ホームセンターで見つけた未来
その日、超久しぶりに家族4人でホームセンターへ買い物に出かけた。
父の幸一は会社を経営している。会社といっても大企業ではない。中小企業に毛が生えた程度である。
それでも代表という自負があるのか態度は世界企業の社長並みだ。
もっともその会社は祖父が立ち上げたもので、要は二代目のボンボンである。
母の名前は君江。箱付きノシ付きのお嬢様で、祖父は病院の医院長をしている。
しかも一人娘。
頭脳明晰、容姿端麗、良妻賢母と非の打ちどころがない女性の鏡である。
目に入れても痛くないほど可愛いい娘を、よりによって増田家のバカボンボンによくもまあ嫁がせたものだ。
俺が父親なら将来有望の医師と結婚させ、病院を引き継いでもらうだろう。
「隆志、あちこちウロチョロして迷子にならないでね」
「あの、俺、子供じゃないんですけど」
「ちゃんと寛子の手を握って離さないでね」
「あの、俺、もう中学生なんですけど」
今年の春で中学生になった俺は世界観が一変した。
今までは近所の友人と近くの駄菓子屋で買い食いをし、町内で開かれる夏祭りを楽しみにしてるだけ。行先はほとんど決まっていて、学校から半径数メートルをウロウロするだけだった。
しかし中学になってからは、電車で買い物、遠方の友人宅へ泊まり込み、自転車で海まで爆走と、行動範囲が劇的に広がった。
門限も16時から18時と延長されたため、さらに自由度が増した。
あちこち出かけるということはお金がかかる。
当然おこずかいも粘り交渉を続けた結果、500円から3000円と大幅にUPした。
小学生の頃には想像もつかなかった新しい世界がそこにあった。
逆に何も変わらない世界もある。
母は相変わらず子ども扱いで「ハンカチ持った?」「車に気を付けてね」「知らない人に付いて行っちゃだめよ」何かにつけて警告を促してくる。
あのさ、母さん。中学生にもなって知らない人に付いて行く奴がいるのか?
もし知っているなら教えてくれ。そいつに付いて行くから!
さらに変っていないのは妹だ。
彼女とは3つ離れているので現在小学4年生。
小4にもなるとそろそろ女の影がチラホラ見え隠れする時期なのに、いまだに3日に1回のペースで俺のベッドに潜り込んでくる。
出かける時は必ず手を握ってくるし、こうしている間も俺の手を握ってはなさない。
ただ、ちょっと待ってくれ!
今いるところは近隣でも評判の大型ホームセンターで、休日ともなるとクラスメイトから先生まで知り合いが大勢やってくる娯楽施設である。
そんな激アツスポットで妹と手を繋ぐなんて……。
もし友人に見つかったら秒殺され、シスロリ認定されてしまうだろう。
それだけは何としても避けたい。己の人生を賭けてでも!
俺は妹と少し距離を置き、忍者のように棚と棚の間をすり抜けながら商品を物色していた。
街の中心部から少し離れた郊外にあるので敷地は広々していてとにかくでかい。
端から端まで何百メートルあることか。遠くが霞んで見えるほどだ。
品数も尋常じゃないくらい豊富で、生活用品、雑貨、木材、工具、園芸、薬、ペット、フードコートetc。一日じゃ足りないくらいありとあらゆる物が揃っていた。
モノづくりが好きな俺にとってはディズニーランド以上である。
余談だが、その昔、時計を分解して左回りの時計を組み立てたことがある。
親父に「元にもどせ!」と烈火のごとく怒られたが、ガッチリ組み立ててしまったので今更元には戻せない。
結局、その時計は俺の部屋に飾っているが、何度見ても反対周りの秒針は気持ちが悪い。
なぜあんなものを作ったのか俺の中でも七不思議の一つである。
妹を手下のように従え、色んな商品を物色しているうち、ふと、面白いものが目に留まった。
今では当たり前のように目にするが、当時は祖母の家でばーちゃんが使っていたのを見るくらいで、あまり一般的ではなかった。
確か値段も高かった気がする。
「ばーちゃん、これ何?」
「これはね、電気毛布といって寝るとき身体を温めるものだよ」
「あったかいの?」
「すごくあったかいよ。隆志、一緒に寝てみる?」
「うん。寝る!」
ばーちゃんにくっつくと体の芯まで温まるようなホカホカした感じになる。
「あったかい?」
「うん。これもばーちゃんもすごくホカホカ!」
そう言うと、ばーちゃんは嬉しそうに俺を抱きしめてくれたっけ。
目の前にある電気毛布を眺めているだけで、そんな懐かしい思い出と温もりが蘇ってくる。
そのばーちゃんも1年前に帰らぬ人となって今はもうこの世にはいない。
ばーちゃん元気かな?
今頃天国で電気毛布に包まって温まっ……ん? 温める?
その瞬間、天女になったばーちゃんが電気毛布をサラリと纏って舞い降りてきた。
「そうか!」
指をパチンと鳴らし、迷うこなくカゴに放り込んだ。
それを見た妹は眉間にシワをよせ忠告してきた。
「ねえ、お兄、そんなの勝手に買ったら怒られるよ」
「大丈夫だよ」
「だって値段見てよ。1万円もするよ。絶対怒られるって!」
「大丈夫だって心配すんな。これは俺のおこずかいで買うんだから」
「おこずかいって……いくら持ってきたの?」
「3千円」
「全然足りないじゃない」
「お前、いくら持ってる?」
「1千円、くらいかな」
「それ貸せよ!」
「いやよ。私欲しいものがあるもん」
「いいから貸せ」
「いやだ!」
「お前のためなんだぞ!」
「いやなものはイヤ! 絶対にイヤ!」
普段は大人しいくせに、こういう時は頑として譲らない。一体誰に似たんだ?
俺は足りない脳ミソをフル回転させながら考えた。
「クソッ、どうすっかな」
「もう、お母さんに怒られても知らないわよ」
「怒られるのは構わないけど、値段がなぁ~」
「そうよ。高いんだからやめなよ」
「いや、これは絶対に必要だから何としてでも買う」
「じゃあ好きにすればいいでしょ。でもお金は貸さないからね!」
プンプン怒ってどこかへ行ってしまった。
まあ、理由も言わずいきなり「金を貸せ」と言われても貸すバカはいない。
それに小中学生にとって1万円はハードルが高い。
500円もあれば駄菓子屋でプチセレブが満喫できるからな。
おこずかいを前借するか、貯めたお年玉を切り崩すか……。
色々思案しながら会計へと向かった。
会計時、案の定というか予測通り母に「返してきなさい!」と叱られた。
俺は口に泡をためながら必要性を訴えたが、
「子供の時から使うと体温調節が出来なくなる」とか、
「汗を大量にかいて風邪をひく」とか、
自律神経が発汗作用が……。
さすが医者の娘である。
本人も医師免許を取得しているだけのことはあって専門用語がビシバシ登場する。
すでに頭の中がカオス状態だったが、ここで折れるわけにはいかない。
これには俺の自由と夢が詰まっているのだ。
母の小言に負けたら俺の未来は絶望なのだ。
店内で小1時間、買う買わないのバトルを繰り広げ、最終的に、
「本当に頑固な子ね。一体誰に似たのかしら」
ついに母が折れ無事ゲットすることができた。
ホント、誰に似たのかしら。