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修行はつらいっス

「おい隆志、それ面取りしておいてくれ」

「へーい」


 親方の弟子になって一番最初に習った技である。

 面取りとは木材の角を削り取る作業で、これが以外に難しい。まっすぐに引かないとボソボソになったり面が歪んでしまう。やりすぎるとサイズが合わなくなる。


「面取りは基本中の基本だぞ。練習しておけ!」


 最初はヘタクソで歪みまくり、親方に「なにやってんだよ!」スケールでビシバシ叩かれた。たまに上手くいってニヤニヤすると「調子にのるな!」さしがねで小突かれた。


 ここで「いや」だの「でも」だのと言ってはいけない。

 こっちは教えて貰っている身分なのだから、返事は「はい。わかりました」もしくは「すいません」の2つだけだ。

 それが職人の道である。



 言われた通り、カンナの歯出しをして角材をシューシュー削り取っていると、

「おっ、やってるな。今日も修行つけてもらってるのか」

 他の職人たちがぞくぞくとやってきた。


「宮のオヤジ、こいつ意外と器用っスね」

「おう、今までの中じゃ割と素質あるかもな」

「申し訳ないんだけど、ちょっとこいつ貸してもらえないっスか?」

「なんだよ。こないだの奴、なんていったっけ? あいつどうしたんだ?」

「クビにしましたよ。何だかカッコつけたことばっかり言ってたから、うっせー、お前もう来なくていいよ!って怒鳴りましたよ」

「アハハハ、そうか」

「人足りないんで、ダメですか?」

「まあ、いいよ。隆志、山ちゃんの仕事手伝ってやれ!」


「へーい」


 俺はまだ見習い期間中で、親方の傍にいてもほとんど仕事はない。

 材料の用意とか、昼飯の買い出しとか、作業終わりの掃除とか雑用がほとんどだ。

 面取りなどの仕事は教えてもらったが、本格的に作業をするのは10年早い。

 なので、手の足りない職人がたまに俺をレンタルする。


 色んな男に抱かれているみたいで複雑なんですけど……。



「おい隆志、ボード貼るから下地つくれ!」

「いや、でも俺インパクト持ってないっスよ?」

「インパクトじゃねぇよ。タッカーを使うんだよ」

「タッカー?」

「なんだよお前、タッカーも知らないよかよ」


 山ちゃんはそう言いながら自慢の道具を取り出した。


「いいだろこれ。結構高かったんだぞ」


 簡単に言うとホチキスの大きいバージョン。圧縮された空気を機材に送り込み、その勢いでホッチキスのデカいのが飛び出て壁を止める、という代物。


「へぇー、面白いっスね」


 目新しいモノを手にして張りきった俺は、破竹の勢いで下地を作っていった。

 ガンガン作る俺に対して山ちゃんも負けてはいない。インパクトを片手にボードを貼りまくっていた。


 職人は自分の持っている道具を人に貸すのは稀である。

 値段が高いというのもそうだが、道具は言ってみれば食いぶちを稼ぐ種であり、魂の籠った相棒である。その相棒を人に委ねるということは信用されたということである。

 信用されて嬉しくなった俺は、さらにハイスピードで仕上げていった。



 午前中の仕事を終え、昼休憩となった。

 俺が買ってきた唐揚げ弁当を食いながら、

「宮のオヤジ、こいつ仕事早くて万能っすね。俺に貸してくださいよ。いい軽天屋になりますよ」

 山ちゃんにスカウトされた。

 けれど親方は、

「まだまだ半人前だ。俺がたっぷり鍛えて一人前にしてやるよ!」

 何だか怖ろしい事を言っていた。


「でもこいつ、この間、電気屋のナベちゃんとこでもいい仕事してたらしいじゃないですか」

「まあ、手先が器用だからな」

「どうだ? 俺のところに来てみる気はねぇか?」


 そう言われても困る。俺は親方の弟子で、親方について修行している以上、他には行けない。

 俺が返答に困っていると、

「自分の人生だ。好きな方を選んでいいんだぞ」

 そう言ってくれた。


「あちこち教えてもらうのは嬉しいですけど、やっぱ親方っスね」


 それを聞いた親方はパァーっと笑顔になり、おかみさんが作った弁当をムシャムシャ食べていた。


 休憩時間が終わって午後の仕事に取り掛かったが、その辺に関してはあまり思い出したくない。

 何故かは知らないが、普段の3倍以上シゴかれた気がする。

 バタン・キューって本当にあるんだな。


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