子羊ちゃんの断髪式
最近はだいぶ安定してきて、突然奇声を発したり、暴れだしたりすることは少なくなった。
たまに独り言を言いながら夜中に泣いている時もあるが、妖怪シクシクくらいなら許容範囲である。
包丁を持ち出した時はさすがに危なかった。
己の首に突きつけ「もう死ぬ!」と泣きながら言われた時はかなり焦った。
「ち、ちょっと待て。落ち着け!」
「いやぁぁ。もう死ぬ!」
「ま、待てって!」
不安と恐怖に支配され理性を失った時が一番ヤバイと思う。
俺は一か八かで包丁を握りしめた手に蹴りを入れた。
上手いこと手首に当たり、包丁は壁に吹き飛んだ。
妹はブギャァァァーーーーっという雄たけびを上げて泣いた。
俺はホッと一安心し、刃先が欠けた包丁をゴミ箱に捨てた。
姉の空手の稽古に無理やり付き合わされたのが役に立ったな。
ありがとな! 助かったぜ、姉ちゃん!
まだまだ予断を許さない状況ではあるが、少しづつ自分を取り戻していく妹。
そんなある日の事。
俺は妹に一つ提案した。
「お前の髪の毛刈っていい?」
「え? 刈るってなに?」
そう。妹の髪は栄養が行き届いておらず、色素が抜け落ちてバサバサになっていた。水分がすべて蒸発したような髪の毛は、潤いシャンプーでも効き目がない。
当然、美容院とかも行ってないので伸びたい放題伸びきって、お尻までスッポリ隠れる長さだった。
ダラ~ンと垂れ下がった髪から目玉だけがギョロリとむき出している姿は、もはや鬼婆である。
その姿で夜中にブツブツ言われたら死ぬほど怖い。
トイレに行きたくて目を覚ますと、布団の上で胸を搔きむしりながら「ああああああっ!」と不気味な雄たけびを上げ、髪の毛をバサバサ振り回すのだ。
しかもすぐ横で。
何度心臓が止まりそうになった事か!
このままだと三途の川で奪衣婆に六文銭を渡してしまいそうなので、これ以上は無理と判断し、断髪式をやろうと心に決めた。
元から正さないとダメなのだ。
「いやよ。やめて!」
「大丈夫だ。髪の毛はまたすぐ伸びる」
「イヤ。絶対にイヤ!」
「このまま伸ばしてもバサバサなだけだ。いっそスッキリして一から伸ばした方がいい」
「イヤァァ、イヤイヤイヤ。やめてやめてやめて!」
「うるさい!」
ブイィィーーーーーーン。
俺はバリカンのスイッチを入れた。
……間違えるなよ、バリカンだぞ。
「イヤァァーーーーー」
必死に抵抗する妹をガッチリロックし、おもむろに当てた。
バリバリ。ジャリジャリ。ブイィィーーーーーーン。
髪は女性の命。その髪をザクザク刈り落とすって予想以上に迫力がある。
なんかクセになりそうな予感が。
やめてぇー--。もういやぁぁぁー-。
殴る蹴る暴れる泣きじゃくる妹をさらに力いっぱい抑え、羊のようにバリバリ毛を刈った。遠慮も躊躇もせず、全ての毛をバリカンでそぎ落とし、最終的に坊主にしてやった。
自分の髪の毛が床に散乱しているのを見て本物の鬼婆になる妹。
「もう、お兄なんて大っ嫌い! あっち行って! 近寄らないで!」
罵詈雑言を浴びせ、そのまま風呂へ走り逃げた。
風呂場から「いやぁぁぁ」という声が聞こえたが、そんなのは無視して床に散乱した髪をゴミ袋に捨て掃除機をかけた。
浴室から出てきた妹は、涙を流しながら悪態をついていたが、俺はその姿をみてゲラゲラ笑った。
だって、マッチ棒にしか見えないんだもの。
「意外と似合うな、その頭」
「う、うるさい! 話しかけないで!」
「サッパリしたじゃないか」
「もうサイテー! 人でなし!」
「屏風に上手に絵が描けそうだなw」
大笑いした俺に腹が立ったのか、ふてくされて布団を被って寝てしまった。
その後、1週間は口を聞いてくれなかった。飯も作ってくれなかった。
が、俺は1か月間は楽しませてもらった。
だって、何度見てもマッチ棒なんだもの。もしくは、割り箸にテニスボール。
ガハハハッ。は、腹いてぇー! 腹筋ちぎれるぅー!




