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僕は今すぐ前世の記憶を捨てたい。  作者: 旭/星畑旭
秋の黄昏

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83:縁の糸

「で……ええと、何で空を呼んだんだっけ?」

 コケモリ様が平謝りすることしばし。

 ようやく空とフクちゃんに許して貰ったコケモリ様は、気を取り直してまたにゅっと柄を伸ばした。

 空はといえば、フクちゃんを褒めて撫で撫でし、宥めている。

 良夫にそう聞かれたコケモリ様は、空の方を見て頷いた。空には椎茸がぷるんと揺れたようにしか見えなかったが。

『おお、そうだった。用だ。もちろん用があるのだ。米田の孫よ、名を、名を聞かせよ』

「そらです!」

『空。空か。良き名だ』

「えへへ、ありがとう」

 コケモリ様はしばし沈黙すると、今度は良夫の方に傘を向けた。

『奥森の翁が、予言した』

「奥森の翁? あー、えっと、確か奥山の大樹に宿るヌシ……神様だったっけ。それが、予言?」

『米田の孫を見よと。見て、早う糸を結べと』


 その言葉に良夫は眉を寄せ、難しい顔を浮かべる。空はその顔とコケモリ様を交互に見て首を傾げた。

「糸を結べってのは、契約しろって事か?」

『違う、違うぞ。我と契約するのは、幼子には無理だ。大人でも無理であろう。我は大きいゆえな』

 二十センチの椎茸の姿は確かに椎茸としては大きい。

 空がそんな事を思っていると、それが何となく通じたのかコケモリ様が空の方を見てブルブルと震えた。

『これは我の本体ではない! ないのだぞ! 我はこの森、この山、その全てだ! 大きいのだ!』

「やま……」

 空の脳内にきのこの山という言葉が浮かぶ。空はちょっとお腹が空き始めていた。

「それで、ええと、契約じゃないなら、糸ってのは?」

 ずれた会話を良夫が軌道修正する。

『難しいことではない。些細な事だ。こうして顔を合わせ、魔力を少しばかり交換するだけだ。それで、縁の糸が結ばれる』

「縁……それがなんで必要なんだ?」

『わからぬ。わからぬが、翁は無意味な事は言わぬ。必要だというのなら、必要なのだ』

 空にはその辺の事情は良くわからない。わからないと言えば、この村の全てがまだ全然わからないのだ。

 ただ、コケモリ様は悪い神様ではないということなので、何か必要だというのなら別にそのくらい構わないかなと軽く考えた。

 しかし良夫は難しい顔をしたまま、更に問いかけた。

「そうは言っても、空はまだ三歳だし……大丈夫なのか? ほんとに影響ないのか?」

『ないぞ。ない。村生まれの子は一つか二つで親が挨拶に連れてくるであろ。良夫もきたぞ。その時に我が同じように糸を結んだ」

「え、俺も? いつ?」

『一歳か? 二歳になるかならぬかだ。良夫は大きくなったな。人の子の成長は早い』

 どことなく嬉しそうな声でそう言われ、良夫は少しばかり恥ずかしそうに頭を掻いた。

『とにかく、それだ。それと同じだ。交換と言っても我が少し与えるだけだ。ほんのちょっと、我が印を付けるのだ』

「しるし……つけるとどうなるの?」

『我が空を探しやすくなる。森や山で見つけやすくなる。我の領域に近い場所で何かあった時、菌糸を貸してやることが出来る』

「きんし」

(……手を貸してくれるって事かな……菌糸はちょっと遠慮したい表現だけど)

 表現がきのこ的だ、と思いつつ、空はそのくらいならと頷いた。

 難しい顔をしていた良夫も、コケモリ様が空を利用したいわけではなく、何かあったときに助けるために印を付けるだけという言葉に一応納得したらしい。

「それならまぁ……空、良いか?」

「うん。ぼく、どうしたらいいの?」

 二人が納得したことに、コケモリ様は傘を左右に揺すって喜んだ。

『少し待て、少しだけ待て』

 左右に揺れていたコケモリ様の動きが少しずつ細かくなる。激しく揺れる椎茸を空が面白く眺めていると、その動きは更に細かく速くなり、椎茸がうっすらと光を帯びてゆく。

 空は一体何が起きるのかとちょっとわくわくしながら見守った。


『んむむむむ……ふむぅん!』


 コケモリ様の気合いと共に、ぽこん、と音を立てて小さな椎茸が一つ生えた。食べるのにちょうどいい標準サイズだ。

『それを頭に。空の頭に』

「はいはい」

 良夫は手を伸ばして生えてきた小さな椎茸をプチリとむしり取る。そしてそれを空の頭の天辺にそっと載せた。

 空は椎茸を頭にのせられ、上を向きたい気持ちをぐっと堪えて動かずじっと待つ。

「どうかな……変な感じはしない?」

「んー……ちょっとくすぐったい?」

 椎茸をのせられた頭の天辺がなんだかむずむずとしてくすぐったい。掻きたいというほどでもないのだが、そこから何かがじわっと空の中に入ろうとしているような、そんな感じがする。

