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出会いと別れが冒険の基本2

 寝台列車に乗るのは約2年ぶりだ。


 2年前、母方の親戚(これから向かうおじさん)の祖父がなくなった。連絡が夕方だったため飛行機が間に合わず、寝台車で行くことになった。

 妹は風邪で寝込んでいて親父が付き添うことになり、俺を野放しにするとどこかへ消えていなくなるか、親父と猛ケンカして消息不明になるだろう。

 ということで、母と一緒に青森へ向かった。



 懐かしの列車に乗り込んだ俺は、とりあえず暇なので1号車から最後尾まで歩くことにした。

 疲れて寝ている人、酒盛りしている人、窓を眺めてボーっとしている人など、色んな人がそれぞれの時間を過ごしていた。

 この小さな箱の中に何百人という人がいて、目的地はバラバラだ。

 けれど同じ時間、同じ列車を共有しているという点では、みんな仲間みたいなものだ。

 俺はみんなに安心と安全を提供する警備員のつもりで電車内をウロウロしていた。


 歩いている途中、車掌さんに会い「探検?」と聞かれたので「いいえ、見回りです」と答えたら大爆笑された。


「お父さんとお母さんは?」

「たぶん寝てると思います」


 嘘ではない。今頃自宅で寝ていると思われる。


「君は眠れないの?」

「はい、初めてで興奮して」

「ハハハ、そうか」


 面白いもので、こんな小さな子がまさか一人旅しているなんて誰も思わない。両親がどこかの車両で寝ていて、暇な子供がウロついている。そう見えているようで怪しまれることはなかった。


 車掌さんは俺を気に入ったらしく、頭をポンポンとたたき、

「ちょっとこっちへおいで」

 そう言って一番先頭の運転室まで連れてってくれた。


 普段は絶対に入ることが出来ない特別室。メーターやスイッチ類が所せましと並び、これぞコックピットといった感じだ。

 気分はグレンダイザーを操縦する宇門大介である。


 降りしきる雪を切り裂き猛スピードでガンガン前に進む列車。トンネルに入るとガガガッーという音とともに、闇夜を照らすレーザービーム。青信号を突き進み、踏切を颯爽と超え、時折ピーっと鳴る警笛。どれもこれも素晴らしい。


「スゲー、かっこいい!」


 まるで子供のようにはしゃいだ。




 出発してから何時間が経過したのだろう。気が付くと外はうっすらと明るくなり、俺は毛布にくるまっていた。


 たぶんここは車掌さんの仮眠室で、はしゃぎすぎて疲れた俺を寝かしてくれたのだろう。真夜中に車内アナウンスは出来ないし、人探しも他のお客さんに迷惑がかかる。仕方ないので自分たちの部屋へ……。そんな流れだったと推測する。


 なんという素敵な配慮だ。好きなことを仕事にしている人は楽しさにあふれ、人にも優しくできる。行動も考え方も超一流だ。

 どこかの二酸化炭素に教えてやりたい。



 車掌さんにはじける笑顔で別れを告げ、青森駅に降り立つと歌の通り雪の中だった。

 初雪にテンション爆上がりで今すぐ雪だるまを作りたかったが、ここはジッと我慢の子である。

 なにせここからが最大の難所なのだ。



 まず第一関門の改札である。

 俺の持っている切符は1千円ちょっとのため、完全に料金不足だ。

 この頃は自動改札ではなく、駅員さんがボックスに立っているのが主流だった。

 知らぬ顔して切符を渡しても「ちょっと君!」と言われ首根っこをつかまれるだろう。

 強行突破を試みても大人と子供じゃ足の速さが違う。すぐに捕まって青森駅前の交番に「キセルの常習犯です」と突き出されるだろう。


 頭を抱えながら改札付近を彷徨っていると、ショートボブの元気な笑顔が眩しい女性駅員さんが声をかけてきた。


「こらこら僕、ダメよ勝手に中に入っちゃ!」

「あっ、いや、そのう……」

「もう、イタズラっ子ね。いつもそうやってお母さんを困らせるの?」

「えっ、あっ……」

「ほら行くよ」


 そう言って俺の手を握り、改札の外まで出してくれた。


「じゃあね、今度やったらお仕置きよ!」


 お姉さんは再び仕事へ戻っていった。


 天使って本当にいるんだな。ハツラツとした笑顔、優しさの中に秘めた意志の強さ。よし決めた。

 今日から君は俺の天使だ!



 とりあえず何とか第一関門は突破した。続いては第二関門だ。

 以前、母と来た時はここからバスに乗った。母の後をついて言われるがままに行動したので、どのバスに乗ったのか記憶はない。

 もちろん携帯もネットもない時代なので調べようがない。

 一応予習はしてきたが、実際に降り立ってみるとバス停が乱立しておりゴチャゴチャしてまるで分らなかった。

 小3の漢字もろくすっぽ読めない俺には海外にいるのと一緒。

「あなたどちらへ行かれますか?」と聞かれ「私は日本人です」と返答しているようなものだ。


 焦る俺はバス停とバス停を渡り歩き右往左往していた。

 するとそこへ、色白でポニーテールがよく似合う可憐なお姉さんが声をかけてきた。


「君、どうしたの?」

「あっはい。おじさんの家に行こうと思ってるんです」

「おじさんの家ってどこ?」


 前もってメモしてきた紙をお姉さんに見せた。


「これは3番乗り場ね。おいで」


 そういうと俺の手をギュッと握って乗り場まで連れてってくれた。


 温かい! 雪が降りしきる寒空の中で、お姉さんの手は心の芯までホカホカして温まる。俺の薄汚い心が洗われるようだ。

 バスが来るまでの数分だけだったが、乗り込んだ時には恋人と別れを惜しむカップルのようだった。


「気を付けてね。10コ目のバス停だからね!」


 お姉さんはそう言って街の中へと消えて行った。


 女神って本当にいるんだな。可憐で儚い、それでいて笑顔の中に凛とした輝き。もう迷わない。

 今日から俺は女神を愛する!

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