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残ったモノは大切なモノ

「どうだ、中に入ってみるか?」

「入れるの?」

「まだ名義は俺のモノだから大丈夫だよ」

「なんだか怖い……」

「ほら!」


 俺は手を差し出した。妹はその手をギュッと握り、俺ら兄妹は十数年ぶりに我が家へ帰った。


 家具家財等は処分してなにもない。ガラーンとした空間に静けさだけが舞う。

 家族で食事したリビング。母が愛用していたキッチン。一緒に入った風呂。妹の部屋。

 二人で手を繋ぎながら全てを回った。


 そして最後に俺の部屋……。

 本当に何もなかった。あるのは思い出だけ。


 ゲーム機を分解したら二度と元に戻せなくなった。暑い日に窓を開けてたらハチが入ってきて、雑誌を丸めて対抗してたら首筋を思いっきり刺された。密室で石油ストーブを焚いて一酸化中毒になり、意識を失いそうになった。トイレに行くのが面倒だったので窓からオシッコをした。お楽しみの最中に妹にドアを開けられたこと数回。


 ……俺ってロクな事してねぇな。



 辺りを見回した後、何気なく押し入れを開けてみた。

 そして天井を見て……ん? そういえば。

 俺はよじ登って点検口に手を入れた。


 ある。あった!


 奥に手を突っ込んでブツを引っ張り出した。埃まみれではあるが、状態はピンピンしている。

 隣で妹が汚物を見るような目で苦虫を潰していた。


 そう、中学の時に愛読していたエロ本である。

 これこそが俺の青春で、最高の思い出だ。



 中学時代、ある友人が「これ、お前にやるよ!」と言って一冊の本をくれた。

 表紙にはアイドルの水着姿がナイスな感じで載っていた。


「なんだよ、これ」

「いいから見てみろって! ただし学校では開けるなよ。お楽しみは家へ帰ってからだぞ!」

「何言ってんだお前。勉強し過ぎてイカレたか?」

「エヘヘヘ。今日の夜、お前は変わるぜ!」


 隠微な笑みを浮かべながら無理やり俺に手渡した。

 俺は芸能とかアイドル的なものには一切興味がない。世間で騒がれている芸能情報は遠い宇宙の果てくらいにしか思っていなかった。



「ごちそうさま」

「えっ、隆志。それしか食べないの? おかわりは?」

「いや、今日はちょっと食欲が……」

「あんたが食欲不振なんて……病院に行く?」


 なあ、母さん。俺を何だと思っているんだ?


 母の心配をよそに、俺は友人の「今日から変わる!」が気になってしょうがなかった。


「ねぇお兄、無理しなくていいよ。辛い時は私に言って!」

「そうよ隆志! 悩み事があるなら遠慮なく相談してね」

「お兄、大丈夫?」

「隆志。私たちはいつでもあなたの味方だからね!」


 う、うるせー-。飯を食わないだけで病人扱いするんじゃねぇ! 悩み事があるなら相談しろだと? 

 じゃあ相談してやる。俺は今日から変わるのだ。

 新しい未知の世界へ旅立つのだぁぁぁ!


 2人共、錯乱してごめん。でもね、俺、生まれ変わっちゃった!



 俺の人生を変えた一冊。それが手元にあった。


「お兄ってさ、昔からそういうの好きだよね」

「男ってみんな好きなんじゃないの?」

「ホント、イヤらしいわよね」

「お前は男嫌いなのか?」

「な、なによ。突然何言ってるのよ!」

「その慌てぶりじゃ、お前……」


 横っ面を思いっきり張り倒された。


「サイテー!」


 左頬をジンジンさせながら宝物のページをパラパラめくった。

 ちょうど中頃に差し掛かった時、パラッと一枚の紙きれが落ちてきた。

 ……図面だった。


 妹のため、必死になって考えた電たんぽ。レジェンドと試行錯誤しながら作成した門外不出のマニュアルが十数年ぶりに俺の前に姿を現した。


 床に落ちた図面を拾い、俺らは我が家に別れを告げた。



 その後、自宅は売り出され、まったく赤の他人が住むことになった。

 苦難を乗り越え、紆余曲折あり、全精力を傾けて頑張った結果。


 最終的に残ったモノは、埃の被った母の位牌と、妹だけだった。





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