助走
コンコン。
「元気か?」
「お兄、久しぶり。どうしたの?」
「いや近くまで来たもんだから。はい、お土産!」
「ありがとう。これ好きなんだよね」
妹はバームクーヘンが大好きだ。子供の頃から「好きなものを買っていい」と言われれば、8割方「バームクーヘン」と答えていた。
理由はよくわからないが、たぶん甘いからだと思う。
俺は歯にくっつく感覚が嫌いで貰ってもあまり食べない。どっちかというと噛み応えのあるスルメとかせんべいとかの方が好みだ。
「よく私の好きなもの分かるわね」
「お前、何年付き合ってると思ってるだ?」
「アハハハ、そうだよね」
好物を貰ったせいか、いつにもまして上機嫌に笑う妹。
「あっそうだ! せっかくだから、おじーちゃんに挨拶していけば?」
「今日いるの?」
「いるよ。院長室に」
「あっそ。じゃちょっと顔出すかな」
コンコン。
「はい、どうぞー」
「いつも愚妹がお世話になってまーす」
「何だ、隆志か」
何だって何だよ!
俺は手土産のワインを渡し、院長室のソファーに腰を掛けた。
こちらはとにかく酒好き。なかでもワインには目がなくて、友人たちとワイン研究会なるものを設立し、あちこちの店を探索しているらしい。
酒が飲みたいだけだろ?
祖父はおぼつかない手つきでお茶を入れながら、
「今日は何しに来たんだ?」
スッとぼけた表情で言った。
「いやあ、いつもバカ妹がお世話になっているから、お礼参りに」
「なにがバカだよ。お前よりはマシだろ?」
「相変わらず口だけは達者だね。口だけね!」
「うるさいよ!」
「その分じゃ、まだまだ長生きしそうだなぁ~」
「なんだそれ? お前は俺が死ぬのを待っているのか?」
「そのうちここを乗っ取ろうかと思って」
祖父はニヤリとした。
毎回思うのだが、祖父との会話はかみ合っているようでかみ合っていない。お互い適当というかなんというか、その場しのぎに思ったことをしゃべっているだけ。そんな感じだ。
「ねぇ、じぃーちゃん。一つ聞きたいんだけど」
「ん? なんだ?」
「あいつ、使えそう?」
「あいつって、寛子のことか?」
「うん、そう」
「はあ? お前何言ってるんだ? 使えるもなにも即戦力だぞ」
「即戦力ぅ~?」
「お前は使えないけどな!」
「じーちゃんよりマシだろ?」
祖父は少し考えたフリをして、
「ま、お前の気持ちは分からなくもないがな」
そう言って笑った。




