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増田家の筆頭はこの俺

 夏も近づく八十八夜。


 暑くもなく寒くもなく、仕事にはもってこいの季節である。

 今日は退去部屋の清掃だけだったので比較的早めに終わった。


 いつも思うのだが、退去時に部屋を綺麗に掃除して出ていく人と、まったく何もせず埃まみれで出ていく人がいる。前者はこれからますます発展していくと思う。当然幸せも付いてくるだろう。逆に後者はこれから先に未来はないと思う。というか不幸を手にして悩み苦しむだろう。

 立つ鳥跡を濁さず という言葉を知らんのか?


 綺麗な部屋をさらに磨きをかけてピカピカにし、「退去した人が幸せでありますように。またいい人が入ってきますように」とお願いしながら帰宅した。



 自宅へ帰って玄関を開けると……とてつもなくイヤな予感がした。

 玄関先に大量の靴が脱ぎ散らかされている。

 黒いローファーの、しかも年がら年中履いてる臭そうなヤツが・・・。


「あっ、お帰り」

「お帰りなさ~い。お邪魔してま~す」


 なぜお前がここに居る。そして君たちも。


 俺が無視してシャワーを浴びるため着替えを取りに行くと、その俺を無視してトラッシュトークに花を咲かせる女子高生軍団。


 俺んちは凛のお陰で女子高生の喫茶店と化している。週に1回は遊びに来て、仲良し4人組で学校やら世間のつまらない話題で盛り上がっている。


 女子高生カフェ。この状況を羨ましいと思うヤツ、挙手! 



 なぜこうなったのかを超適当に言うと。

 凛は一人っ子で、実は兄貴が欲しかったらしい。そこへ兄貴風の俺が現れたものだから舞い上がった。そして友人たちに「お兄ができた」と自慢した。

 新しいモノには敏感な年代である。ジャングルで珍獣を見つけた探検隊のように集まってきた。

 まあ、こんな感じである。



 彼女たちは有名私立のお嬢様学校で中高一貫の女子高。いわゆる筋金入りの箱入りである。

 経済的にも豊かな家庭が多く、今時には貴重な「純粋さ」を残す天然記念物だ。

 純粋な女子高生など絶滅危惧種かと思っていたが?


 金も地位も名誉も権力もある家庭に生まれ、嫁さん候補ナンバーワンと言われる学校へ行き、何不自由ない暮らしをしている彼女らにも弱点があった。

 それは恋愛である。


 小学校6年生の男子を見て以来、近くにいる異性は家族のみ。男子とほとんど接点を持つことなく成長してきた。

 だが耳だけは年増女なので、未知なる物への興味と探求心は腹を空かせたアナコンダよりタチが悪い。


 そこで、俺が恋愛関係から保健体育まで面白おかしくレクチャーしてやると、「もっとー、もっとー」と痴女のように求めてくる。

 調子に乗って実体験を元に、そこへ少しHな話を加えて語ると「キャァー」と言って転げまわる。

 箸が転がっても面白い年頃だけに、そこまで楽しんでくれるとこちらとしても嬉しくなる。

 俺も1人でボーっとしててもつまらないので、彼女らをからかいつつ、お菓子やジュースで手なずけ、いつのまにか女子高生カフェになっていた。


 ただ、いまもそこで転げまわってサービスショットを全開しているが、そろそろ夕飯時だから帰ってくれない? 

 これ以上居座ると写真を撮って売るぞ。先ほど挙手した人達に!




 散々はしゃいだ後、ようやく静寂な時間を取り戻した。

 が、隣人は未だにソファーで寛いでいる。


「お前も帰れよ」

「お母さんが呼びに来るでしょ」

「そういうことじゃないんだよ。早く自分の巣に戻れっての!」

「なんで早く返したいの? もしかして私が居たら出来ないこと?」

「なんだよ出来ない事って」

「イヤらしいことしようとしてる?」

「1人でか? そんなことするかよ、お前じゃあるまいし」

「わ、私そんなことしないわよ!」

「なに赤くなってるんだ?」

「うるさい! スケベ!」

「黙れ! 耳年増!」


 二人でイチャイチャしているうち、


 ピンポーン。


 母親がやってきた。


「凛、そろそろご飯よ。帰ってらっしゃい」

「はーい」


 それじゃお兄バイバイ的な事を言って帰ろうとした時、

「あっ、そういえば、さっき郵便物が届いてたんだけど」

 そう言って封筒を俺に手渡した。


「なんでお前が俺んちの郵便物を受け取ってるんだよ!」

「いや、たまたま郵便屋さんが来たから」

「……」


 受け取ったブツを見ると、封書の表に書かれていた文字は……。

 三田法律事務所であった。


 法律事務所って、つまり弁護士のことだろう? それって何かヤバイ案件じゃないのか?

 俺が帰って来た時に渡すのが筋だと思うが、なぜ今頃になって……。

 仮にこの郵便物が重要書類だとしたらどうするつもりなのだろう。あいつにはそんな知能もないのか?


 しかも封書は開いてるし……。


 とりあえず邪魔者を追い返して封書を取り出してみた。

 書かれていた内容は「なるほど」であった。



 親父が企業犯罪で捕まって会社が傾き始めた。そこへ管財人とやらが入ってきて財産の差し押さえやら何やら、結局なんだか訳の分からないことになり、最終的に自宅処分がなんちゃらで乙が甲で甲は乙に……という面倒くさい文章で書かれていた。


 まとめると。


 社長逮捕により経営に支障をきたし会社が倒産。銀行などの借入を返済するにあたり、自宅等の処分で賄う。といった内容だった。

 株式会社だから有限責任だと思うのだが、親父はそれ以外にも手広くやっていたらしい。


 能無しの末路である。


 弁護士への依頼人は、黒川有紀との名義が記されていた。


 そいつは妹を苦しめ、我が家を乗っ取り、母を死に至るまで追い込んだ元凶。

 ナニをナニするしか脳がない腐れビッチだ。


 要は、自分の貰える財産は貰い、返済については長男である俺にすべてを押し付けてしまえ!

 そんな感じなのだろう。

 さすがお股ユルユルのヤリマンが考えそうなことである。


 勘当されても俺は未だに増田家の長男で相続の筆頭である。


 俺は書類を握りしめ寅ちゃんに飛び乗ると、バックファイヤーを鳴らしながら妹の元へ向かった。



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