もう一人の妹登場
祖父にお礼を兼ねて挨拶をし、妹に「んじゃ」と言って別れた俺は自分のマンションに戻った。
鍵を開け部屋に入ると、案の定というかいつも通り、
「お帰りぃ~」
そう言って声をかけられた。
「……」
「妹さん元気だった?」
「……」
「道、混んでた?」
「……」
「ちょっと、何で黙ってるよの!」
……繰り返し何度も言う。お前んちは隣っ!
この図々しい女の名前は松下凛。俺の部屋の隣に住んでいる若干17歳の小娘だ。ひょんなきっかけで仲良くなり、それ以来、事あるごとに俺の家へ遊びに来る。
腹が減れば勝手に冷蔵庫を開け、眠くなれば人んちのソファーで爆睡する。
鍵をガッチリ閉めているのに俺が帰ってくると、どういう訳か部屋の中で寛いでいる。
どうやって入ったんだよ。
ってか、どうやって見つけたんだよ予備の鍵を!
俺と凛は相性がいいというか、ウマが合うというか。
年が離れている兄妹みたいな感じだ。
お互い人見知りするタイプではないので、仲良くなるのが早かった。
ここに引っ越してきて間もない頃、ゴミ収集の曜日が覚えられず間違った日に出してしまった。
すると、そこへ学校へ行こうとしていた凛が現れて「今日ゴミの日じゃないですよ」と注意された。
「あっ、すいません。以前暮らしていた所は今日だったので」
「ハハハハ」
笑いながら登校して行った。
場所や自治体によって収集日が違うため、引っ越ししてすぐの頃は覚えるのが大変である。分別も地域によって異なるので仕分けが一苦労であった。
ゴミの分別表を見ながら仕分けするのだが、昔のクセというか何気ない感じで捨ててしまい、間違えることもしばしばだった。
その度に「スチール缶は燃えない日、アルミ缶は資源ゴミです」「割れた蛍光灯は明日ですよ」などと指導を受けた。
当時15歳だった凛に毎度お叱りを受けていたある日、
「はい、これ!」
彼女から数枚の紙を手渡された。
題名は ゴミの収集日と分別方法 だった。
丸っこい可愛らしい字で書かれた資料は、上手にまとめられていて見やすい。図解入りで詳しい内容まで正確に書き出されていた。
「へぇー、面白いモノ作ったね」
「お兄さんいつも間違えるから、図を描いて説明した方がいいかな、と思って」
「ありがとう。これがあれば間違えずに済むよ」
「いえ、どういたしまして」
「便利な物をもらったからお礼するよ。ちょっと家へ寄っていかない?」
「えっ? それって私を誘ってる?」
「あっ、いや。青森のおじさんからリンゴジュースが届いたから、どうかな?と思って」
「ふーん。お兄さんって、そういうナンパのやり方なんだ」
「なっ……」
最近のクソガキは! 大人をなめるなよ。家へ来たら……ウヒヒヒヒ。
とりあえずキンキンに冷えたリンゴジュースを飲ませた。
どうだい? 白雪姫さんよ!
「おいしー-い」
満面の笑みで叫び、そこからハマってしまった。
リンゴジュースじゃなく俺んちに。
娘が遊びに来るようになると、親近感が湧くので彼女の両親とも自然と仲良くなった。
旅行へ行けば必ずお土産を買ってくる。お返しに愛媛のみかんジュースを持っていく。そのお返しに母親の作った手料理が届き、そのお返しに信州のぶどうジュースを。絵にかいたようなお隣同士になっていた。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
ドアを開けると彼女の母親が総菜の入った器を手に立っていた。
「隆志さんこれ、夕飯にどうぞ」
「ありがとうございます」
「もしかして凛いるの?」
「はい。バッチリ居ますよ」
「いつもいつもすいません。りーん、そろそろご飯だから帰ってきなさい」
母親がそう叫ぶと「ふぁーい」と言いながらやってきた。
「ちょっと凛。いつも遊びに来て隆志さんに迷惑でしょ!」
「いいじゃない。家もここも一緒だし」
一緒じゃねぇよ。ここは俺んちだよ!
「そんな自分勝手なこと言って。ご迷惑ですよね、隆志さんも」
「大丈夫よ。お兄は気にしてないもんね?」
「またそんなこと言って」
「それよりお母さん。ちょっと来て」
人んちへ勝手に案内するんじゃねぇよ!
「ちょっとこれ飲んでみて」
「何これ?」
「リンゴジュース。青森の親戚から送ってきたんだって」
「あら美味しいわね。さすがリンゴの本場ね」
座るな! そしてまったりするな!
「そういえばこの間、学校帰りに新しいお店を見つけたの」
「何屋さん?」
「まだオープン前だから詳しくは分からないけど、ケーキ屋みたいな感じ」
「ケーキ屋!」
……なあ、もう帰ってくれよ。




