祖父の怒りと妹の悲しみ
三井家に来るのは何年ぶりだろう。
妹を預かってもらうために訪れたのが6年前だから、それ以来ぶりだ。
祖父の病院にはちょくちょく顔を出すが、自宅に来るのは久しぶりである。
「隆志、大変なことになったな」
いつもは適当な祖父が神妙な顔になっていた。
親父が企業犯罪で捕まって、TVや新聞が大々的に取り上げていた。
顔写真が指名手配犯のように全国に流れ、名前から自宅までバラされてしまった。
本人だけならまだしも、このままニュースが過熱すると家族にまで被害が被るかもしれない。
祖父はそこを心配しているようであった。
俺にとってみたら、あいつが捕まろうが会社が潰れようが、世間に俺の名が知れ渡ろうがそんなのは屁の河童だ。
会社勤めをしている訳じゃないし、名前が知れてもクビになることもない。
自業自得というヤツで、己のケツは己で拭かんかい!と思う。
それよりも問題なのは……。
「ねぇ、じーちゃん。さっきこんな封書が届いたんだけど」
俺は先ほど届いた法律事務所からの封筒をさし出した。
祖父と妹はそれを眺め唖然とした。
そりゃそうである。
財産はすべて私のもの。借金はすべてあなたのもの。的なニュアンスだもの。
誰だって開いた口がふさがらないだろう。
俺から書類を奪い取った祖父の顔がみるみる般若に変わり、
「君江を死にまで追いやって、さらにこの仕打ちか!」
拳を握りしめ激高した。
妹は目に涙を溢れさせ、
「サイテー。もう絶対に許さないわよ!」
声を震わせて怒りを露わにした。
「おい隆志。今から知り合いの弁護士に相談する。この書類貸してくれ!」
「私も全面的に協力するわ! 知り合いにあたってみる!」
「絶対に許さん。全財産をかけてでもこいつは潰す! そして必ず後悔させてやる!」
「そうよ。絶対に許さないし負けない! 私の大切なお母さんを……」
愛娘を失った悲しみ、母を無くした絶望感。愛するものを失った気持ちは言葉では表すことなどできない。
心が引きちぎられるとか、ポツンと隙間が出来たようとか。そんな単純な表現なんて失礼千万にもほどがある。
それでもあえて表現するならば、自分の命と引き換えに救ってあげたい。
もはや2人を止める術などなかった。
俺は黙って祖父に書類を渡し、甘~いミルクティーを飲み干して祖父の家を後にした。
ところで妹。俺はレモンティーが好きだ。覚えておけ!




