宮本家の長~い一日
毎日毎日、空が号泣してうんざりする。
梅雨前線が日本中をガッチリ捉え、岩ノリのように引っ付いて離れない。
そろそろ満面の笑みを浮かべてくれないかな?
替えのパンツが残り1枚なんだけど。
ピリリリ。ピリリリ。
電話が鳴った。
「はい。コロ助ナリ~」
「……蹴られたい?」
姉からだった。
「あんたさ、今月の20日って開いてる?」
「20日って土曜?」
「そう土曜」
「別に用事はないけど」
「じゃあ決定!」
相変わらず唐突に予定を入れてくる姉。
「なんかあるの?」
「実は……」
この度、結婚することになりました。つきましては隆志様にもご出席いただけないでしょうか。
という事らしい。
相手の男はだいぶ変わってるな。姉だぞ? そうか、ドMか!
じゃなきゃ、あの暴力サディスト狂乱サイコ……ミドルネームをしゃべり出すと興奮が止まらなくなる。
「絶対に来なさいよ。来なかったら延髄だからね!」
一方的に切られた。
……延髄って、やられたら首がもげるぞ!
雨、雨、雨の毎日。そして結婚式当日。
ものの見事に快晴だった。
姉は晴れ女である。家族で旅行、ライブコンサート、お祭りなど、姉が率先してイベントに参加する時は必ず晴れている。
前日の予想が雨でも、だ。
いつだったか、友人たちと河原でバーベキューの予定を立てていた。
たまたま予定を立てた日程前後が雨予報で、
「河原で雨が降ったら大変だからやめなさい」
おかみさんが中止勧告をした。
「大丈夫よ。私晴れ女だから」
「ダメ。よくニュースでもやってるでしょ。川に流されたとか」
俺はおかみさんの言葉に頷き、お前みたいな奴がいるからレスキュー隊の人たちが迷惑するんだよ!と思ったが、それをいうと鉄拳制裁がくるので黙っていた。
姉もバカではない。危険性は重々承知していると思うので、友人たちと密に連絡を取りながらしばらく悩んでいた。
前日、天気予報は判断に迷う微妙な予想だった。
判断がつかない時は中止が一番である。
「もう諦めた方がいいんじゃない?」
予報とにらめっこしていた姉にそう言った。
すると姉は、
「あんた、てるてる坊主作ってよ!」
とんでもない事を言い出した。
今時てるてる坊主って、そんな非科学的な迷信を信じているのか? 運動会前の小学生じゃあるまいし、いい年した大人が夜な夜な作るものじゃないだろ。
お前は夢見る少女か!
次の日、快晴とまではいかないが、そこそこ良好だった。
姉はテンション高く出かけ、ご満悦で帰ってきた。そして俺に「はい。お土産」と言ってタッパーを手渡し、鼻歌を歌いながら風呂へ入った。
俺は軒先に並べられた無数のてるてる坊主を眺めながら、完全に冷え切った肉の塊をつまんだ。
バーベキューって温かいから美味いんだよ。これじゃ残飯じゃねぇか!
ついでにもう一つ。
何時間かかったと思ってるんだ、これを作るの。ティッシュ一箱使ったぞ!
勝気で負けるのが大嫌い。正義感が強く面倒見はいいが、根は男勝りのドS。
そんな姉もジューンブライドを選ぶ辺りに女の子を感じる。
親方とバージンロードを歩く姿は、まさに女性そのものであった。
間違っても馬子にも衣裳とか言ってはいけない!
式が終わり披露宴に入った。
両家の紹介、上司スピーチ、友人の祝賀など、淡々と進んでいった。
大型スクリーンに二人の馴れ初めが映し出され、それを見ていて気付いたのだが、二人は職場結婚らしい。
ということは、この会場にいる男女含めほぼ全員が警察官ということになる。
上司のスピーチをしたのは警察署長?
