80:現れた助け
「えっと……あとは、なるべく、うごかないんだっけ?」
「ピッ!」
迷子になった時の心得は、多分そうだったはずだと空は考え、周囲を見回してみる。空が落ちてきたここは、どうやら森の中にポカリと出来た丸い草地のような場所だった。
直径が五メートルくらいの円形で、足下は短い雑草が覆っている。周囲には低木が繁ったりしているので、ポカリと空いた空間に何となく作為的なものを感じてしまう。
空はその草地の端に立っていて、さっき手をついた木は見上げればとても大きい。幹の中に空の体がすっぽり入るどころか、幸生が二人くらいいないと腕が回らなそうな太さだった。
「やま……ここ、おくだったら、どうしよう」
山奥には怖いものが色々いるらしいことは、日常的に漏れ聞く話から想像できる。村人なら何とかなるような場所でも、空ではどうかわからない。
頼みの綱のフクちゃんと足下の草鞋をちらりと見て、それから空は大きな木の下にちょこんと座り込んだ。
立てた膝とお腹の間に、鳩くらいの大きさになったフクちゃんがもそりと乗り込んでくる。
「フクちゃん……にわとりくらいがいいな」
もう少し大きくなることをリクエストすると、フクちゃんはふわりと羽を膨らませ、むくりと大きくなった。
「ありがと!」
「ホピピッ!」
大きくなったフクちゃんの体は温かく、抱きしめると空を安心させてくれる。
温かく柔らかな羽に顔を埋めて息を吸うと、何だかお日様のような、あるいは乾いた穀物のような香りが微かにした。
そっとその羽の中に手を這わせると……中身の肉は残念ながら意外と硬い。
硬い肉をむにむにと摘まみながら、空は気を紛らわせるように食べ物の事を考えた。
(フクちゃんの唐揚げは、硬そうだな……唐揚げのお肉はやっぱり鶏がいいな……)
空が現実逃避にそんなひどい事を考えている事も知らず、フクちゃんは空を安心させようとピッピッと鳴いては首を擦り付ける。
「フクちゃんがいて、よかった」
「ピピッ!」
そう言って空が呟くと、フクちゃんも嬉しそうに高く鳴いた。
そんな風に一人と一羽がほわほわ和んだ空気を出して気を紛らわせていると、草地の真ん中が突然ピカッと光った。
「わっ!?」
「ピッ?」
驚いた空とフクちゃんが声をあげる。
一瞬の強い光はすぐに消え、一体何が、と空が息を呑んで見つめていると、今度はさっき光った場所の少し上がチカチカと光り出した。
今度の光は一瞬ではなく、眩しくもないが不思議な形をしていた。
草地の上部二メートルほどの場所に丸い光が現れ、それが徐々に薄く伸びて板のように広がって行く。光る丸い板が浮いているような感じだ。そしてその板は光る二重の円と、その間を埋める記号のような文字のようなもので出来ていた。
(これは……魔法陣ってやつ? え、魔法っぽくてかっこいいけど、何が……)
空は何が起こるのかわからず、できるだけ後ろに下がって木に背中を押しつけた。
魔法陣らしきものは、光りながら直径一メートル半くらいに広がったところでそれ以上大きくならなくなった。もう少し近くで見ようか、でも怖い、と空が逡巡していると、その下方から突然にゅっと人の腕が出た。
「……てって! まだ準備が! わ、おわぁっ!?」
腕の次は肩が出て、頭が出て、そしてずるりと全身が出てきてどしゃっと地面に落ちた。
空はびっくりして、ぴっ! とフクちゃんのような声を出して固まってしまった。
魔法陣から出てきたのは黒っぽい服装の男の人で、受け身も取らず地に落ちたせいで小さく呻いている。
「いって……いきなり蹴落とすとか……」
空はブツブツと呟かれた声を聞き、少し警戒を緩めた。相手はまだ地に伏して顔は見えないが、その姿にも声にも覚えがある気がしたからだ。
「あーくそ!」
空がじっと見守っていると、男はヤケのようにガバリと起きて立ち上がり、素早く周囲を見回した。
そして、木の根元にうずくまる空と目が合う。
「……」
「……おにいちゃん?」
それは春の田植えで空に黒毛魔牛十キロをもたらし、ついこの間の稲刈りのヌシ狩りで餅米を収穫(?)していた、伊山良夫だった。
「ええと……米田さんちの孫の……名前何だっけ?」
「そらです! こっちはフクちゃん!」
空が元気よく答えると、良夫は空とフクちゃんね、と呟いてからはぁぁ~と盛大なため息を吐いた。
「すぐ見つかったし、無事そうで良かった……怪我は?」
「だいじょぶ!」
「良かったぁ……これで俺が米田さんたちに半殺しにされずにすむ……」
良夫は空の前まで来るとしゃがみ込み、その体に怪我がなさそうなことを目視でも確かめると、安心したようにまたため息を吐いた。
「おにいちゃん、ぼくのこと、むかえきてくれたの?」
全く関係のない良夫が何故迎えに来たのか、と不思議に思いながら聞くと、良夫はうん、と頷いた。
「俺は今週の怪異当番で……ってもわかんねーかな。えーと、村人や子供たちに何か変な事とか困った事があった時に、探知したとこに飛ばされる役なんだけど……まぁ、とりあえずお迎えだよ。動かずに待っててくれて助かった」
そんな当番があるのか……と空は遠い目になった。そう言われて思い出せば、何か変なもののいたずらに遭っても、そういうものを見張る役目の大人がいるとヤナも言っていた気がする。きっとそれだな、と空は納得し、本当に見張ってもらえていた事がわかって安心した。
「さて、対象の無事を確認したとこで……ここ、どこだ?」
空の無事を確かめた良夫はまた立ち上がって辺りを見回す。周囲は巨木が立ち並ぶ森で、景色はそれらに遮られて見ることができない。
「おにいちゃんもわかんない?」
「景色が見えねーとなぁ。とりあえず奥山じゃなさそうだけど……木でも登るか……っ?!」
木々を見上げてそう呟いた良夫は、次の瞬間何かを感じてバッと振り向いた。その動作に空はビクッとして身を縮めた。
良夫が振り向いたのは自分が落ちてきた草地の中心だ。彼はそこをじっと見て、警戒している。
草地には何も変化がないように空には見えていたのだが、しばらくすると良夫がふと警戒を緩めたのがわかった。
一体何が、と不思議に思って空が目を凝らすと、草地の中心に何か白い物があるのが見えた。
その白い物は小さな丸いピンポン球のように見えた。しかし見ているうちにそれはムクムクと大きくなって、そしてポン、と可愛い音を立てて真ん中から弾けた。
「わっ……きのこ?」
弾けた丸い玉からでてきたのは、丸みを帯びた傘にフリルのついた細長い茎を持つ、真っ白なキノコだった。
それを見た良夫は体から力を抜き、一つ頷いた。