37:ジャガイモは掘らない
「そろそろジャガイモ掘らないとかしらね」
「ああ、そういえばそうだな……晴れてるし、今日掘るか」
ある日の朝、朝食の席で雪乃と幸生がそんな話をしだした。ここ何日かは梅雨の晴れ間というような日が続き、時折小雨は降るが概ね晴れている。
「じゃがいも?」
五杯目のご飯を漬物と一緒に食べていた空は、祖父母を見上げて首を傾げた。雪乃は空のほっぺたについたご飯をとって上げながら頷く。
「そう、裏庭で育ててるのよ。ここのところ晴れ間が続いてるから、今日は掘るのに丁度良さそうなの。今年の出来はどうかしらね?」
「多分そう悪くないはずだ」
「じゃがいも、おいしーよね!」
「そうね。空、何して食べたい?」
「えっ、んーと……ほこほこにして、まよねーず?」
空は美味しくてお腹いっぱいになるなら煮ても焼いても好きだが、一番早くてシンプルそうなものを答えてみた。前世の記憶はフライドポテトと囁いた気がしたがとりあえず無視した。すぐに食べられれば何でも良い。素材が美味しいから田舎のものは何をしても大体美味しいはずだ。
「じゃあ片付けたら掘りましょうか」
「うむ。さっさとやってしまおう」
「ぼくもてつだう!」
「あら、ありがとう空。お代わりいる?」
「いる!」
六杯目のご飯は納豆ご飯にしてもらった。
「じゃがいも、じゃがいも、こふきいもに、にっころがし、にくじゃがと、ぽてとさらだ」
ふんふんとご機嫌にでたらめな歌を歌いながら、空は長靴を履いて外に出た。今日は曇り空だが合間からはうっすらと太陽も見えている。雪乃と一緒に裏庭に回ると幸生とヤナが畑の一角で作業していた。幸生は仕切りの紐を取り払って片付け、ヤナは納屋から底が浅く四角い網籠を幾つも重ねて運んでいる。
「それ、なにするの?」
「この籠か? これに芋を並べて乾燥させるんだぞ。そうすると美味しくなるらしい」
ヤナはジャガイモには興味が無いらしいが、手伝いは好きらしくてせっせとしてくれる。
ジャガイモの畑は裏庭の一角の、日当たりの良い場所に作ってあった。十メートルほどの長さの畝が五本、綺麗に並んで伸びている。その畝の上に育ったジャガイモの枝葉は、花もすっかり終わり茎も枯れかけている。
ヤナが十枚ほどの籠をその畑の脇に一枚ずつ並べ終えると、幸生が畝の端に行き、雪乃もその横に立った。
「空、こっちに来い。今から雪乃が上の方を刈り取るでな」
ヤナに呼ばれて空が少し離れ興味津々で見つめていると、雪乃が右手を横に伸ばして前に向かって大きく振った。
ヒュッと風を切る音がして、半分枯れかけていたジャガイモの地上部分の枝葉が次々と倒れて行く。雪乃が風の魔法で切り払っているらしい。
「ふわ……ばぁばのまほう、すごい」
いつもながら鮮やかな手並みに空はパチパチと手を叩いた。
「ありがとう。さ、次はじぃじよ」
「うむ」
雪乃が場所を譲ると幸生が一歩前に出て、その場にしゃがみ込む。
土の上に右手を置くと、手のひらで何度か表面を撫で、それから指先でとんとんと地面を叩いた。すると叩かれた場所から前方に広がるように地面が微かに波打って揺れ出す。ずず、ずずずと音を立てながらジャガイモ畑だけが細かく振動し、上に残った枝葉がわさわさと揺れる。しばらくすると畝が崩れて土の中からジャガイモがわずかに顔を出した。
「おいもでてきた!? じぃじ、すごい!」
田んぼの土をひっくり返した技の応用のように見えるが、見かけによらず器用な幸生に空は大興奮だ。これならば拾うのは楽そうだと空が手を叩きながら思っていると、雪乃がポケットから何かを取り出した。
「はい、空。これ、吹いてみてね」
「なぁにこれ?」
手渡されたのは十センチほどの細長い筒だった。竹で出来ていて、所々に穴が開き、上の方は細く削られている。
「これは笛よ。ここのジャガイモは、賢いから笛の音で出てくるのよ」
「へ?」
また何か理解不可能な事を言われ、空はポカンと口を開けた。賢いジャガイモ、と言う単語を頭が理解するのを拒否する。しかし雪乃に促され、空は恐る恐るその笛に口を付けた。ちょっと緊張しつつ息を吹き込むと、ピーッと甲高い細い音が出てくる。
「何回か吹いてみて」
「うん」
空は言われたとおりピーピーと笛を何回か吹き鳴らした。すると不意にごそりと土が動いた。
「ピュピッ!?」
空は笛に口を付けたまま目を見張った。叫び声の代わりに変な音が笛から出たがそれどころじゃない。
何とジャガイモの茎があった場所から、大きく育った芋達が土の中からゴロゴロと勝手に転がり出てきたのだ。芋達は手足もないのにどうやってか、土をかき分けるようにして次々と地上にまろび出てくる。
