75:戦いと悪巧み
「すごい……かっこいい! おもちおちた!」
空は四人の戦いに目を丸くして驚き、そしてそのかっこよさに興奮した。最後に少し欲望が漏れたが、そこは許されたい。
「じぃじー、がんばってー!」
太鼓の音に負けないように声を張り上げると、幸生がちらりと空を見た。
すかさず振り下ろされる葉を手甲を付けた片手でいなし、また斧を振るう。時折上から切り落とされた稲穂がどさどさと落ちてくるが、幸生は軽く避けるだけで特に気にした様子もない。
「ふぅんっ!」
掛け声と共に振るわれた斧の一撃がヌシの茎を何本かまとめて切り飛ばす。
「ぱきゅるるるるぅるうう!」
ヌシがまた甲高い可愛い声で叫んだ。すると今度は地面のあちこちから顔を出していた根っこが次々立ち上がり、幸生らを捕らえようと動き出した。
「幸生、大和、適当に避けろ!」
和義が叫び、大鎌を横にして大きく振るう。幸生はそれを見るや、斧をひょいと手放してしゃがみ込み、自分の足下の地面を拳で軽く打つ。
次の瞬間、ドンッという音と共に、幸生の回りで地面が爆ぜた。
「あっ、じぃじいなくなった!?」
舞い上がった土が地に落ちた時には幸生の姿はすでにそこにない。幸生が居たはずの場所を、投げられた大鎌がブーメランのように根を切り飛ばして飛んで行き、くるくるとターンしてまた戻ってくる。
その範囲内にいたはずの大和はといえば、大幣を眼前に構えて謎の力で宙に浮き、器用に鎌を避けていた。
「ぴゅぴろろろろぴろろん!」
根を切られたヌシが怒ったように再び茎を振り回す。しかし根を切られた影響か、端の方が支えきれずぐらりと傾いた。
幸生がさっきまで立っていた場所にも茎が何本も倒れかかる、と空が息を呑んだ途端、その茎がバラバラに千切れて弾け飛んだ。
「ふんっ」
あまり気合いの入っていない掛け声と共に地面から幸生が飛び出し、その拳で茎を細切れにしたのだ。
下の方がなくなったおかげで、まだ残っていた稲穂が上からバサリと落ちてくる。
幸生はそれらをひょいと受け止めると、戦闘の邪魔にならないよう田んぼの端目がけて放り投げた。
「じぃじ……じめんにもぐってた?」
「そんな感じね。じぃじは一瞬で落とし穴みたいに穴を掘って、そこに自分が入ったのよ」
「跳ぶよりそっちのが楽なんだろ。上じゃなく下に逃げるのはアイツぐらいだな」
「すごぉい……」
空が感心している間にも、幸生は穴の開いた場所から少しずれてまた戦い始めた。
すでに稲穂の茎はその三分の一以上が削れている。幸生と和義はお互いの攻撃の邪魔にならないように少しずつ移動しながら戦い、その頭上を良夫がぶつぶつと愚痴りながら器用に跳ねて行く。
「くっそ、あーもう! 嫌すぎる! 邪魔! 危ねっ」
足をかけた場所がたまに下から断ち切られたりするため、足場に気をつけながら跳び回らなければならない。常に動いていなければ的にされてしまう危険もある。そんな葉や籾の攻撃を掻い潜り、時には鎌で断ち切り、良夫は確実に稲穂を下に落としている。
「急々如律令!」
下に落とされ足下に溜まってきた稲穂を回収しているのは大和だった。袂からだした何枚もの人型の符を宙に投げると、それらがパタパタと動き出す。大和の式神たちは下に溜まった稲穂をどうやっているのか器用に持ち上げ、それを次々田んぼの端目がけて放っていく。戦闘の邪魔になったり、余波で砕かれたりしないよう配慮しているのだ。
合間に良夫を援護し、自分に向かう籾の攻撃は符を投げて障壁を張って弾いたりしているのだ。大和もなかなか忙しかった。
「……そろそろ半分か。もう少し良夫を待つか?」
暴れる稲をバッサバッサと景気よく切り倒して行くことしばし。
幸生は大分茎を減らしたヌシを見上げ、和義に声を掛けた。
「あー、籾拾いもガキ共の楽しみだしな。全部落としちまったら可哀想だろう、よっと!」
幸生は斧を振るいながら上を見る。良夫の働きによって、ぶら下がっていた穂はすでに三分の二くらい切り落とされている。
ヌシの挙動は大体毎年同じで、残る茎の数が半分を切ったところで残った籾を一斉に周囲にばら撒き飛ばすという攻撃をしてくるのだ。
切り落とされたり、倒れた茎についている穂は村で保管し分け合うが、撒かれた籾は拾った人のものと決まっている。
それを網で受け止めたり拾ったりするのが、周りで待つ子供たちや見物の大人たちの楽しみなのだ。
幸生は少し悩んだが、和義の意見に頷いた。川の方に飛んで行く籾もあるだろうが、土手に雪乃がいるのである程度は回収するだろうと予想もできる。
