85:過激派系保護者
二人が山から村に戻ったのは、昼の少し前だった。
空を背負った良夫が村から山に入る道の登り口辺りに来ると、その周囲で何やら騒ぎが起きている事に気がついた。
何かと思いつつそのまま近づくと、騒ぎの中心はこれから討ち入りかと思うような物々しい格好をした幸生と雪乃の二人だった。二人とも、たすき掛けした着物に袴と手甲などを身につけ、頭には鉢金を巻いている。二人ともその格好に素手だが、武器が無い時こそ本気であると知られた幸生に、武器など必要としない雪乃のコンビだ。
悪い予感しかしない良夫は慌てて走って、騒動の中心に空を連れて乗り込んだ。
二人は空がなかなか帰ってこない事に業を煮やし山に入ろうとしていたのだが、あまりにも不穏な気配を漂わせていたため和義や善三、美枝などの友人やご近所さんに必死で止められていたのだ。
空がコケモリ様の所に行ったのは良夫からの連絡で分かっていたため、古くから村と付き合いのある山神を害されては困ると皆が必死で説得していた。そこに間一髪で空と良夫が帰ってきたというわけだ。
「もっ、戻りましたっ!」
「じぃじ、ばぁば、ただいま!」
「……空!?」
「空! ああ、良かった……!」
良夫の背からブンブンと手を振って空が呼びかけると、幸生も雪乃もすぐに空に気付いて走り寄ってきた。
背から下ろしてもらうと、すぐに雪乃が空を抱き上げて優しく抱きしめた。
「空、怪我はない? 怖くなかった?」
心配して涙目の雪乃に、空は元気よく頷いた。
「だいじょぶ! びっくりしたし、ちょっとこわかったけど、フクちゃんもいたし! あとすぐおにいちゃんがきてくれたから、へいきだったよ!」
「良かった……もう少しでコケモリ様の山を氷漬けにするところだったわ……」
「更地だった」
孫が関係すると理性を失いかねない夫婦の言葉に、周囲の人は皆ホッと胸を撫で下ろした。
「コケモリさまも、しいたけ……じゃない、やさしかったよ! おみやげいっぱいもらったの!」
空は慌ててコケモリ様の擁護をした。少し違う感想が混じったが、嘘ではない。二人に取りなしておくと約束したので、空はいっぱいキノコを貰ったと説明した。
その空の様子に雪乃は少し機嫌を直したが、それでもまだ少しばかり腹が立つらしい。
「空に優しくしてなかったらむしって炭火焼きにしてるところだわ、まったくもう……!」
物騒な雪乃の言葉に、幸生もうんうんと頷く。
空が戻ってきて本当に良かった、良夫が連絡をくれて助かった……と周りの人は心から思った。
怪異当番だった良夫を、さっさと行けと蹴り出したのは良夫の祖母のトワだったらしいが、本当に良い仕事をしてくれた、と皆が感謝する。
そんな話をしていると、空のお腹が不意にキュゥ~と可愛い音を立てた。そういえばそろそろ昼食の時間だし、今日は朝食後の散歩の時に攫われたため、十時のおやつも食べていない。
「ばぁば、おなかすいた……」
「大変、すぐに帰ってお昼にしましょ!」
「うむ!」
米田夫妻は周りにいた皆に一応礼を言うと、帰ろうと良夫に顔を向けた。
「良夫くん、良かったらうちでお昼食べていってちょうだい。大した物は無いけど」
「え、いえ……でも」
「礼だ。寄ってけ」
幸生にもそう言われ、良夫は少し迷ったが、空から預かった大量の土産のキノコのことを思い出して頷いた。
「じゃあ皆さん、失礼しますね。お騒がせしました」
止めてくれた人達に雪乃がそう言って挨拶すると、良いから早く帰って昼飯を食べさせてやれと皆快く見送ってくれた。
米田夫妻と空、良夫が連れだって帰る様子を見送りながら、皆が胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
「やべぇな、ありゃ。空が無事で良かったな……」
「まったくだ。良夫が当番で助かったぜ」
「雪乃ちゃんも、割と過激だから……」
空に関しては皆でくれぐれも気をつけよう、と村人たちは認識を新たにしたのだった。
「空! 空、無事だったか!」
家の近くまで戻ってくると、通りの向こうから声が聞こえた。
「ヤナちゃん!」
「空!」
ヤナは大急ぎで走ってくると、空の前にしゃがみ込んでその体や頬をパタパタと触って無事かどうかを確かめた。それから顔をくしゃりと歪め、泣きそうな顔で空をそっと抱き寄せた。
「空、すまんかった……! ヤナが油断していたばっかりに、水たまりに落とすなど……空を怖い目に遭わせてしまうなんて!」
「だいじょぶだよ、ヤナちゃん! ヤナちゃんのせいじゃないよ!」