『魔力が多い。多いが巡りが悪い。良すぎるところもあるな。ちと調整を手伝っておこう』

「えっ……うひゃ!」

 頭の天辺からじわりと入ってきた何かが、シュルリと自分の内側を巡る感覚に、空は思わず飛び上がった。アリのように小さなものが服の下を歩いて行くような、そんなくすぐったさが全身を一瞬で通り抜けたのだ。 

 もぞもぞした感覚が気持ち悪く、空は思わず身を震わせて、その場でたしたしと足踏みをした。

「くすぐったい!」

『許せ。ほんのちょっとだし許せ。こら、突くでない!』

「ホピッ!」

 空に何かしたと気色ばんだフクちゃんがキノコに上り、またコケモリ様をビシビシと突いてゆらゆら揺らす。

「大丈夫か?」

「うん、へいき……いまの、なぁに?」

『魔力の糸だ。細くて無害な糸! 害はないのだ! そのうち馴染んで空のものになる! 空の魔力を導く助けをするだけだぞ!』

 無害を主張するコケモリ様の言葉に、良夫は空の顔を覗き込んだ。

「コケモリ様が無害だって言うなら多分本当だろうけど……どっか調子悪かったのか?」

 体が弱かったと言っていたこともあり、配慮が足りなかったかと良夫は心配してくれた。それに空は首を横に振った。

「ぼくね、げんきになって、ちからがつよくなって……それで、おはしとか、しょうじとか、いろいろこわしちゃった」

「あー、なるほど。小さい子にたまにあるやつか」

『もう心配ない! 我が調整したからもう大丈夫だぞ! ゆっくり網ができるのだ。魔力の糸の網だ!』

「あみ? それでだいじょぶになるの?」

『うむ! 偏りがなくなる! 偏らせやすくなる!』

 良くわからない言葉に空が疑問符を脳内で浮かべていると、良夫がなるほどと言って頷いた。

「身体強化の調整がしやすくなるって事かな……本当に調整がしやすくなったかどうかは、帰ってから雪乃さんに見てもらう方がいいだろうけど」

「うん……わかった、かな?」

 良くわからないが、とりあえず空は頷いておいた。そもそも身体強化というものがどういう原理なのかも、空にはまだ良くわかっていないのだ。何故自分の力が急に強くなったり元に戻ったりするかもわかっていない。

 もっと言えば、魔力の何たるかもまだぼんやりとしかわからない。

「ぼく、まりょくとか、よくわかんないんだ……」

 空がそう呟くと良夫は目を見開き、少し考えてからそっと手を伸ばした。伸ばした手で載っていた椎茸を取り去ってぽいと放り投げ、空の頭を優しく撫でる。

「まだ三歳だろ? それだけしっかりしてりゃすぐ分かるようになるさ。心配ないよ」

「うん……ありがとう!」

 良夫の言葉に空は少し顔を明るくして頷いた。

「コケモリさまも、ありがとう!」

『良い。良いぞ! これで水たまりに落としたのとあいこにしてくれ! 米田のにそう取りなしておいてくれ!』

「うん! じぃじに、きのこひっこぬかないでって、ちゃんといっとくね!」

『ひっ! 頼む! くれぐれも頼む!』

 今更ながら米田夫妻の怒りが怖くなったのか、コケモリ様は椎茸の体をブルブルと震わせて何度も頷く。何度も頭を下げるように椎茸の傘をぴょこぴょこ動かした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 体内で繁殖しているコケモモ菌が怪我をした時に傷口からキノコ生やして、 それが全身に増えてキノコ人間になる。 ああ 恐ろしや。
[良い点] 魔力調整を上手に出来るようになりそうですね、良かった良かった [一言] じぃじ「ぶちぃ… ぶちぃ…」(両手にきのこ一掴みづつ10個くらいをむしっている)(山はハゲる)
[良い点] フクちゃんがコケモリ様をツンツン突っつく様が凄く楽しいです。 [気になる点] いよいよ魔力に向き合う段階?まだ早いか。
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