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悪を成敗するのは7人侍

 凛のお陰で超有名腕利き弁護士が6人も揃った。

 祖父は各弁護士の所へ年代物の秘蔵ワインを持って挨拶周りをしていた。

 まるで野武士の略奪に悩む百姓の気分だな。


 あまりにも予想外な展開に戸惑っている俺を横目に、棚の一番奥に隠してあったイギリス直輸のクッキーを美味しそうにパクパク頬張る凛。


「なあ、ちょっと聞いていい?」

「なに?」

「弁護士の人達って、なんで祖父の連絡先知ってたの?」

「私が教えたの」

「どうやって?」

「電話の履歴を調べて」

「……ごもっとも」


 なんか怖いんですけど。その行動力。


「なあ、これも聞いていい?」

「なに?」

「どうやって郵便物を手に入れたんだ?」

「ポストを開けて」

「ダイヤル式だぞ?」

「お兄が開けてる所をみて番号覚えたから」

「……さようですか」


 お前、将来探偵をやれ。そしてベスパに乗れ!


「なあ、もう一つ聞いていい?」

「なに?」

「俺のためになんでここまでしてくれるんだ?」


 そう聞くと、凛は少し頬を赤らめ、

「……昔、助けてくれたから……」

 照れくさそうにつぶやいた。




 それは暑い夏の夕暮れ時。

 スーパーで刺身やら卵やらの食材を買って、アイスを食べながら帰る途中だった。


 遠くで女と男数名が揉めているのが見えた。たぶんナンパであろう。ただ、遠目に見てもやり口が強引というか、えげつないというか。


 ナンパってものはスマートにカッコよくやるものだ。フラれたら次のターゲットを見つければいいだけの話。嫌がる相手を力ずくでモノにしても天国にたどり着く前に監獄だぜ!


 そんなことを思いながら近づいて行くと……そこに凛の姿があった。

 相手はタチも性格も頭も悪そうな3人組だった。


 ここで彼女を助ければ、色んなことが巻き起こって、感情が爆発して、ああなってこうなって、ムフフな展開に。などとドラマチックな未来にワクワクしている場合じゃない。



 俺は足早にその連中に近づいて行った。


「あっ、隆志さん!」


 気付いた凛は、強引に奴らの腕を払いのけて俺にしがみ付いてきた。


 当然、連中は俺を睨みつけ、

「なんだテメー。あん?」

 とイキがった。


「この子、俺の知り合いでね。悪いけど連れて帰るよ」

「あぁん? テメーなめてんのか!」


 アゴヒゲが中1のチン毛くらいしかない男が挑発してきた。


「いやー悪い。俺そっちの趣味はないもので。そんなに舐めて欲しいならお互いですれば? 複数プレイっていうヤツね」

「この野郎~、調子に乗りやがって! 気に入らねぇなこいつ!」


 金髪が伸びてプリン状態になっているヤツが脅してきた。


「奇遇だね。俺も君たちのことが気に入らないんだよ。意見が合うね」

「調子ブッこくのもいい加減にしろよ! 3人相手に勝てるとでも思ってんのか!」


 眉毛が麻呂みたいなヤツがイキり出した。


「道端でブッこくのは止めた方がいいよ。それはお家へ帰ってからね。それとも君は露出狂?」


 3人をバカにした態度で挑発していると、

「な、なめんじゃねぇぇぇぇぇ」

 アゴヒゲがパンチを繰り出してきた。


 俺は持っていたスーパーの袋で受け止め、みぞおちに正拳突きを食らわせた。瞬間的に息が止まってうずくまるアゴヒゲ。

 ハエが止まって交尾して卵がふ化して成長して子供たちが巣立つぞ、その拳の上で!


