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29:猛者は他にいた

「さぁ、各自一斉に田んぼに降り立ちました! 早いのはやはり忍野忍! 滑るように水面を走って行く! 地上を走るのと全く変わらない軽い足取りと、走りながら苗を投げ植える手際はさすがだ!」

 空は忍野の手元を一生懸命見つめたが、肘から先がかすんだようになって何をしているのかちっとも見えない。だが彼が水面に波紋を置いて走って行くごとに、その後ろには植えられた苗が規則正しく並んでいった。

 その向こうの田んぼでは、忍野の息子の泰造がうおぉぉぉと何やら叫んでいる。


「忍野流忍法! 疾風怒濤の術!」

 中二病はこの世界にもあるらしいと空は一つ学んだ。

 田んぼの真ん中に立った泰造の手から苗の束が天高く投げ上げられ、それがふわりとバラバラになる。バラバラに分かれた苗は何かに操られるように宙に留まり、そのまま並んだ。

「破ッ!」

 胸の前で印を組んだ泰造の掛け声で、一斉に苗が田んぼを目指して飛んでいく。シュパパパ、と水を切る音を立てて苗は綺麗に並んで田んぼ一枚を埋め尽くした。泰造はものすごいどや顔だ。


「忍野流くノ一忍術! 流星雨!」

 語尾に星が付きそうな声で同じような技を見せたのはその向こうにいる妹、優子だった。

 やっていることは泰造とほぼ同じ、違うのは苗がキラキラとした光を纏って飛んでいくところだ。

 それを見ながら雪乃はふふ、と面白そうに笑っている。

「泰造君も優子ちゃんも、腕は悪くないけど相変わらずおかしな魔法が好きね。わざわざ開発してるんだろうけど、魔力が勿体ないわね」

「若い頃はああいうのやる子が何人か必ず出るわねぇ。そのうち酒の肴にされてのたうち回る事になるのに」

 おばさん達の感想は割と容赦ない。空は自分が大きくなる頃には気をつけようとそっと胸に誓った。


「おっと、四番伊山大きく跳んだ! 得意の回転飛ばし植え! まるで細い槍のように次々と苗が地に落ちる!」

 空が声につられて奥を見ると、伊山良夫が畦を蹴って大きく跳び、田んぼの真ん中でそのまま宙に一瞬留まり、ヒュンッと体を素早く一回転させた。じっと見ていたが、空には彼が何をしたのかよくわからない。しかし次の瞬間田んぼの水面がぶわわっと波立ち、それが収まるときちんと苗が植わっているのが見えた。良夫はそのまま次の畦に降り立つと籠から新しい苗を取り出し、少し溜めてからまた大きくジャンプする。

 やる気がないと言っていた割に、確かに始まれば彼も真面目にやっている。応援する友人達からは、良夫カッケー! などと声援が上がっていた。確かに、自称忍者二人よりよほど忍者っぽくてカッコいいと空も思った。


 その四人より向こうは、残念ながら空の目では余りよく見えなかった。けれどやはり田んぼを走って植えていたり、遠くから苗を飛ばしたりするのが主流のようだ。

 選手の中で淡々と走り続けて速いのは忍野、次が良夫のようだ。泰造と優子はいちいちポーズを決めたりしているのでいまいち速度が上がっていない。しかし周りからは喝采を浴びているので、それはそれで受けているらしい。


「さぁ、忍野忍、安定した速度で走り続け、もう七反目に入った! 伊山が僅差で後を追う! 忍者二人は歓声に応えている間に約一反の遅れ! あっ、その向こう六番深谷が突然の失速! 魔力切れかー!?」

 六番目の人がどうやら速度を落としたらしい。しかし速度を大きく落としたのは六番目だけじゃ無かった。

「ああっと、忍野妹動きが止まった! 派手な演出が徒となって魔力切れの模様! あ、忍野兄も怪しいか!?」

 二番と三番の二人が突然田んぼの真ん中と途中の畦の上で苦しそうに動きを止めてしまった。

「ありゃダメだな。最近の若ぇのは魔力配分もできねぇのか?」

「まぁそういってやんな。お遊びみたいなもんなんだ。ちっと張り切りすぎたんだろ」

 田村がぶつぶつと年配の人らしい文句を言い、それを善三が宥める。

 どうやらトップ争いは完全に忍と良夫になったらしい。忍の方は一定の速度で走り続け、危なげない。良夫の方は魔力には余裕がありそうだが、ジャンプするまでに少し溜めがあるため、速度の面では少しだけ忍に劣っている。このまま行けば僅差で忍が勝つだろうと思われた。

