夢と現実の足し算
俺もこの道7年目に達し、いっちょ前に扱われだした頃。
以前アパートのリフォームを頼まれた大家さんから連絡がきた。
「見てもらいたいアパートがあるんですけど」
「わかりました。場所はどこですか?」
場所と打合せ日時を決め、現地へ向かった。
大家さんはこの辺りの資産家で、いくつものアパート、マンションを保有している。
彼女のご主人は数年前に亡くなって、今は自分が物件の面倒をみている。
それまではご主人主導でやっていて自分は口出ししなかった。
だが、亡くなっていざ後を継いでみると、金に目のくらんだ鬼畜どもがハゲタカのようにやってくるらしい。
俺も実際に大家さんのアパートをリフォームしていて、
「何だこれ、こんないい加減な工事あるかよ!」
とブチ切れたほどだ。
彼女はこの業界には不慣れだったため、業者、不動産屋にいいようにカモにされていた。
そこへ、親方直伝の俺と出会ったものだから「これぞ天の助け!」と思ったらしい。
大家さん、天の助けどころか地獄の使者だぞ、うちの親方は!
一度その姿を見てみ!
1歳児の赤ちゃんがビックリしてしゃべり出すくらい怖いから。
すでに大家さんは待っていた。
俺は挨拶をし、とりあえずアパートを一周してみた。
見た瞬間「あーあ」と思った。
ある程度リフォームなり何らかの手は入れてあるが、何と言っていいのだろう。いい加減というか手抜きというか。
鉄骨はペンキが剥がれて錆だらけ。外壁は穴が開いたまま放置。雨どいは割れて駄々洩れ……。
物件もさることながら、仕事に対しての熱意や愛情が感じられないのだ。
金のため。金さえもらえればそれでいい。
人生は金、金、金の亡者という据えた匂い。
分かる?
「これは酷いですね。ちょっと一部屋づつ確認していいですか?」
そう言いながら一部屋づつ見て回った。
畳8畳、キッチン4畳半 バストイレ別。それが上下4つで合計8世帯。
内装はボロボロだった。
壁紙はめくれ上がり、床が何か所かフケていてブカブカ、水漏れしてたであろう壁のシミ。
「どうですか?」
「これ、長い間放置されてませんでした?」
「はい。主人が無くなってから何度か手を入れたんですけど、結局この有様で」
「やっぱり」
「もう古いので不動産屋に「こんな物件に人は入らない。手直ししても無駄」と言われまして」
「無駄ではないと思いますよ。元々はいい材質ですし、直せばまだ大丈夫かも」
「いくらくらい掛かります?」
大家さん言葉に返答が詰まった。
時間さえかければ綺麗になる。
躯体も悪くないし、元々の使っている素材もまあまあイケてる。
ただ、綺麗にするには手間と暇と金がかかる。外壁から内装に至るまで、ほぼフルリフォーム状態になってしまうだろう。
俺はとりあえず全体像と部屋の写真を撮り、
「一度持ち帰っていいですか。親方に聞いてみます」
と言った。
「是非、よろしくお願いします」
帰り際、一番端の部屋のドアを開けようとしたら、
「あっ、そこはダメです」
と言われた。
「物置か何かですか?」
「いえ、入居者がいるんです」
「えっ、入居者ですか?」
「このところ家賃の滞納が続いてまして……」
大家さんには失礼だが、この手の物件にはよくあることだ。
全体がピカッとなり、新しい入居者が入ってくれば、なぜか居ずらくなって出ていくことがある。それほど気にしなくて大丈夫だろう。
見積もりが出来たら報告すると伝え、自宅へ戻った。
夕飯時、親方に報告すると、
「壊して新築の一軒家建てた方が早いんじゃねぇか?」だった。
確かに外壁だけでも数百万、内装だけでも8世帯あれば百万以上はかかるだろう。1千万とは言わないが、新築の方が長い目で見て合理的だと思う。
土地が広いので切り売りすればいくらかにはなるだろうし、滞納者も追い出せるので一石二鳥じゃないだろうか。
色々な案を考えながら見積もりを算出した。




