92:メタリックで大きい
途中で矢田家に寄ると、ちょうど美枝も外に出かけようとしたところだった。
美枝もやっぱり忙しく、主に植物関係の被害の復旧やもめ事の仲裁などに駆り出されているようだ。明良の祖父や両親も水場の整備や役場の手伝いで家にいないという。
ヤナの引率で明良も神社に行くという話に、美枝はよろしくと頭を下げて雪乃と連れだって町内の手伝いに出かけて行った。
「ヤナちゃん、タケちゃんとユイもさそっていい?」
「そうだな、二人なら大丈夫かの。寄ってみるか?」
「うん、ありがとー!」
明良の提案に、皆で野沢家にも立ち寄る。
声を掛けると、武志と結衣も学校や幼稚園が今日も休みで暇を持て余していたらしく、大喜びで一緒に行くと支度をして出てきた。
それから、皆で賑やかにお喋りをしながら神社を目指して進む。
幸生は川の方に用があるらしく、途中の分かれ道で手を振って見送った。
空は明良と結衣に挟まれ、二人と手を繋いで歩く。神社が近くなった頃、前を歩いていた武志がふと振り向いて空に笑いかけた。
「空、すごく歩けるようになったなー」
「うん! まいんちヤナちゃんとさんぽしてるもん!」
空はもう神社までだって、ゆっくりなら一人でも歩けるようになっていた。元気になって、友達と一緒に歩いて行ける事がとても嬉しい。
「そらちゃん、すごいね!」
「えへへ、ありがとー!」
春にこうして同じように歩いた時は、ほんの近所に山菜採りに出かけただけですぐに疲れてしまっていた。神社にだって、いつも背負われて向かった。その道を、今は自分で歩いて行けるようになったのだ。
「次は走って行けるようになると良いな!」
「……それは、もうちょっとまってね」
武志の言葉に、空は笑顔で首を横に振った。
田舎の子供の体力には、まだまだ届かないらしい。
「そら、こっちこっち!」
神社の前の広場を通り過ぎ、参道に入るなり明良が手を離し、空を呼びながら駆けて行く。
空はそれを追いかけて、広場から神社に続く参道を外れて鎮守の森の中に足を踏み入れた。
しかし数歩歩き出したところで空は足を止めた。神社の敷地の森などという場所に入った経験がないので、勝手に入って良いのかどうか不安になったのだ。後ろで見守っていたヤナに、森の方を指さして問いかけた。
「ヤナちゃん、ここ、はいっていいとこ?」
「大丈夫だぞ。アオギリ様は子供には甘い。入り込んで元気に遊ぶ子供を見ると、多分喜ぶぞ」
それを聞いて空は安心して走り出し、明良たちを追いかける。
鎮守の森はこの前飛ばされたコケモリ様の森と違い、適度に木漏れ日が差して明るい。木々の間隔も適度に空いてきちんと管理されている雰囲気だ。
空は明るく乾いた美しい森を楽しく眺めながら、明良たちが呼ぶ場所まで急いだ。
「そら、ほらこれ! ドングリ!」
近くに行くと、早速しゃがみ込んでいた明良がパッと立ち上がり、両手を広げて空に見せてくれた。
「わぁ……どん……ぐり?」
明良の手に載っているそれは、空が見たことのないような形をしていた。ドングリと聞いて想像するような、細長い実に丸い帽子がついた物ではなく、丸っこくてぷっくりとした形に、もしゃもしゃした帽子がついている。そして何だか大きい。実の部分だけでも空の握りこぶしと同じか、かろうじて一回り小さいくらいの大きさで、帽子まで入れるとそれよりもずっと大きかった。ドングリとしては多分とても大きい気がする。
「クヌギのドングリなのだぞ」
「くぬぎ……」
一般的なクヌギのどんぐりがどんな物なのか空は知らないが、絶対にコレではないだろう。
しかし、一番特筆すべきは、その色だ。
明良の手の上にある実は三つ。それぞれ、青と緑、赤茶色なのだが、その表面がギラギラと金属のような光沢で彩られている。
「ぼく、はじめてみたよ」
「そうなの? とーきょーにはないのかな」
(……ドングリはあるんじゃないかと思うけど、こんなメタリックな……クリスマスのオーナメントみたいで巨大なやつはないと思う)
驚きをどうにか飲み込んで足下を見回せば、キラキラした色とりどりのドングリが所狭しと落ちている。コレは確かに、子供たちが大喜びで拾いに来る訳だと思う。
「そらちゃん、ほらこれもめずらしいやつ!」
そう言って結衣が見せてくれたのは、何とメタリックを通り越して、完全に透き通った色ガラスのようになっているピンク色のドングリだった。白い水晶のような中身の種が透けて見えている。
「きのみとは」
「え?」
「ううん、なんでもない……きれいだね、ユイちゃん!」
思わず心の声が零れかけたが、空は気を取り直して自分も拾おうと、足下のドングリに手を伸ばした。
手に取ったドングリはやはり空の手にちょうど載って、握りこむにはちょっと大きいだろうかと思うくらいのサイズだった。
空が想定していた投石器の弾よりも大分大きいが、逆に威力があっていいかもしれない。
何にぶつけるとかは想定していないが、練習するにも大きい方が的に当たりやすいだろうし。
空はそんな事を思いながら、拾ったメタリックブルーのドングリの帽子をぐいと引っ張った。可愛いけれど投げるのに邪魔だと思ったからだ。
帽子は案外簡単にぽろりと外れ、思ったより力が要らなかったことに安堵する。実の方は随分と硬そうなのだが、帽子はそうでもないらしい。
手の中に残った木の実をくるりと回して確かめたが、虫食いなどの穴は見当たらなかった。もう一つ拾って二つをぶつけてみると、カキンカキンと金属質な音がする。
(コレを囓る虫がいたら……ちょっと怖いな)
とりあえずこのドングリが投石に使えるかどうかはわからないが、空は沢山拾っておくことにした。
森の中には空たち以外にも数人の子供たちがいたが、木は一本ではないらしくあちこちに散らばっている。少しくらい多く拾っても皆の取り分がなくなることは到底なさそうだ。
目についた黄色い実を拾い、その隣の赤い実を拾い、緑の実を拾い、また青い実を拾う。
空は拾ったそれらを腰に付けた魔法の竹籠にどんどん入れていった。投石の練習用に使いたいので、色とか珍しさには拘らず、丸い形であれば良いと目についた物を片っ端から拾って歩く。
(そうだ。帽子がついてるのも拾って、東京に送ってもらおう)
珍しいドングリが届いたら、きっと陸らも喜ぶに違いない。
空はそんな事を思いつつ、無心でドングリを拾った。いつの間にかパーカーから出ていたフクちゃんも、空の為にどんぐりをころころ転がして、せっせと持ってきてくれた。
飾ったら多分キレイなんじゃないかなと。
二巻の感想など、どうもありがとうございました!
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