 ところが、あと少しで向こう端のゴールというところで、忍の体がぐらりと揺れその足が突然田んぼの泥に沈み込んだ。そしてそれっきり完全に動かなくなってしまった。


「ああー!? どうした、忍野忍! 突然泥に沈んだぞーっ!? えっ、なに? ぎっくり腰? リタイア!?」

 雪乃と美枝は動けなくなった忍野を心配そうに見ている。

「あらあら、忍野さんたら運動不足かしら」

「役場の仕事で忙しくしてるみたいだしね。今年はもう出ないつもりだったみたいなんだけど、子供達がアレだから、申し訳ないので出るって言ってたみたい」

「あの子達も普通にやれば効率よく出来るのにねぇ。忍野さんも大変ね」

 そんな番狂わせの傍らで良夫は静かに準備を整え、再び大きく跳んだ。

「この隙に伊山が最後の跳躍! そして苗を放ってー、着地! 一着は、伊山良夫ー!!」

 どうやらそういう結果になったらしい。

「わ、あたった!」

 空はパチパチと手を叩いて喜んだ。雪乃がそれを微笑ましく見上げる。

「良かったわね、空!」

「うん!」

「おっと、この後一応苗の植え方審査があるから、優勝かどうかはまだわかんねぇぞ。まぁ多分大丈夫だとは思うが……」

「しんさってなにするの?」

「苗がきちんと等間隔に綺麗な列を作ってるかとか、適度な深さで植わってるかとか、傷んでる奴がないかとか、そういうの調べるんだよ」

「だめだとおこられる?」

「まぁ、そう怒られやしねぇが、ちと順位は下がるし、ひどい田んぼはやり直しかな」

 きちんと植わってないのに速度だけ求めてもダメと言うことらしい。それは空にも納得できる話だった。

「二着は八番田島! 三着は五番田辺!」

 そんな話をしていると、次々とゴールした者達の名が呼ばれる。

 結局一番人気の忍野家の面々は、一人はぎっくり腰で、二人は魔力切れでリタイアとなったらしい。いまいち締まらない結果にパラパラと拍手が沸き起こる。田んぼの中で動けなくなった選手は近くにいた人が魔法で回収していた。


「……いつも通りだな」

「そうねぇ。田植えの主力はあんまり競争には出ないしね」

 幸生と雪乃がそんな会話を交わす。

「そうなの、ばぁば?」

 空が見下ろして聞くと、雪乃はそうよと頷いた。

「ばぁばも田植えは得意なのよ。だからちょっとまた行ってくるから、じぃじと一緒にいてね」

「うん」

 そう返事をすると、遠くでドォンと太鼓が一つ鳴った。

「田植え競争はこれにて終了! 審査の結果は後で発表するから、田植え班出動願いますー!」

 どうやらやっと競争と審査が終わり、他の村人による田植えになるらしい。田植えに参加するらしき人々がわらわらと世話役のところに向かい、苗の入ったかごを受け取っている。

「じゃあいきましょ、美枝ちゃん」

「ええ。じゃあ明良、ちょっと空くん達と待っててね」

「はーい、いってらっしゃいばーちゃん!」

 どうやら美枝も田植えに参加するらしい。二人は世話役のところにいってかごを受け取るとおしゃべりをしながらまた戻ってきた。

「そこのやりかけの所から片付けちゃうわね」

 そう言って歩いて行く雪乃が気になり、空は幸生に頼んで二人がよく見える所までついていって貰った。

 やがて南側の田んぼの端まで来た雪乃はかごを地面に下ろした。そしてそこから苗を次々に取り出す。するとそれは勝手に置かれた地面や雪乃の手のひらからふわりと飛び立ち、適度に分かれたかと思うとしゅっと忍と泰造のやりかけの田んぼへと飛んでいって、ぱちゃぱちゃと軽い水音を立てながら着水し、勝手に植わっていった。やっている事は忍野兄妹と似ているが、全く無駄がなく瞬時に終わってしまった。確かにこれでは雪乃が競争に出ないわけだと空は深く納得した。


 その向こうの美枝はと言えば、優子のやりかけの田んぼの前にまとめて苗を置き、ブラシのように束ねられた苗の頭をそっと撫でる。

「さ、みんなお願いねぇ」

 美枝がそう言うと苗の束がぶるぶると震え、突然すっくと立ち上がった。

「え」

 空はそれを遠目で見ながらポカンと口を開けた。

 美枝の前の苗は意志を持ったかのように一本ずつ分かれ、器用に根っこを動かして走って行く。そして次々田んぼに飛び込むと、適度な間隔を空けて列を成し、自分の植わるべき場所を見つけると静かに根を下ろした。

「相変わらず植物の扱いはピカイチだな、美枝さんは」

「ありゃあ真似できねぇよな。美枝さんの緑の手に掛かりゃ、みんな意志があるみてぇに振る舞いやがるからな」

 やりかけの田んぼを埋めて余った苗は美枝の元に自主的に帰ってきて、また大人しく束になる。

 美枝は楽しそうにそれを拾うと、次の田んぼを目指してとことこと歩いて行った。

 空はまた大事な事を一つ学んだ。

(田舎には、ただの主婦なんていなかった……)

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなすごくて草
[一言]  おかあさん(田舎のおばさまたちを示す)たちから見た田植えレースはあれかな、運動会で一生懸命走っている子供たちを見る目というか…… 圧倒的、貫禄!!  このやり方なら、ヒルに襲われることも…
[気になる点] この田舎での諍いの諌め方に興味あります 人外能力者だらけでどうすんだろ? まぁ協力しあわなければ生き抜けない環境とは思いますが [一言] わかってたと思ってたが「つもり」だったようだ …
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