 続けて向かってきたプリンの側頭部に上段蹴りを見舞った。その勢いで電信柱にぶつかり、電柱を抱きしめながら崩れ落ちた。


 最後に麻呂の所へ行き、正拳で顎を正面から打ちぬいた。バキッという日常生活では聞くことのない音と共に、白目をむいてその場へぶっ倒れた。


 圧倒的な破壊力にアゴヒゲ、プリン、麻呂ともに完全グロッキーだった。



 自慢じゃないが、俺は7年もの間、姉の練習台として無理やり付き合わされた。全国大会入賞の強者相手に泣きながら組手をしたものだ。


 空手ド素人の俺にしてみたら、姉の蹴りや突きは速すぎて見えない。いつやられたのか、何が起こったのか気が付かないほどのスピードである。

 姉は嬉しそうに「ほら、立て」「もう一回」などとサディスティクに俺を責める。少しでも弱音を吐くと裏モモに蹴りが入る。


 それでも7年もやってれば少しは上達する。


「姉ちゃん、今日は本気でやっていいよ」

「ホントに? じゃ遠慮なく!」


 姉が構えた瞬間、俺は床に倒れていた。

 スピード、パワー、正確さ。どれも完璧であった。


 姉のおもちゃとして辛くも楽しい調教をされてきた。

 そんな俺が道端に落ちているゴミのような連中に負けるわけがない。


「今度やったら、首と胴体を切り離すぞ!」


 怯える凛の肩を抱き、その場を離れた。



「大丈夫か?」

「あっ、うん。ありがとうございました」

「タチの悪い連中だったな。なにもされなかった?」

「あっ、大丈夫……です」

「そうか。それなら一安心だね」


 よほど怖かったのだろう。未だに手を握って離さない。

 まだ16歳の乙女だもの。ガラの悪い男に囲まれたら誰だって恐怖を感じるだろう。特に女性は身の危険さえあるし、力では到底敵うはずもない。


 ま、たまに特殊な性癖を持っている女もいるが……。



 しばらく手を繋ぎながら歩いた。

 まだ少しこわばっているようなので、

「こうやって歩いてると、援助交際しているように見えるかな?」

 その言葉にブッとふき出す凛。


「隆志さんってそっち系が趣味なの?」

「うーん。凛ちゃんみたいな可愛い子限定だけどね」

「うまい!」


 恐怖は薄れ笑顔が戻った。


「あのう、袋の中身……ごめんなさい」


 先ほどのスローパンチを袋で受けたので、卵はぐちゃぐちゃに割れ、刺身はトレイごと真っ二つで死んだ魚のようになっていた。


 クソォ、カツアゲしときゃ良かった!


「あーあ、せっかく玉子焼き作ろうと思ったのに」

「隆志さん、料理できるの?」

「まあ、上手くはないけど美味いよ」

「アハハハ、何それ!」

「凛ちゃんは料理するの?」

「お母さんが上手だから、私は食べる専門かな」

「だろうな」

「何それ、ちょつと失礼よ!」


 俺を叩こうとして気付いたのだろう。未だ右手が握られている事に……。

 急にサッと手を放し、真っ赤になりながら黙りこくった。それからは一言もしゃべらず、並んだまま家へ帰った。




 ビールを片手に缶詰で一杯やっていると、


 ピンポーン。


 チャイムが鳴った。

 凛が皿を手にニコニコしながら立っていた。


「これ、さっきのお礼」

「おっ、玉子焼きか」

「今日の夕飯にどーぞ」


 そういって俺に手渡した。


 立ち話も何だから上がれよ、と部屋へ招き入れた。


「ねえ、ちょっと食べてみて」

「もしかして凛ちゃんが作ったの?」

「うん。お母さんの見様見真似で」

「じゃ、遠慮なく」


 とても有難いし、感謝もしてる。その気遣いも嬉しいよ。ただ一言いい? 

 これ、砂糖と塩、間違ってない?

 もう一人の俺が涙を流しながら全力拒否してるんですけど……。


「1人で寂しくない?」

「いや別に。もう慣れたから」

「今度さ、友達連れてきてあげようか?」

「友達?」

「クラスメイト。ピッチピチの女子高生よ」

「おい、そういう言い方は……」

「隆志さん、好きでしょ?」

「なっ……」


 好きか嫌いかで言えば、好き。嬉しいか嬉しくないかで言えば、嬉しい。見たいか見たくないか……って、もうやめろぉぉぉ。

 復活するからっ、俺の隠れた魂がっ!



 そしていま、高級クッキーを一箱ペロリと平らげ、ソファーで寝ている凛。

 チラッと見える純白にさよならを言いつつ、タオルケットをかけてやった。


 助けてもらったお礼かぁ。逆に仮ができちまった気がするな。

 ありがとうな。そしてお疲れ様。



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