表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/72

それぞれの日 それぞれの道

「おかみさん、ごめん。時間ないから今日朝メシいいや」

「ちょっとは食べないと体もたないわよ!」

「途中で買うからいい。残ったら夜に回しといて。いってきまーす!」


 今日は初めて1人で作業を行うので少し緊張していた。

 3~4日前、親方が職人仲間の知り合いの、知り合いの、知り合いとかいう、要するに誰だか分からない人から仕事の依頼を受けた。内容はアパートの一室をリフォームして欲しい。との事。



 春の引っ越しシーズンもあってか、このところやたらと忙しい。

 現場が2件~3件重なることも多く、超高速スピードで仕上げる天才の親方も手一杯になっていた。

 午前中の仕事をこなし、午後は別の現場へ移動する。

 親方のような人気職人には当たり前の光景だ。

 ただ、期日が限られていると余裕などなくなり、土日返上で働かなければいけない。


 俺が一人前なら手分けすることも出来るのだが、何せ働き出して今年で4年とちょっと。職人にチョロ毛が生えた中坊の実力しかないため、アシスタントをするのが精一杯である。

 ある程度のことならそこそこ出来るようになったが、それでも本格的となると無理である。



 で、話を戻すと。


 親方と一緒にアパートを確認に行った際、

「おい隆志、これだったら1人で出来るだろう。お前やってみろ!」

 と言われた。


 初めて一人前として認められた感じで嬉しかった。けど半面、不安もあった。

 はたして1人で出来るものだろうか。


「もしダメだったら俺に言え。何とかしてやるから」

 この一言が決め手になって「はい。やらせてください!」と意気込んでしまった。

 今更ながらちょっと後悔しているが。



 今日はその初日なので遅れるわけにはいかない。

 大家さんも待っていることだし。

 俺は軽トラの寅ちゃんをアクセル全開で走らせ現場へ向かった。


 現場に着くと品の良いおばあさんが待っていた。


「どうもはじめまして。増田と申します。よろしくお願いします」

「こちらこそはじめまして。よろしくお願いします」


 当たり障りのない挨拶を交わし、これからやること、直す箇所、完成日数などを打ち合わせをした。


「俺まだひよっこなので完成まで少し時間がかかりますけどいいですか?」

「大丈夫ですよ。ゆっくりやっていただいて」

「なるべく早めに、しかも丁寧にやるよう努力します」

「本当にゆっくりでいいわよ」

「じゃ、早速取り掛かります」


 そう言って大家さんに別れを告げた。


「さてと始めるか!」


 頭にタオルをギュッと巻き気合を入れた。

 サイズの計算をしながら材料屋に連絡を入れ、解体、調整、他にやることをやって1日が終わった。



 次の日も早朝から現場へ行き、とにかく丁寧な仕事を心掛けた。

 俺が手を抜くということは親方の名前に傷が付くから。


 本来は4日で出来上がるところを丁寧に1週間かけてリフォームした。

 床板や水でふけた箇所はもちろんだが、傷ついた壁紙を張り替え、電気コンセント、トイレ掃除から全体の拭き掃除まで隅々を綺麗に手入れした。


 俺の仕事は内装工事で清掃や電気系統は関係ないのだが、わざわざ職人を呼んでまで頼むほどではなく、手が空いてれば簡単に出来る仕事だったので、ついでに直しておいた。


 完成した部屋を見てもらうと「凄く綺麗に仕上げてくれた」と大喜びされた。

 手間暇はかかったがそれはそれでいい。


「あなたすごく丁寧な仕事をするのね」

「いつも親方に言われてますから。どんな仕事でも手を抜くなって」

「立派な親方さんね。また頼むわね」


 大家さんから次回に繋がる営業も取れた。

 俺の初仕事は大成功であった。




 家へ帰ると夕飯が用意されていた。

 親方はまだ帰って来ないらしく、おかみさんと2人で食べた。


「香苗、今頃どうしてるかね」

「クタクタの状態で夕飯食べてるんじゃないですか?」


 姉は今年の春から全寮制の警察学校へ行っているため家にはいない。

 元来、負けず嫌いの男、いや、あしゅら男爵だから根性を決めて頑張っているだろう。

 届いた手紙の一文に「薄汚い子犬は元気?」と書かれていたので、もう少し厳しくしてもいいんじゃないかな? と思う。


 姉が家を出てからしばらくは、親方もおかみさんも元気がなかった。

 ただ、いきなり2人きりの生活になるより、俺がクッションの役割を果たしたようで「お前がいてくれてよかったよ」2人に何度も言われた。


 3人生活から一変、今まで当たり前にあったものが無くなる寂しさ。愛娘のいない空間がさらに寂しさを強くするのだろう。


「いいじゃないですか。また新婚生活に戻ったと思えば」

「うるせぇーよ」


 頭をはたかれた。


 香苗の性格の元はお前か! お前が種か!


 すべては時間が解決してくれる。

 始めは気落ちしていた2人も時を経るごとに平常運転になり、2年目を過ぎる頃にはいつもの生活に戻っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