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いさ決戦の時 

 妹の話を聞き、こめかみと心と色んな部位がウズウズしてきた。と同時に怪しい影がヒッヒッヒッと笑いながら俺の導火線をいじくっていた。

 とにかく冷静であれ。そしてピュアであれ。



 リビングへ降りて行った俺は、酒を飲んで上機嫌の親父に向かって睨みを利かせた。

 小僧に睨まれてもへっちゃらですよ。的な顔をしていたが、目の動きと態度からあからさまな動揺が見え隠れしている。

 元来、気弱で甘やかされて育ってきたボンボンがっ!


「おい、お前、寛子を殴ったらしいじゃねぇか」

「はあ? 殴るなんてとんでもない。あれは躾だよ。し・つ・け!」

「感情的に殴るのが躾かよ!」

「なーんにも知らないお前は黙ってなさい、ね!」


 この期に及んでなに余裕ぶっこいてるんだろう。前頭葉が破損して状況判断がつかないのか?



「もういい加減にして寛子に返してやれ」

「何をだよ」

「電たんぽに決まってるだろ!」

「返せましぇーん。あれはもう会社のモノですぅ」

「テメェ、頭おかしいのか?」

「はい、僕は頭がおかしいでーす」

「……」


 怪しい影よ、もう少し待ってくれ。俺はまだ人として話をしたいのだ。

 頼む、もう少しだけ。



「ってかさ、商品開発は成功したのかよ」

「ああん? お前には関係ないだろうがっ!」

「その分じゃ苦戦しているみたいだなw」

「……うるせー」

「やっぱりな。あれはな、お前らみたいな底辺じゃ理解できない代物なんだよ」

「底辺って誰のことだ? うちの社員のことを言ってるのか?」

「つくづくお花畑だな。社員じゃねぇよ。お前を含めた会社そのものだよw」

「な、なんだとコラッ!」

「あれにはな、一つだけ特殊部品が混じっているんだよ。俺と基板屋のオヤジ2人で考えた代物でな、一般には流通してない部品なんだよ。お前らが悩んでいるのはそこじゃねぇのかw」

「……」

「図星だろ」

「おい、その作り方教えろ!」

「寛子に返してやればな!」


 リビングの騒ぎを聞きつけて母も妹も降りてきた。



「ほら、寛子が来たぞ。ちゃんと謝って返してやれ!」

「なんで謝る必要があるんだ。親に生意気な口を利いたあいつが悪いんだぞ」

「そうか、じゃあ作り方はいらねぇな」

「うぅぅ……くくっ」

「ほらどうした。家族を養うんだろ? それともプライドが邪魔するか?」

「ググッッ……」

「自分じゃなにも出来ないカスがイキがってんじゃねぇよ!」


 うぅぅっ、うがぁぁぁぁぁ~~~~!


 そう叫んだかと思うと、いきなり殴りかかってきた。そして手に持っていたコップで俺の頭をかち割ったてくれた。

 額からじんわり、ゆっくり血が流れ落ちてきた。


 きやぁぁぁぁぁー---っ!


 母と妹の悲鳴が鳴り響いた。


 もう迷いはなかった。怪しい影は導火線に火花を散らしヒッヒッヒッと消えていなくなった。


 体の奥の深い部分から湧き上がる怒り。髪の毛が金色に輝きはじめ、全身を包むオーラがシュインシュイン鳴り出した。


「おめぇだけはぜってぇ許さねぇ」


 瞬間移動で親父の横へ潜り込み、ドテッ腹に渾身の一撃を食らわした。

 強烈なボディーブローにうずくまる親父。母と妹は俺の腕にしがみつき、必死で喧嘩の仲裁をした。


「隆志、もうやめなさい!」

「お兄、私、謝るから許してあげて!」


 そんなことで怒りが収まるとでも思うのか。

 俺はいま、伝説のスーパータカシになっているのだ!


「人の気持ちを踏みにじって何が親父だよ!」


 17歳の若きパワーを前に腹を押さえ言葉もでない。

 家族の前で恥をかかされ、親子喧嘩でプライドをズタズタにされ、もはや彼には何一つ残っていなかった。


「もういい。これで終わりだ」


 背中を向け立ち去ろうとした時、彼なりの最後のプライドだったのだろう。


「で、出ていけ。お前みたいなやつは出ていけーー!」


 それを言っちゃお終いよ。と思ったが、俺も来年18歳になる。高校を卒業したら光より速く実家を離れようと思っていた。

 それがほんの少し前倒しになっただけだ。


「上等だ。出て行ってやるよ!」


 そう言い捨て、これから始まる長い旅路の身支度をしようと歩き出した時、背中越しに狂ったジャイアンが最後の力をふりしぼって言った。


「お前、出ていくのは勝手だが家のモノを持ち出すんじゃないぞ。この家にあるものはすべて俺の金で買ったものだ。その服も靴も親の援助があるからこそだ。お前みたいな半端者がのうのうと暮らせるほど世の中甘くはないんだぞ。ヒッヒッヒッ」


 こいつはどこまで性根が腐ってるんだ。その言葉を聞き、彼の本性が分かった気がした。

 俺はその場で洋服、靴下、下着、着用するすべてを脱ぎ捨て床へ叩きつけた。

 そして生まれたままの姿で玄関へ歩き出した。

 先ほどまで腕にしがみついて必死に制止していた母や妹も、この状況下では近寄ることも出来なかった。

 なにせ俺のデリンジャーがプラプラしていたから。


 誰の顔も見ず、振り返りもせず。

 玄関のドアを思いっきり叩き閉め、ポーチライトが薄暗く照らす庭先に立った。

 これが本当の裸一貫である。




 ついこの間、生まれて初めてキスをしたっけ。一緒に海へ行って、彼女の水着姿を見て「世界のすべてが俺のモノ」そんな気分に浸ってた。許される限りの時間を使い互いに愛し合ってたな。


 青春の恋はソーダの泡と一緒。浮かんでは消え消えては浮かびを繰り返し、いつしか空っぽになって終わる。残るのは弾けた思い出と甘い温もり。


 シェイクスピアもやきもちを焼きそうな詩を描きながら、夜空を見上げた。


 空は高く澄んでいて、無数の星が綺麗だった。時折吹きつける風が肌を突き刺し、足元から襲い掛かる爆冷は脳天まで響き渡る。

 41口径のデリンジャーは22口径ショート弾になっていた。


 さぁてと、これからどうすっかな!




 太陽が崩れ落ち、再び氷河に覆われた。

「お久しぶりです、隆志。また会えましたね」

 おう、エメラルダス。元気だったかい?



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