「こっちだぞー」
ヤナが手を振ると芋達はそちらを目指して列を成して転がり始めた。並べられた網籠の側まで来た芋を、ヤナと幸生、雪乃も加わり次々拾って籠に入れていく。
「空、もうちょっと吹いてね。お寝坊な子もいるから」
「おいもが……ねぼう……?」
呆然と呟いたものの、空はそれ以上考えるのを止め無心で笛を吹いた。笛の音色に誘われて大小様々なジャガイモが土から出てくる様は何だか子供向けのストップモーションアニメを彷彿とさせ、見慣れれば可愛いと言えないこともない。
(何かに似てる……あ、あれだ。ウミガメの赤ちゃんっぽい……)
前世のテレビで何度か見た、砂浜から這い出してくるウミガメの赤ちゃんとちょっと似ている。亀と違って頭も手足もないが、皆で土をかき分けて一カ所から固まって次々出てくるところが何となく、多分。
そんな現実逃避をしながら空はじゃがいもの行列を見守った。
やがて全ての芋が籠に収まり、いくら吹いてももう何も出てこなくなった。
芋の並んだ籠を幸生が集めて納屋に運び、空は雪乃らと一緒に畑からジャガイモの枝葉を拾い集める。庭の端に落ち葉や野菜のいらない部分を集めて入れる木枠があり、そこに重ねるといずれ肥料になるらしい。
「うんしょ、うんしょ」
両手いっぱいに葉っぱくずを抱え、空は一生懸命そこまで何度も往復した。時々ミミズや名前も知らない小さな虫が出てきてビクッとするが、大きくなくて噛みついたりしてこないならいいやと頑張って追い払う。そうして一生懸命お手伝いしていると段々と虫もミミズも気にならなくなった。
「空、それでおしまいだぞ。お疲れ様だな!」
「おしまい?」
「ええ、終わりよ。お手伝いありがとう空」
「よく頑張ったな」
皆に褒められて空はえへへと嬉しそうに笑った。
謎の芋掘りはあっという間に終り、空は自分が戦力になったとは思っていないがそれでも少しはお手伝いできて嬉しかった。終わってみれば笛を吹いて芋が勝手に出てくるって、なんて楽ちんで素晴らしいんだと思えてくる。
「さて、じゃあ今日のお昼は、とれたてのおいもを茹でたのにしましょうか」
「おいも! おい……」
芋が食べられると空は一瞬目を輝かせ、それからすぐにハッと我に返った。自分達で籠まで歩いて(?)行ったあの芋達を食べて良いものなのかと疑問に思ってしまったのだ。ウミガメの赤ちゃんのようだと感想を抱いた事も思い出す。
「ばぁば……おいも、たべていいの?」
「うん? もちろん良いわよ。空、おいも好きでしょ?」
「すき……でもおいも、かしこいって」
空の抱く躊躇は雪乃らにはピンと来ないらしく、大人達は顔を見合わせると不思議そうに首を傾げた。
「生き物みたいで気になるのかしら? でも空、お肉もお野菜もお魚も、形や生き方は違うけど、皆生き物よ。だからアレが良くてコレは駄目って言うのはばぁば達にはないの。山菜だってみんな元気に動き回ってたでしょ?」
「さんさい……おいしかった」
「そうでしょう? 皆魔素をいっぱい含んで、空を元気にしてくれるわ。だから何でもいただきますって手を合わせて大事に食べましょうね」
「ここでは大体何でも、食うか食われるかだからの。食うために人に育てられたものはちゃんとわかっておるから気にすることはないぞ」
「そうなんだ……じゃあ、おいしくてもいいんだ?」
「……美味しく食ってやれば、あれらも皆喜ぶ」
幸生にもそう言われ、空は大きく頷いた。何でも美味しいけれど、残さず大事に食べようと改めて思う。笑顔を見せた空に雪乃らもホッとし、皆で納屋に行って今日食べるジャガイモを選んだ。
「茹でて食べるから、大きさが同じくらいのを選んでね。空、幾つ食べる?」
「んーと……いっぱい!」
「あら、じゃあ寸胴で茹でなきゃ駄目ね」
雪乃は笑いながら中くらいの大きさのジャガイモをザルに山盛りにして、台所に運んでいった。
ヤナに服を着替えさせて貰って空が台所に行くと、芋は綺麗に洗われ寸胴鍋に入れられた所だった。雪乃は鍋に水を張り、火に掛ける。
「おいもって、みずからゆでるの?」
「そうよ。お湯に入れるとお芋が熱くてビックリして跳ねて逃げ出すのよ」
「え……?」
「さて、何で食べようかしら。マヨネーズだけじゃちょっと寂しいし……バターにお塩、あ、もらい物の塩辛があるわね。あとは……肉味噌でも作ろうかしらね。空はマヨネーズの他は何が良い?」
「ぼく……にげださないおいもなら、なんでもいいな」
お昼ご飯に食べた、もう逃げ出さない新ジャガは大変美味しかった。
水から茹でられたら気づかずアレするやつかもしれない。
ちょっと乾燥させるともう動かなくなります。