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そして誰もいなくなった日

 俺が家を出てから、親父は上機嫌だった。

 口うるさい奴がいなくなり、電たんぽは名実ともに自分の物になる。そしてこれを完成させれば会社も潤い、自分の権威を保てると思った。

 しかし、いくら開発費にお金をかけても作れなかった。


 なにせレジェンドの頭脳が詰まった基板だもの、常人じゃ絶対に無理であろう。


 手柄は自分、失敗は他人のせい、というクズの見本市みたいな親父だ。

 事がうまく運ばないことに徐々にイラつきが大きくなり、そのうち母や妹に難癖をつけるようになっていた。


 その後も何度チャレンジしても思うように商品開発ができず、会社の資金も目減りする一方。社長としての自分の立場に危機感を覚えた親父は、母と妹にストレスのはけ口を見つけてDVを繰り返す毎日だったらしい。


 己の頭が悪いことくらい火を見るより明らかだが、それでも反省することなく、居心地の良い愛人宅へ入り浸るようになった。




 母は、俺が出て行ったショックと親父の暴力を受け止められなかったのだろう。頻繁にケンカをするようになった。

 そのうち家事を放棄しがちになり、それを咎められるとヒステリックに騒いだ。

 騒げば騒ぐほど殴られるという悪循環に陥っていて、この頃はもう笑わなくなっていたらしい。


 自分の旦那が長年の愛人を囲っていたという事実を、45歳を過ぎて知らされた母の気持ちは想像を絶する。いままで信用していた人に裏切られた痛みは、耐えがたいものだったろう。

 さらに、お腹を痛めて産んだ子が目の前で殴られているのを見るのは地獄の光景だ。必死になって娘をかばい、進んで制裁を受けた。


 だが、箱入り娘のお嬢様には屈辱が大きすぎた。

 うつ病を患ってから2年後、自ら天国を選んだ。




 妹も同じくショックだったが、自分まで落ち込んではいられない。そう思い家事全般を担い、無理に笑顔を作って家族の仲を改善しようと努力をした。

 殴られようと貶されようと、家族のためにひたすら頑張った。

 まだ14歳なのに……。


 そんな努力も空しく帰らぬ人となった母。愛人宅へ出て行った父。

 そして妹は広い家に一人になった。

 母もいない、兄もいない、父は女の元から帰ってこない。彼女のすべてが失われた瞬間だった。

 けれども妹は「私頑張る!」と己を鼓舞し、学校から帰って家を掃除し、洗濯し、食事を作り、また学校へ。涙一つこぼさず耐え抜いた。

 父がいつ帰ってきてもいいように……。


 独りぼっちの食事にも慣れた頃、父が突然帰ってきた。

 妹は「これでまた元にもどれる」そう思い、食事を作り、身支度を整え、笑顔で迎えた。

 しかし。

 帰って来た親父の後ろには、見知らぬ女と見知らぬ子供が立っていた。


「今日からお前の家族だ」


 その一言で、妹の心はパンクした。

 唯一の支えが崩れ去った彼女に、もはや信じられるモノは一つもなかった。


 お父さんへ ごめんなさい。


 置手紙を残し、小さな荷物と僅かな貯金通帳を持って家を出た。

 この日、妹は20歳の誕生日だった。


 行くところはない。どこへ行けばいいのかも分からない。

 安住の地は……。


 お、お兄ぃぃぃぃぃー---! 助けてぇぇぇぇー---!



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