表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/72

壁に貼られた写真

 しばらく監視を続けながら作業をしていた。


 あれ以来、会うこともなく出てくる気配もなかった。

 試しに彼女の部屋の周りをウロウロしてみたり、隣の部屋で作業しているフリをしながら壁に耳をあてたりしたが、本当に物音一つしない。ただ電気メーターはほんの少しだけ動いている。冷蔵庫くらいの電力だが……。

 ほぼ毎日ストーカまがいの行為を続けた。


 姉に見つかったらニヤニヤしながら、

「やっぱり! あんたはやる男だと思ってた!」

 と言われ、テンプルに強烈なハイキックをくらって即逮捕だろう。

 いや、その前に墓場だな。



 人がいることは確実だが、ただ気配がしない。

 頭の中を嫌な予感が駆け巡る。もしかして倒れて……いや死んでる?

 ずっとヤキモキしたままじゃ仕事が手に付かない。それに家賃滞納の件もあるし、思い切って声をかけてみるか。


 玄関先で己の頬を2~3回叩き、気合を入れてインターホンを押した。

 反応なし。

 さらにもう一度。

 微かではあるが中で動く気配がする。

 よかった、生きてる!



「すいません。ここの大家ですけど、家賃についてお話ししたいと思いまして」


 反応はなく、聞こえているのかどうか分からない。

 もう少し大きな声で、


「すいません。大家です。少し話をさせていただけませんか?」


 すると、ドアの向こうからカタカタという音がし、ドアスコープが一瞬暗くなった。

 いま覗いてる!


 俺はすかさず「こんにちは。大家の増田です」と挨拶した。

 覗いていることがバレてギョッとしたのだろう。ガタッと慌てる音がした。


「こんにちは。ちょっとお話いいですか?」


 ようやく観念したのか、カチャという音と共に玄関のドアが少しだけ空いた。

 また閉められては元も子もない。

 俺は素早く隙間に足を入れ、左手でドアを押さえた。


「突然ごめんなさい。家賃のことで伺いたいことがありまして」


 訪問セールスも呆れる強引さで玄関先へ体をねじ込んだ。

 半ば諦めムードで立ち尽くす彼女。

 その顔に生気はなかった……。


 頬は痩せこけ、鎖骨が尋常じゃないくらい飛び出ている。手足は小枝のように細くちょっと触ったらポキッと折れそうなくらい。髪の毛は長くボサボサで栄養が行き届いていないであろう不健康な茶色をしている。

 痩せこけた顔から目だけが大きく見開かれ、その瞳には一切の光も希望もなかった。

 腐った魚の目。その表現が相応しいくらい。

 あの夢に出てきた化け物女そのものだった。

 すでにオシッコが漏れていたが、ここで引き下がることは許されない。


「えーっと、すいません。あなた家賃滞納されてますよね?」

「……せん」

「えっ、なんですか?」

「……ません」

「あのう、ごめんなさい。ちょっと声が小さくて聞き取れないんですが」

「すいません」


 腹から声が出ないのだろう。かすれた声で精一杯の返事をしていた。


「いや、急に押しかけてこちらこそすいませんでした。ただ家賃滞納について、どうしたのかな?と思いまして。もしよろしければ事情を聞かせてもらえませんか?」

「……」


「申し遅れました。私、今度このアパートを譲り受けて新大家になりました増田と申します。せっかくなのでご挨拶がてらお顔を拝見したいな、と思った次第でありまして・・・。以前の大家さんから滞納者がいるとは聞いていたんですが、てっきり野郎だとばかり思ってまして。まさか女性だとはつゆ知らずご無礼仕りました。何か深い事情がおありのようですから、それをお話していただければ光栄至極に存じます。いえ、決して無理やり脅すとか、出て行けとか、そんな鬼畜の所業はいたしませぬゆえ……」


 もはや自分でも何を言っているのか分からなかった。


 だって、めちゃめちゃ怖いんだもん。



 とにかく何とか会話を続けようと、言い訳じみた説明を長々としていた。

 しばらく俺の独壇場で話を進めていたが、そのうち彼女が前後に揺れ始め、立っているのもしんどい感じでフゥーとため息をした。


「あっ、ごめんなさい。玄関で長々と。立ち話も何ですから中で話しませんか?」


 自分の部屋でもないのに図々しく上がりこもうとした。

 いや、正確に言えば俺のアパートなんだけどね。


「ど……うぞ……」


 部屋に招き入れた彼女だったが、すでにヨロヨロしていて歩くのもおぼつかない。


「大丈夫ですか?」


 そう言いながら彼女の腕を支えてあげた。


 ……ん?


 物凄く違和感があった。いや違和感ではない。何というか、一度触れたことのある感触というか、昔懐かしい思い出というか。

 部屋に通され、壁に貼られた1枚の写真を見て俺は絶句した。


 お、お前、氷のエメラルダスか!?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