「良夫! あとは子供らに拾わすから、その辺で良いぞ!」
「うえっ!? いきなり、んなこと、言われても!」
下から和義に声を掛けられ、また何本か穂を落とした良夫が慌てて声を上げた。
「あ、半分切るのはちょっと待って下さい、落ちた穂の退避がもうちょっとなので!」
式神たちをせっせと働かせながら、大和が待ったをかける。
その声に幸生と和義は少し攻撃の手を緩め、襲ってくる茎や葉をそれ以上減らさないよう避けたり弾き飛ばす事に専念し始めた。
大和に指示された良夫も下りてきて、稲の足下から穂を集める作業に加わる。
「手加減が面倒だな」
「全くだ!」
幸生は斧を足下に落とし、自身に掛けている身体強化を少しばかり強める。うっすらと光を帯びたその手で、振り下ろされた葉先をさっと捕まえた。刃のように鋭い葉なのだが、素手で掴んでも強化された肌を傷つける事は出来ない。
「よっ、と」
もう一枚、更にもう一枚と、手で葉を捕まえ、暴れるそれらをひとまとめにして片手で引っ張る。
合間にやってくる茎も幸生は器用に捕まえて、最後にはその葉でぐるぐると巻いてまとめてしまった。
それを片足で踏んで押さえ込み、また新たな葉や茎を捕まえる。
それを見て和義も真似をし始めた。
その脇でせっせと稲の穂を拾っている若者二人は、年寄り二人の行動に呆れたようにため息を吐いた。
「米田さん、意外と器用ですね」
「俺マジでいらな過ぎて辛い」
一方、それを見物していた空は、突然斧を振るうのを止めて稲を束にし始めた幸生の姿に首を傾げていた。
「ばぁば、じぃじ、なにしてるの?」
「そうねぇ、大和君と良夫君が落ちた穂を拾ってるでしょ? 多分、あれが終わるのを待ってるのね」
「なんでまつの?」
一気に倒しても良いのではないかと空が首を傾げると、雪乃は上の方に残った稲穂を指さした。
「残った茎が少なくなると、あそこに残った籾をヌシがバーンって一度に周りに飛ばすのよ。多分それを待ってる皆のために、ちょっと調整してるのね」
「ばーん……あれ、ひろったら、もらえる?」
「ええ。こっちに飛んで来たら、ばぁばが落としてあげるから一緒に拾いましょうね」
「うん……」
空は三分の一ほど残った穂を見ながら頷いた。しかし、頭の中では別のことを考えていた。
(拾ったらもらえるなら……ちょっとだけ多めに欲しいな!)
自分で手に入れたなら心ゆくまで食べられるのではないかと空は思った。普段から出された大体の食べ物を心ゆくまで食べている事実はこの際ちょっと棚に上げておく。
空は少し考え、自分の肩の上で小さくピッピッと楽しそうに囀る可愛い小鳥をちらりと見た。
「ピッ?」
その動きに気付いたフクちゃんが空を見る。
空はそっと声を潜めて、フクちゃんに内緒話を持ちかけた。
「ね、フクちゃん……あんね、フクちゃん、あのおっきいおこめ、ちょっととってこれる?」
「ピ……?」
「ぼくのね、あまってるっていうまりょく? そういうの、あまってるなら、ちょっとだけつかってもいいとおもんだけど、どうかなぁ」
「ピキュ?」
「ぼく、おもちすきだし……フクちゃんのかっこいいとこ、みてみたいな!」
「ピッ!? ホピピピピ!」
フクちゃんは空の口車に乗り、簡単にやる気を出した。
ぶわりと羽を逆立てて体を膨らませ、武者震いのようにぶるぶると身を震わせる。
「ピキュルッ!」
任せておけ、というように空の頬にフクちゃんが膨らんだ羽を押しつけると、空はくすぐったくて思わず笑い声を上げた。フクちゃんの体を何度か撫でると、小さな体が気付けば鳩くらいになっている。
「じぃじがね、またおので、ずばーんってやるとおもうんだよ。そしたら、フクちゃんのでばん!」
「ピルルッ!」
「おもちいっぱいとれたら、はんぶんこしよーね!」
「……ホピッ」
空の食べる量をよく知るフクちゃんは、そこだけはふるふると首を横に振った。
こそこそと内緒話をする一人と一羽の頭の上で、その全てを素知らぬ顔で聞いていた雪乃と善三は何となく顔を見合わせ小さく話し合う。
「雪乃さん、良いのか?」
「そうねぇ……フクちゃんがちょっとこっちに多く飛ばすくらいなら、良いんじゃないかしら」
「まあこの体だしな……」
「もし沢山採ってきたら、私が受け止めるわ」
孫に甘い雪乃にそう言われると、何だかんだで空には甘い善三もつい頷いてしまう。
さてどうなるやら、と善三が視線を戦いに戻すと、ちょうど再び斧を手に取った幸生が、それを大きく振りかぶったところだった。
お盆ですね~。
お休みの方もそうでない方も、暑さや天候などに気をつけてお過ごしください!