空が一生懸命宥めるが、ヤナはひどく落ち込んだ様子で首を横に振った。
「いや、ヤナがしっかり手を繋いでおれば……ヤナがもっと強ければ……家付きでなければ、あの椎茸を八つ裂きにしに行けたのに!」
ここにも過激派がいた、と空は思ったがどうにか顔には出さなかった。しかし後ろにいる良夫はかなり引いている。
「こ、コケモリさま、やさしかったし、きのこのようせいさんたちとあそんで、たのしかったよ!」
「そうか? それなら良いが……いや、だが次は、ヤナの目が黒いうちは無断で空を攫わせたりせぬからな!」
「た、たのもしいね、ヤナちゃん!」
空がそう言ってヤナの首に手を回して抱きつくと、ヤナも嬉しそうに空を優しく抱きしめた。
すると空のお腹から、またキュルル、と可愛い音が鳴る。
「腹が減っておるのか?」
「うん。きょうおやつたべてないもん……」
「それは大変だ! 雪乃、帰るぞ! ヤナも手伝うから、早く空にご飯を食べさせるのだぞ!」
「ええ、そうしましょ!」
慌てて駆け出す米田家一行を思わず見送り、良夫は帰りたいなぁととても思った。
しかし招かれたのに逃げるのも失礼かと迷ってしまう。仕方なく一行の後を追いながら、あの過激派な祖父母や家守に囲まれて平気な顔をしている空を、良夫はちょっと尊敬したのだった。
さて、そんな訳で昼食だ。
米田家に帰ってから、良夫が出してくれたお土産のキノコを使って、雪乃はさっと作れる料理を色々と用意してくれた。
マイタケの天ぷら、色々なキノコの味噌汁、しめじなどの炒め物。それと。
「まつたけごはん!」
刻んだ松茸をたっぷり入れた、混ぜご飯。
炊き込むには時間が足りなかったので、出汁でさっと煮て火を通した松茸を炊いてあったご飯に加えたものだが、空は大喜びだった。
空を迎えに行ってくれたお礼にと、食卓にはもちろん良夫も招かれている。
「いただきまっす!」
「いただきます……」
「はい、どうぞ」
「きっと美味いぞ! 空、たんと食え!」
「うむ」
空はさっそくご飯を口に運んだ。嗅いだことの無い、けれど不快では無い不思議な香りがふわりと立ちこめる。
「おいしい! いいにおい!」
「そう? 良かったわ。良夫くんも、沢山貰ったから、沢山食べてね」
「あ、はい。美味しいです」
きのこ汁を一口啜り、良夫が顔を綻ばせて頷いた。
色々な種類のキノコがたっぷり入り、ナスや油揚げも加わって、具沢山でとても美味しい。
空はマイタケの天ぷらをシャクシャクと食べ、ご飯を食べ、きのこ汁に入ったつるっとしたキノコやシャキシャキするキノコを楽しみ、ご飯をお代わりし、バター醤油で味付けられた炒め物を食べて、ご飯を食べた。
大人と同じ量以上のご飯が小さな体にするすると吸い込まれて行く様に、隣にいる良夫がちょっと引いた顔をしているがそんな事には気付かない。
何を食べても美味しいし、キノコはゼロカロリーなのでいくら食べても良いのだ。もっとも、たとえ高カロリーだったとしても空は何一つ遠慮はしなかっただろうが。
一通り味わってご飯を二回お代わりしたところで、空はふと顔を上げた。
「ばぁば、ぼく、しいたけのやいたの、たべたいな!」
「え……マジで」
コケモリ様に会った後に椎茸を食べたいと言う空の図太さに良夫はちょっと怯え、同時に思わず尊敬もした。この図太さを見習いたい、とつい思ってしまう。
「あら、せっかく松茸を沢山貰ったのに、松茸じゃなくて良いの?」
「それはまたにする! いまはコケモ……しいたけがいい!」
「わかったわ。椎茸ならご近所さんに分けてもらったのが沢山あるからちょうどいいわね。良夫くんも食べる?」
「い……頂きます」
とりあえず良夫は、多少でも見習うために自分も挑戦してみることにした。
村で栽培している椎茸は、肉厚で味が良いのは知っている。もちろんコケモリ様とは無関係の、普通の椎茸だ。
採り頃を一日でもずらすと逃げ出していなくなる、という特性があるが、ごく普通の椎茸だった。
「炭火はちょっと時間が掛かるから、また今度ね」
柄を切られ、逆さにされて網に載せられコンロで焼かれていく椎茸を見て空はわくわくし、良夫は何となく目を逸らす。
遠い山で、コケモリ様が身震いをしているような気がしたが……焼いて醤油を垂らした椎茸は美味しかった。
椎茸焼いて醤油ちょっと垂らしたの美味しいですよね。
そういえば二巻発売まであと半月を切りました!
発売の前後くらいは更新頻度上げたいなーと頑張ってます。
どうぞよろしくお願いします~!