お世話になりました
その日、俺は親方の所にいた。引っ越しをするために荷物を取りに来た。
あの妹を見てしまっては放って置くわけにもいかない。なのでアパートに移ることにした。
かくかくしかじかで。と、マンガみたいな説明をし、荷物を整理していた。
整理といってもフィッツケース2個しかないが・・・。
「隆志も大変ね」
「しょうがないですよ。放って置くわけにもいかないですし」
「まさか妹さんが……ね」
「まあ、それでも運がいいと思いますよ、あいつ」
それを聞いた親方が「確かに」そう言って頷いた。
この町に来たから出会えたのであって、他の町で暮らしていたら一生会うことはないだろう。彼女が何をしているのか、どういう暮らしをしているかさえ分らぬまま人生を終える。もしかしたら母親のように、知らぬ間に仏になっていた可能性もある。
そう考えると、偶然だったとしても運はいいと思う。
母は救えなかったが、せめて妹は助けなきゃ。
「親方。仕事のことなんですけど……」
「おう分ってるよ。妹を最優先で診てやれ」
「ありがとうございます。忙しい時は呼んでください。手伝いますから」
「分かった。気をしっかり持てよ!」
「大丈夫です。俺、結構タフですから」
とりあえず今の仕事は辞めることにした。
毎日クタクタになっては面倒をみるどころじゃない。逆に俺が面倒みられるはめになる。
一応アパートの家賃収入もあるし、防犯カメラの売上金もある。細々ではあるが妹くらいは養える。
軽トラに荷物を乗せ、宮本家を去ろうとした時、自宅前にミニパトが止まった。
そして中から警官姿の姉が出てきた。
「あんた、今日引っ越すんだってね」
「うん、世話になったね」
「これでようやくゆっくりトイレに入れるなぁ~」
両腕を高々と上げて伸びをした。
そして上にあげた手を俺の両肩に下ろし、もしかして抱きしめてくれるのか?
ドスッ。
腹に思いっきり膝蹴りを入れられた。
姉はニカッと笑い、
「気合入れろよ!」
再びミニパト乗り込んでパトロールに行った。
いまお前の未来がハッキリ見えたぜ。将来は懲戒免職だっ!
こうして俺は7年間お世話になった宮本家を去った。
宮本家から帰る途中、この辺りでは割と高級なデパートへ立ち寄った。
あのせんべい布団じゃいくらなんでもあんまりである。
人間は人生の3分の1が睡眠らしいので、少し高かったが点で支えるやつを買った。ついでに寒がりな妹のため、羽毛布団も一緒に買った。
俺は人生の3分の2を起きているので、宮本家から貰った布団で十分である。
起きてる時間のが長いじゃん、などと言わないように!
フィッツケースと買ってきた布団を部屋に入れ、引っ越しは終了した。
3分で終わった。
引っ越しを終えた俺は、早速夕飯づくりに取り掛かった。
恥ずかしながらこの年になるまで夕飯など作ったことがない。
いつも母、もしくはおかみさんの温かくて美味しい手料理を食べてきた。
もちろん1人暮らしの経験もないのでキッチンで包丁を握るのも初めてだ。
まあ、適当にやれば適当に完成するだろう。と、超いい加減にやってみた。
出来上がった料理は……ゴミ?
妹は体が弱っているためお粥を作ってあげた。コメを水で煮込むだけなので簡単である。
先ほど帰り際におかみさんが「病気の時は3分粥よ!」と言ってたので大丈夫。
コトコト煮込むこと1時間。出来上がったお粥を食べさせた。
「どうだ。おいしいか?」
「う、うん」
「食べられないなら無理するな。少しづつでいい」
「……うん」
少しづつ、時間はかかるが、本当に少しづつ食べていた。
妹の話ではここ1週間は水しか飲んでないという。お金が底をついているというのもあるが、食べるとゲロってしまい受け付けないらしい。
いわゆる拒食症というやつだ。
14歳から6年もの間ストレスにさらされ、見知らぬ土地に来て懸命に働くも、心と体のバランスが崩れてしまっているのでどれも長続きしない。
仕事を転々としながら今日まで何とか生きながらえてきた。
だが、もう限界を軽く超えている。このまま死のう! 何度もそう思ったらしい。
「お、結構食べれたな」
「……ごちそうさま。……おいしかった」
「そうか、じゃ少し横になれよ」
「……うん」
先ほど買ってきたフカフカのマットレスを敷き、羽毛布団をかけてやった。
誰もいない独りぼっちの部屋に誰かがいる。今まで過酷な人生を歩んできた妹には、これだけでも十分なのだろう。疲れたようで、でも安心したように眠った。
俺は妹が食べたお椀を洗おうとキッチンへ持っていき、残ったお粥を一口食べた。
味気も素っ気も旨味もなにもなかった。
これ、障子に貼るノリだろ! あいつ、よくここまで食べたな!




