危険な女の登場2
電車に揺られること1時間。若者とオシャレ娘が集う街に着いた。
どこを見ても人、人、人の波である。田舎町に慣れてしまうと、この雑踏が息苦しくてたまらない。
姉は久しぶりの都会とあって可愛らしくキャッキャと騒いでいたが、俺は気が気じゃなかった。
なにせここから電車で10分も乗れば生家があり、完全な地元である。
唯一学校だけが離れた場所にあるので友達に会うことは少ないと思うが、それでも誰かに会う確率は高くなる。
特に妹と会うのだけは避けたい。
俺はジャージの襟を立て顔を隠すように歩いた。
そんな俺の薄暗い過去を知ってか知らずか、姉は水を得た魚のようにあっちこっちの店を探索して回った。
小じんまりした店で小洒落た服を小生意気な店員から小1時間かけて買っていた。
この手の店は性に合わない。元々、洋服に関しては無関心で、肌が隠れていれば何でもいいと思っている。
電気街でパソコン部品を物色している方が有意義だと思うが……。
姉の物欲はブラックホールの如く、洋服を筆頭に雑貨、文具など多岐にわたっていた。
腹が減ったらイタリアンレストランで2000円もするパスタを食べ、疲れたらオープンカフェなる所でコーヒーとケーキに1500円も出していた。
美味くもなんともないのに。
その後も色んなお店で大量に買いまくっていた。
「もう満足。おなか一杯!」
どこかの爆買い富裕層も真っ青な勢いで買いまくり、超ご満悦の姉はまだまだ余裕という感じ。
執事に任命されている俺は、姉の後ろを大量の買い物袋を抱え、15ラウンドフルに戦ったボクサーのように歩いていた。
「あっ、ちょっと待って。もう1件いこ」
頭にネクタイを巻いたサラリーマンじゃないんだからさ、もうやめよ。
「ま、またですか?」
「また?ってなによ! あんたを楽しませるために来てるんでしょ!」
「いや、一向に楽しくないんだけど……」
「楽しくないって、失礼な奴ね!」
「もう疲れたよ」
「あんたってホント体力ないわね」
「……」
「じゃ、最後の1件ね。いい?」
「本当にこれが最後の最後だからね」
そう言って渋々付き合ったのが、意外にもメンズショップであった。
「なんだよ、彼氏にもプレゼント買うのかよ」
「今日1日付き合ってくれたから、あんたにも何か買ってあげる」
「は?」
「今日は付き合ってくれたからお礼してやる、って言ってるの!」
「いや、いいよ俺は」
「遠慮しないで選びなさいよ」
「いや、本当に大丈夫だから」
「買えって言ってるの!」
「いいって言ってるの!」
「買え!」
ドスッ。
腹に中段突きを食らわされた。
もうさ、疲れたよ、パトラッシュ!
姉に逆らうことは出来ず、せっかくなので店内を物色した。
これから夏本番に向けて夏色がズラリと並んでいた。その中で半袖のポロシャツがあり、これから重宝しそうだな。と思ったので、ポロシャツを1枚選んだ。
「これどう?」
真っ白で爽やかなポロを選んだら「汚れが目立つ」という理由で却下された。定番の紺色を選んだら「地味すぎる」と一笑された。
「これなんかいいんじゃない?」
姉が選んできたのは、赤地に黄色のボーダー柄で、胸には大きく真っ青な刺繍が……。
「ちょっと派手じゃない?」
「若いんだからこれくらい大丈夫でしょ」
「せめて刺繍のもう少し小さいやつが……」
「これぐらいが目立って丁度いいのよ」
「姉ちゃんってセンス……」
ガスッ。
こめかみに手刀が入った。
なあ、俺はお前のサンドバックじゃねぇんだ! 何かするたびにいちいち技を使ってくるんじゃねぇよ! 脳がグラつくだろうが、この縞パンがっ!
結局、どの場面で着ていいのか分からないポロシャツを買ってもらい、大きな荷物を抱えて帰りの電車へ乗り込んだ。
丸1日遊んで、もう疲れ果てて言葉も出なかった。
体力バカの姉もさすがにクタクタらしく、しばらくして俺の肩へ寄りかかり寝てしまった。
電車は地元を離れドンドン遠くへ俺を運んでいく。猛スピードで流れていく景色。それをボーっと眺めながら「妹元気かな?」そう思っていた。
月日って早いな……。




