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妹の行く末

「こうやって見るのも最後なのね」

「ああ、そうだな」


 俺と妹は実家の前に立っていた。


「楽しいことと、辛いこと、どっちが多かった?」


 妹が質問をした。


「毎日楽しかったよ。親父さえいなけりゃ、な」

「そうね。顔を合わせるたびにケンカだったものね」

「お前は?」

「辛い……かな」

「……だろうな」


 悲しさと困惑が入り混じった感情。二人ともそんな心境だった。



 裁判の結果は言わずもがな。チーム侍の圧勝であった。

 相手方の苗字でも推測できるが、黒川と名乗っている以上、内縁の妻である。

 親父は借金返済後の残った財産のすべてを彼女へ相続する予定を立てていたらしいが、そこは超エリート集団の侍である。

 そんなのを簡単にひっくり返し、親父と腐れビッチとクソガキに借金のすべてを支払うよう話を持っていってくれた。ザックリ1億くらいあるんじゃないかな。

 で、どういう経緯かは知らないが、自宅だけは俺らのモノになった。


 1億もの借金があったら家など確実に抵当がついてて没収のはずだが、どういうマジックを使えば無事に済むのだろう。今度凛パパにでも聞いてみるか。


 家が無事という事を知り、俺は妹に聞いてみた。


「お前、あの家に住みたいか?」

「いや! ここがいい!」


 妹にとって祖父の家こそが本当の自宅で、俺と祖父が本物の家族なのだろう。


 あの時もそうだった。




 狭いアパートでの同棲生活。妹も少しづつ元気になり、1人で外出できるまで回復した。

 元々細かったので見た目的には瘦せっぽっちだが、肌ツヤもよく、髪にもキューティクルが戻っていた。


 改めて見ると、意外にいい女の部類に入ると思う。

 昔から見慣れているので特に何とも思わないが、これが他人だったら、胸を揉みしだき、尻を撫でまわし……ごめん。調子に乗り過ぎました。


 ごくたまに癒えない悲しみを吐き出すことはあるが、全盛期に比べたら各段に向上している。

 そうなると問題が一つ生まれる。


 病気の時ならいざ知らず、年頃の健康的な男女が一つ屋根の下は危険がいっぱい。


 ある日俺は、妹に相談をした。


「最近体調はどう?」

「だいぶ良くなったよ。胸が切り裂かれる夢も見ないし」

「そうか。それは良かった」

「お兄のお陰ね。ありがとう」


 ニコッと笑ってお礼を言われた。


 その笑顔はやめろ。離れるのが……。


「あのさ、ちょっと相談なんだけど」

「なに?」

「そろそろさ、別々に暮らさない?」


 突然の告白に大きな目をさらに大きくさせた。


 ここで下手なこというと、また再発するかもしれない。

 ビギャァァァンンンとかベギュオォォォンとか文字を打つのも大変な擬音で泣かれたらたまったものじゃない。

 俺は慎重に言葉を選びながら説明した。


「この間、じーちゃんに会ってさ」

「お母さんの?」

「そう。それで……」



 母方のじーさん、つまり俺達の祖父である。

 以前もどこかで説明したことがあるが、祖父は個人病院を経営している。デカくもなく小さくもなく、ごく普通の病院だ。


 祖母は俺が中学くらいの頃に他界した。早すぎる死に母は泣き崩れていた。

 けれど、じーちゃんは、

「君江、泣くな! 母さんが不幸な人生だったと思うか?」

 そう言ってたしなめた。


 その言葉に俺は「たまには良いこと言うじゃないか」と頷き、母は黙って泣いた。


 いくら気丈な言葉を放っても寂しいものは寂しい。母にはそれが分かっていたみたいで、事あるごとに病院の手伝いをして週に一回は顔を出していたと思う。


 それが突然の娘の死。

 祖父の精神状態は想像はるかに超える苦悩だったろう。しかしそこは持って生まれた気丈というか、譲れない頑固さというか。

 今の今まで誰に頼ることもなく、自分の仕事を淡々とこなし、患者の手助けをするために全身全霊で働いてきた。




「お前さ、じーちゃんの所で働いてみないか?」

「……」

「お前って元々頭もいいし、真面目にやれば医師免許だって取れると思うんだ。それにこのままここに居ても将来不安だろう? だったら、じーちゃんのとこで勉強するのも悪くないんじゃないかと」

「……」

「あいつはバカだけど俺なんかより知識は豊富だし、何より医者だから、もしお前に何かあった時は頼りになると思う」

「……」

「それに、ばーちゃんも母さんもいなくなって一番大変なのは……」


 黙って話を聞いていた妹は、俺の言葉を遮って、

「お兄も一緒?」

 そう言った。


「俺は行かないよ。いきなり2人も増えたら迷惑だろ?」

「お兄が行かないなら私もいかない」

「これはお前のためなんだよ」

「一緒じゃなきゃイヤだ!」


 完全にゴネ始めた。

 なんか無性に腹が立ってきた。


 一度思い込むとテコでも曲げない癖がある。この頑固さは三井家譲りなのだろう。祖父から母へ、母から妹へ受け継がれた始末の悪い血だ。

 どうして俺みたく柔軟になれない?


「行け」「行かない」を繰り返すこと丸3日。


「じゃ、近くに部屋を借りるから、それでいいか?」

「それならいい」


 最終的に俺の方が折れて、妹は祖父の家で医者修行をすることになった。


 な、俺って柔軟だろ?



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