俺は香苗のお・も・ちゃ
「あんた、どうしたの?」
「何が?」
「その作業着!」
「ああこれ? 現場でちょっと引っかけちゃって」
もう9月だというのに気温は一向に下がる気配がない。
残暑という名の猛暑だった。
あまりの暑さに職人たちもバテバテで、みんな意識朦朧としながら仕事をしていた。
御多分に漏れず、俺もデロンデロン状態で作業していた。
工具を取りに行こうとヨタヨタ歩いていると、
ビリッ。
飛び出ていたビスに肘を引っかけてしまった。
「すいませーん。ビス頭出てますよ」
「おお、すまん!」
山ちゃんが慌ててやってきて手直しした。
「なんだ、作業着破れたのか。すまんな」
「いやぁ、しょうがないですよ。熱いですから」
「ホントだよな。もう9月だぞ? こんな状態じゃ仕事になんねぇよな!」
そりゃミスも多発するって!
午後になっても一向に涼しくなる気配はなく、むしろ気温は上がる一方。
親方含め、全員がほぼ限界の中で働いていた。
ビリッ、ベリッ。
今度はパンツの膝をビスに引っかけてしまった。
「すいませーん。ビス頭出てますよぉー」
「悪ぃ、悪ぃ」
再び山ちゃんが来て手直しをした。
「もうさ、頭がクラクラして、何やってるのか分かんなくなっちまうよ」
「いい加減、涼しくなってくれないですかね?」
「ホントだよな」
職人は夏でも長袖が基本である。
いまみたいに何が飛び出てるか分からないし、現場では危険な道具や足場の悪い箇所があるため、安全確保が最優先である。
もし半袖を来ていたら今頃俺の肘や膝は血まみれになっていただろう。
なので、どんなに暑かろうが長袖長ズボンは必須だ。しかも割と厚手のヤツを!
そんな格好で作業しているのだから、みんな頭が沸騰していた。
「ちょっと脱ぎなよ」
「はい?」
「私が縫ってあげるから」
「姉ちゃん裁縫できるの?」
「まあ、あまり上手くないけどね」
「ふーん。女の子っぽい一面もあるんだね」
「うるさいわよ!」
バキッ。
首の付け根に手刀を入れられた。
もうさ、暑くって言葉も出ないよ。
姉は作業着を持っていそいそと部屋へ上がって行った。
俺はエアコン独り占めし、リビングのソファーで麦茶を1リットル飲み干しながら、姉が降りてくるのを待っていた。
それから3時間くらい。
「だいぶ時間がかかってるな。もしかして、実は裁縫苦手なんじゃないの?」
そう思いながらウトウトしていた。
ドカッ。
ふくらはぎを蹴られ、目が覚めた。
「ほら、出来たよ」
「ああ、ありがとう」
「ちょっと着てみてよ」
「ああ、うん」
袖を通してみた。
「アハハハ、可愛いぃぃ!」
その姿を見て大笑いする姉。
よく見ると、肘と膝の破れた部分にパッチワークが……しかもクマとパンダのワッペンで!
「ちょっと待て! 何してくれたんだ!」
「破れた箇所の補修よ」
「こんなの恥ずかしいだろうが!」
「そんなことないよ。似合ってるし可愛いよ」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「現場って男ばっかりでしょ? 華やかさが足りないから、このくらいが丁度いいのよ!」
「こ、このサイコ野……」
「なに? やるつもり?」
姉が臨戦態勢に入った。
今日という今日は決着を付けてやる。いままで女だから手を抜いてやったが、男が本気になったらどうなるか思い知れ!
自分でも惚れ惚れするくらい華麗な蹴りを見舞ったが、姉はあっという間に避けて、俺の側頭部へカウンター蹴りを炸裂させた……。
姉ちゃん。破れた箇所の補修は許容してやる。けど、破れてない箇所にキリンやゾウのワッペンをあしらうのはやめろ!
これじゃ、まるで移動動物園じゃねぇか!
近所の子供たちがワクワクしながら集まってくるだろうがっ!




