リサイタルは終焉を迎える
焼けたアスファルトを駆け抜け、紫の夕日に思いを馳せる。恋のドライブインで2つのラプソディを奏でれば、嫉妬した太陽がシャウトする。
蒼く輝くセブンティーン♪ Oh year
先のことなど考えない、今がすべてなのさ! とバカ丸出しで青春を謳歌していた。
俺は今をトキメク17歳。
友人宅で朝まで語り合い、街へ出れば可愛い子をナンパ。その際、連れの男が現れてバトルを繰り広げるというオマケつきもあった。
家は寝るだけの仮眠室。それ以外の時間は体力の続く限り遊びまくった。
だって、それが青春だから。
だが、そんな俺の背後からあざ笑うかのように怪しい影がヒタヒタと忍び寄っていた。
その日、仲良し老夫婦の家で「布団がふっ飛んだ」と界王様レベルの高度なギャグを披露し、とにかく二人を楽しませることに集中していた。
子供がいない彼らの夕食は寂しかったらしい。
向かい合わせで会話もなくモソモソ食べる食事ほど侘しいものはないからね。
老夫婦の腹筋を崩壊させ、腹と心をパンパンに膨らませた俺は睡眠用の自宅へ戻った。
しばらく部屋で妹系のAVを堪能し、
「さて、風呂でも入ってサッパリするかな」
下着とパジャマを持って妹の部屋の前を通り過ぎた時だった。
シクシク、シクシク。
なにやら奇妙な音がした。足を止めてドアに耳を近づけてみる。
シクシク、シクシク。
悲しくて、しかも切ないうめき声のようだ。
もしかしてこれが有名な妖怪シクシクか!
そのまま放っておくわけにもいかず、俺は恐る恐るノックした。
コンコン、コンコン。
返事はない。
さらにもう一度、コンコン、コンコン。
ドアの向こうから、かすれた嗚咽のような狂おしい呻きが聞こえてくる。
何がどうなってるのか分らないが、度胸を決めてとりあえずそーっと開けてみた。
「おーい。大丈夫か?」
普段ならペンやハサミや定規が飛んできて、漫画みたいに俺の体に突き刺さるところだが、今日は何も飛んでこない。
しかも部屋は真っ暗だった。
「なんだよ。電気くらいつけろよ」
照明のスイッチを入れた。パーッと部屋が明るくなり妹の姿が映し出されたのだが、その片隅で妹はベッドに伏せて泣いていた。
「ど、どうしたんだよ」
「ふひぃぃん、グズッ」
「なんだよ、何があったんだよ」
「……グズッグズッ」
「もしかして妖怪シクシクが襲ってきて怖くなったのか?」
「う、うるさい!」
ティッシュケースが飛んできた。
涙でグシャグシャになった顔を手で拭いてこちらを振り向くと、彼女の左頬が赤く腫れていた。
「お前、どうしたんだ? その頬」
「グスッ……ヒヒッヒクッ……ふんぎゃぁぁ~~~~~」
先ほどまで我慢していた感情が一気に溢れだしたのか、シーツを鷲掴みにしながら泣き出した。
「なっ……えっ……は?」
妹のここまで感情的に荒々しく泣くのを見たのは初めてだった。
「どうしたんだよ。一体何があったんだ」
「ビヒョ、バビッ……ズルズルズル」
飛んできたティッシュを挿し出し、
「とりあえず鼻をかめ。そして詳しく話せ!」
兄の威厳を振りかざして妹の前に座った。
夏も終わり、そろそろ秋風が吹く季節。彼女にとっては辛い時期の到来である。
電たんぽを盗まれて以来、俺にくっつくこともできずこの2年間寒さに虐げられてきた。
それでも家族のためと我慢してきたが、手足の冷えは増すばかりなので「そろそろ返してほしい」と告げたという。
それに対して親父は「もう少しだ。もう少し辛抱すれば家族みんなが幸せになれる」と言って、返却を拒否したらしい。
「でもあれはお兄が私のために作ったものだから」
「お前のモノは家族のモノだろう。自分勝手なことで俺を困らせないでくれ」
「自分勝手なのはお父さんでしょ!」
「なんだ、お前も親に口答えするのか。隆志の真似をして良いことなんかないぞ」
「真似なんかしてないわよ!」
妹の言葉に対して親父は、
「いいか、あいつは人間のクズだ。誰からも相手にされないゴミクズなんだ」
「違うわよ! お兄は優しいもん!」
「優しい? あのイカレた不良がか? お前、人を見る目がないな。あいつは単なるわがままなガキで箸にも棒にもかからない役立たずなんだよ!」
「役立たずじゃない! 電たんぽだって発明したじゃない!」
さらに親父は続けて、
「あれは家族みんなのモノだ。お前らを養っていくために俺が一生懸命開発に取り組んでいるんだ」
「でもお兄が作ったんでしょ!」
「たまたまだ、たまたま」
「たまたまだって作れない人よりはマシよ!」
「なんだ、それは俺に向かって言っているのか?」
「お父さんが作ったわけじゃないでしょ! お父さんは盗んだだけじゃない!」
「お前、親に向かって……」
バシッーーーーーーー!
「お父さんなんて大っ嫌い!」
なんなんだ? このジャイアンリサイタルは!