なんかとてつもなくヤバイ所に来た感じがする。
仮にこの会場に祝儀ドロが入ったとしたら、即御用となり一生シャバには出られないだろうな。
さっき受付の子をプチナンパしたが、逮捕されちゃうかな俺。
そんな事を考えながらチラッと横を見ると、親方が神妙な顔つきで飲んだくれていた。
そういえば今朝から一言もしゃべっていない。
愛娘だもの、そうなるのが普通だ。
手塩にかけて育てた娘が、いつしか大人になり、自分の元から離れていく。しかも得体の知れない男と共に……。父親としては嬉しい反面、最も屈辱な瞬間じゃないかな、と思う。
「親方ぁ~、ちょっと飲みすぎっスよ」
「うるせぇな。オメーには関係ねぇだろう」
「何言ってんですか。今日は姉ちゃんの一世一代の日ですよ?」
「なにが一世一代だバカ野郎! オメーに俺の気持ちが分かるかよ!」
俺は子供がいないのでそんな気持ちになったことはないが、もしこれが妹だったとすると……。
た、耐えられん! その場で舌をかみ切りそうだ。
「でも、しょうがないでしょ? 姉ちゃんが決めた人なんだから」
「俺は認めてねぇぞ!」
「親方が認めなくても姉ちゃんが認めたんですから、口出す余地はないでしょ」
「ああん? なんだ、お前はいつから俺に指図するようになったんだ」
かなり泥酔でご立腹の親方。
「いいじゃないですか。姉ちゃんが幸せになるんだから。文句ないでしょ?」
「幸せだあぁ~? あの情けない男とか!」
「いや、警察官ですよ? 立派じゃないですか」
「ふん! あいつと結婚するくらいだったら、お前の方がまだマシだな!」
うん。親方、それだけは俺が断固として拒否するから安心して!
「そのうち孫の顔も見れるから楽しみじゃないですか!」
「ウッセー! そんなもん見たくねぇんだよ!」
そう言って俺の胸ぐらを掴みかけた時、横からおかみさんが、
「あんた、いい加減にしな! 香苗の結婚式を台無しにするつもりかい! そんなことしたら家を追い出すよ!」
鬼の一言でシュンとする親方。
俺は親方の肩をポンポンと叩き、
「ま、これも運命ですよ!」
慰めにもならない言葉で慰めた。
そんな掛け合いをしているうち、ついに花嫁の手紙になった。
飲み過ぎて途中でぶっ倒れないか心配だったが、
「シャンとしな!」
おかみさんに横っ面を一発はたかれ、目が覚めたようだった。
両家の両親が揃い、その前で鼻をすすり、涙を拭きながら感謝の手紙を読む姉。その姿を見ているだけで懐かしい記憶というか、思い出というか。
そんなものが一気にこみ上げてくる。
俺はたかだか7年間の付き合いだが、親方とおかみさんは何十年の思いが蘇るだろう。生まれた日からこの瞬間まで、走馬灯のようにあらゆる過去が巡るに違いない。
酒でも飲まなきゃやってられない気持ちは痛いほど分かる。
言葉を詰まらせて涙を拭う姉。目頭にハンカチをあて号泣するおかみさん。そして拳を握りしめて涙をこらえる親方。
俺、いま猛烈に感動してるっス!
すべての式が終わり、ライスシャワーを浴びながら赤いじゅうたんの上を歩く。彼と手を繋いでみんなの祝福を受けている姉は、心の底から嬉しそうであった。
そして最後の最後、列の最後尾にいた俺の前へきて、
「あんた、これどう?」
ウエディングドレスの裾を少し持ち上げ可愛げなポーズをとる姉。
「綺麗だね」
「でしょ?」
「うん。馬子にも衣裳って……」
ドカッ。
延髄にスピードとパワーと幸せが満ち溢れる上段回し蹴りが入った。
ホントにやめろ! 結婚式が一瞬で葬式になるだろうがっ!
「まだまだ修行が足りないね」
高笑いしながら彼と腕を組んで去っていった。
俺は過ぎ去っていく姉の後ろ姿を見ながら、
純白のTバックなんて、大人になったな、姉ちゃん!




