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妹と同棲生活スタート

 亀の歩みではないが、懸命に面倒を見ているうち妹にも少しづつ笑顔が戻ってきた。毎日一緒にいる安心感が心を徐々に溶かしたのだろう。

 1日1回の笑顔が1日2回になり、3回、4回と日増しに笑うようになった。


 笑う回数が増えると同時に俺の料理の腕もメキメキ上がっていった。


「お兄、味噌汁って何でダシ取ったの?」

「ダシ?」

「昆布とか鰹節とか」

「そんなのしてないよ。お湯に味噌を溶かしただけ」

「……どうりで」

「まずい?」

「お湯を飲みながら味噌を食べてる感じ……」


 子供の頃から母の手伝いをして増田家の味を教えてもらっていた妹は料理が上手だった。ただ、当初は匂いを嗅いだだけで吐いてしまうため、俺の分は自分で作っていた。


 一応、図書館へ行って料理本も借りたのだが、意味がサッパリ分からなかった。

 塩少々って、どのくらいだよ! 醤油小さじ1~2って、どっちなんだよ! 砂糖適量って、適量ってなんだよ! 

 グラムで書けや!


 レシピと格闘しながら作った料理はまったく別の類のモノになってしまい、毎回、敗戦処理の気分で食べていた。


 そんな兄を見かねたのか、

「もう、しょうがないわね。私が作ってあげる」

 そう言い出した。


 このところは吐き気も収まってきたらしく、お粥や味噌汁、海苔、豆腐など胃に優しいものであれば食べられるようになっていた。

 さすがに肉、魚類はまだ先だと思うが、それでもこれは進歩である。


「そうか。悪いな、心配ばかりかけて」

「お兄ってさ、私がいないと何にも出来ないのね」


 意外と嬉しそうであった。


「なに言ってるんだ。お前なんかいなくても1人で出来るぞ!」

「ふーん。毎日同じメニューなのに?」

「うるさいよ!」


 ちなみに俺の得意料理は、モヤシとキャベツと豚肉の炒め物。焼き肉のたれバージョン。

 豚肉をソーセージに変えても美味いぞ。食費が安く済むし。


「じゃあ、私の作った料理食べさせてあげるね」



 キッチンへ立つ妹を見たのは何年ぶりだろう。

 子供の頃から料理が好きで、母に教わりながら一所懸命作っていた。

 2人並んで料理をしている姿は、どこからみても親子だな。と思った記憶がある。


 たまに味見だと言って得体の知れないモノを食べさせられ、

「味見じゃなくて毒見だろ、これ!」

 そう言って頭を叩いて泣かせたこともある。


 すると母が出てきて、

「寛子が一生懸命作ったんだから、食べてあげなさい!」

 と怒られた。


「モノには限度ってのがあるんだよ」

「何が限度よ。作った人の気持ちも考えなさい!」

「じゃ、食ってみろよ!」

「まったく……」


 一口食べた母は瞬間で無口になり、涙目で飲み込んだ。


 ほれ、みたことか!



 勉強熱心で研究好きだから色んな料理にチャレンジするのはいい。失敗して学び、そこから成長すればいい。

 ただ、お前に言いたいのは……。


「味見したの?」

「ううん。まだ」

「まだって……味見しろよ」

「怖くて」


 怖い食べ物を人に出すのか? まずは自分で味見しろ。

 俺はモルモットじゃねぇぞ!



 慣れた手つきで包丁を振るう姿を見てると、そんなどうでもいい事を思い出す。


 しばらくすると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。

 トントンと小気味よい包丁。グツグツと煮物を揺らす美味そうな音。そして味噌汁のいい香り。

 なんだろう、このホッとする時間は。

 長い間、失っていた家族という絆を蘇らせてくれるようだ。


「お待たせ。出来たわよ」


 食卓に並べられた料理は3品。ご飯、煮物、お味噌汁。

 決してゴージャスではないが、温かい味がする。

 心の奥底にまで響き渡る温かくて安心する味。


 妹の作った味噌汁は、まさに母の味であった。


「どう?」

「美味い。母さんの味だ!」

「……うん」


 妹の目が真っ赤に染まってきた。また泣かれると面倒なので、

「そういえばこの間さ……」

 話を逸らした。


 あぶねぇ、あぶねぇ。一度泣き出すと余裕で3時間は止まらないからな。

 今は母の思い出は無しにした方が良さそうだ。


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