涙のエメラルダ
一体なぜ? なぜここにる? その姿は?
聞きたい事が山ほどある。ありすぎて何から聞いていいのかさえ忘れる。
壁に貼られた1枚の写真。子供の時に自宅の庭で遊ぶ笑顔の俺と妹がいた。
そう。ここにいるのは紛れもなく俺の妹なのだ。
「お、お前、寛子か?」
その声に先ほどまで宙を彷徨っていた虚ろな目に力が戻り、焦点が俺の顔にピッタリ定まった。
「……お、お兄?」
「やっぱり、お前寛子か!」
「お……おに……お兄ぃ、お兄ぃぃ、お兄ぃぃぃぃぃ」
ビギャァァァァァァァァァーーーーーーーーー。
電線に止まっていた雀が一斉に逃げ出し、アパートが揺れた。
そして俺にしがみ付き爆音のような悲鳴で泣いた。
自分の身に何が起こっているのか整理できなかった。
ただ現実は、いまここで狂ったように泣いているのは疑う余地などなく妹で、その変わり果てた姿……それだけだった。
小さくて可愛くて、笑うと目じりがクッと下がって、両頬にえくぼが出る。
怒った時は口と頬っぺたを尖らせてプーっと脹れる。
嬉しい時は目をまん丸にさせてニカッとする。
萌えるという言葉は君のためにあるんじゃないか? というくらい。
顔、体系、性格、どれもこれも「愛くるしい」が似合う子だった。
だが、目の前にいる彼女にそんな面影は微塵もなかった。
痩せこけた頬に瞳孔が開きっぱなしの目。きめ細やかでモチモチしていた肌は荒れ果ててガサガサ。キューティクル満載だった髪は、すべての水分と色素が失われバサバサになっている。
そして何度も嗅いだシャンプーのいい匂は、三角コーナーのゴミ臭になっていた。
ここに居るのは俺の知っている妹じゃない。
何が起こったらこうなるんだ。これは夢か幻か。誰か教えてくれ!
俺の頭は半パニックになっていた。
悪い奴に騙されてクスリ漬けか。それとも病気か何かをうつされ脳に伝染したか。考えれば考えるほど悪いことばかり浮かんでくる。
一刻も早く理由を聞きたいが、狂おしいほど泣いている時にそんなことは聞けなかった。
いま俺に出来ることは、こいつを力いっぱい抱きしめてやること。
たとえ目の前にいる奴が化け物だったとしても、それが妹である以上「がんばれ!」と言ってやること。それ以外に出来ることはない。
ガリッガリの今にも壊れそうな体を引き寄せ、全身全霊で抱きしめた。
何時間泣いただろう。
もう涙も枯れ、気力体力も限界に近づいている様子だった。
「とりあえず寝るか?」
「……うん」
悲しいほど薄っぺらな布団を敷き、妹を寝かせてやった。




