り物までがグルングルン回転する。
ブォギャァァァーーーー。ま、回る。め、目が! 目があぁぁぁぁ!
「キャァァーーー、アハハハ! お兄最高ぉー-」
隣で凛が楽しそうな悲鳴を上げている。
アハハハ最高じゃじゃねぇよ。足が空中でプラプラしてるんだよ!
止めろ、今すぐ止めろ!
降りた時にはすでにフラフラだったが、
「面白かったね。次行こ!」
無理やり手を引かれ、今度は最大落差70メートルというイカレた乗り物に。
何でもこなせるいい男ナンバーワンの俺だが、唯一弱点がある。
俺は高所恐怖症だ。
子供の頃、花火を見ようと自宅の屋根に上った途端、恐怖で足が震えてしまった事がある。
理由を聞かれても、とにかく苦手としかいいようがない。
凛がコースターについてあれこれ説明しているが、俺の耳には一つも入ってこない。それどころか、見上げただけで下半身が冷却装置のようにスッ~とする。
乗る前からションベンちびりそうなんですけど……。
ガギグアァァ--。か、母さん、いますぐそっちへ行きまグヘッ、舌噛んだ!
身も心もボロボロだった。
凛は涼しげな顔で「次行ってみよう!」そい言って俺の手を引っ張る。
「ハァハァ、も、もうやめよう。少し休憩しよう……」
「だらしないわね。男の子でしょ!」
それからも次々と精神が崩壊しそうなアトラクションを巡った。
途中、休憩も兼ねて食事をし、牛乳の成分が著しく薄いソフトを食べ、お化け屋敷や室内アトラクションへ。ティーカップで凛が調子に乗ってガンガン回転させるものだから、先ほど食べたカレーが喉をせり上がり、カップ内がマニアックな大惨事になるところだった。
すべて終わった頃には俺の髪の毛は真っ白になっていた。
ヘイヤブキ、ベリベリストロングマン、ネ。
もうそろそろ夕方近く。空が大きなあくびをしながら眠そうに目をこすり、遠くの山々が茜色の夕日に染まっていた。
「ねえ、最後に観覧車に乗ろ」
「か、観覧車ですかぁ~」
遊園地というものは、どうしてこう俺のすべてを破壊させるのだろう。
高所中の高所じゃねぇか、観覧車って!
軽快な音楽と共に狭い空間にたった2人きり。外の雑音はまったくない。景色がドンドンせり上がり、山と空が近づいてくる。
もし恋人どうしだったら、ここでキスの一つもするってものだ。
空は鮮やかな夕焼けだし、ね。
「今日はありがとね」
唐突にそんなこという凛。
「ま、まあ楽しかったならそれでいいよ」
「無理に付き合わせてごめんね」
「あ、ああ、気にするな」
「私ね。一度でいいから男の人と遊園地で遊びたかったの。ジェットコースターで「キャァー」ってしがみ付いたり、アイス食べたり。最後に観覧車乗って……」
夕焼けが凛の顔を照らし、照れて赤くなった頬を隠していた。
「そ、そうか。そ、それは良かった。ゆ、夢が叶って」
観覧車が頂点に達した時、
チュッ。
頬にキスをされた。
その間、俺はずっと凛の手を握っていた。
目がくらむほど高いその恐怖に……。
帰りの道中。はしゃぎすぎて疲れたのだろう。
助手席でスヤスヤ寝息を立てる凛。
ま、彼女の気持ちも分からなくもない。
中高そして大学までエスカレーター式で、男性と接する機会が極端に少ない。
普通であれば、学生時代に恋人ができたり、男の子とデートしたりと青春を謳歌するものだ。
だが、それも出会いがあっての話である。
仮に彼女が、胸を半分以上放りだし、ヒップラインを強調し、下半身をくすぐるファッションに身を包んでナンパ待ちするようなタイプなら話は別だが。
傍にいる男性で家族以外に親しい男は俺。たぶん、思春期の時によくある身近な男性への恋マジックだと思う。
そのうち、社会人になって色々な経験を積んでいけば、この淡い色の恋もステキな思い出に変わるだろう。
それまでの間は、恋人ごっこに付き合ってやるか!
それはそうと、寅ちゃん。
君、エンジンから変な音をさせてるんだけど大丈夫? まだ自宅まで結構な距離があるよ? ここで壊れたらスクラップにしちゃうからね。ケッパレ!




