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ありふれた日常

 コンコン。


「ねえ、まだ?」

「入ってます」

「……」


 コンコン、コンコン。


「そろそろ交代の時間でーす」

「うるさいわね。トイレぐらい落ち着いてさせなさいよ」

「……」


 ガンガンガンガンガン。


「いい加減にしろ! もう膀胱が! 膀胱がぁぁ!」

「知らないわよ。風呂でしたら?」

「なんで朝っぱらから風呂でしなきゃならねぇんだよ。まるで変態じゃねぇか!」


 ガサガサ、ジャァァァーーー。ガチャ。


「変態!」

「ふんづまり!」


 バタン。

 膀胱が恍惚の表情を浮かべていた。


「毎日よく飽きないわね、あんた達」


 半分呆れた口調で毎朝ため息をつくおかみさん。


「だから、悪いのはコイツなんだって!」


 毎朝そう言って俺を指さす姉。


 2人ともよく飽きないわね!



「おーい隆志、そろそろ行くぞ」

「へーい」


 そう言って親方の運転する車に乗り込んだ。


 一応俺も免許は持っている。

 18になりたての頃「田舎じゃ免許は必須だぞ」と言われた。

「お金ないっスよ」

「じゃ、俺が出してやるよ」

 そう言われて免許を取りに行った。


 毎日、親方に送り迎えしてもらうのは申し訳ないので「今日、俺運転しますよ」と言うと「俺、まだ死にたくねぇから」と真顔で答えていた。

 その性格、誰かに遺伝してるんですけど……。



 現場では親方にタップリと絞られ、時々他の職人から「仕事手伝え!」との発注を受け、人気者のホステスみたいに渡り歩いた。



 夕方5時過ぎくらいに終わり、そのまま真っすぐ自宅へ。帰るとおかみさんが「お風呂沸いてるわよ」と言い、親方、俺の順に入る。

 風呂から上がったら「お疲れ様」といい、おかみさんが親方にビールを注ぐ。

 俺はこの姿を見ているのが一番好きだ。


 家族のために一生懸命仕事をし、帰ってきたら風呂とキンキンに冷えたビールを用意して待っている。

 まさに主婦の鏡である。


「おかみさんってホントいい女ですよね。旦那のためにここまで尽くすなんて」


 それを聞いた親方は咳き込み、翌日の食卓は俺だけステーキだった。



 3人で他愛もない会話をしつつ、しばらく経った頃、バイトから姉が戻ってくる。


「お母さん、お腹すいた。ご飯!」


 そう言うとおかみさんはスッと席を立ち、おかずと味噌汁を温めて姉の元へ。

 それをありがたみもなくパクパク頬張る。


「ねぇ、せっかく作ってくれたんだから、ありがとうくらい言ったら?」


 テーブルの下から蹴りが……。



 親方が日本酒を飲んでいる間、お茶、時々ケーキを食べながら一家団欒の時間。

 ほぼ姉の独壇場で話が進んでいき、定型文のように俺をイジって笑いを取る。


「こいつが最初に来た時は、薄汚い犬だったよね」とか「あんたってモテないでしょ」とか。

 それに対して俺は「姉ちゃんってキレイだよね。小指の爪が」とか「そういう性格だから男にフラれるんだよ」とか。

 それを聞いて親方とおかみさんが大笑いする。


 宴もたけなわの頃、姉が風呂に入り最後におかみさんが入る。

 そして就寝。



 何気ない家族団欒の一コマだが、これが楽しくてしょうがない。

 別に特別な何かがあるわけではない。普通でいいし、普通の日常こそが原点だろう。

 毎日続くこの会話が今の俺には必要不可欠な要素だった。

 親方のところへ居候して2年経つが、今が一番幸せである。



 俺を家族の一員と認めてくれているのか、風呂上がりにパンツ一丁で廊下をウロウロする姉。

 そのイチゴ柄のパンツを見て、彼氏の趣味なの? と心の中で思う。


 これが俺の毎日である。



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