28:個性的な参加者
「さぁ、そろそろ開始するぞー! 今回の田植えの出場者は十名! ちっと少ないが、今年は若手が多いから予想が難しいぞ!」
昼休憩も終わり、広場の看板の前にはまた人々が集まった。
田起しの看板の紙が貼り替えられ、それを前に世話役の男がまた声を張り上げる。名を呼ばれた十名が看板の側の見通しの良いところに並んで立ち、それぞれごく簡単に紹介されてゆく。
「今のとこ一番人気は西の忍野家からの三名! おっさんと若造と自称アイドルだ! 実力はおっさんだが若造は伸び盛り、アイドルはまぁそこそこ可愛い! あとは南の伊山のとこの良夫が実力を伸ばしてきてるぞ!」
「おいなんだその雑な説明!」
「父さん達とまとめないでよ! あとそこそこって何よ!」
「いや、お前ら名前呼ぶと毎回嫌がるだろうが!」
忍野家と呼ばれた人達のうち、若い男と少女が手を振り上げて怒っている。若造と自称アイドルと呼ばれた二人のようだった。
空はその二人の格好に目を丸くして驚いた。男の方は黒ずくめの如何にもな忍者風装備で、少女の方はアニメなんかに出てきそうなピンク色のくノ一っぽい服なのだが、ミニスカートはふわりと広がってフリルが裾から覗いている。その下にはスパッツを履いていた。双方とも頭は頭巾に包まれているし、顔も覆面で半分隠していてよくわからない。
「にんじゃ?」
「あら、空、忍者って知ってるの?」
「うん、てれびでみた」
と言うことにしておいた。雪乃は頷くと、あの二人は忍者愛好家なのよ、と教えてくれた。
「あいこーか……」
忍野なんていう名前だからそうなのかと思ったが、ただのコスプレだったらしい。
確かにその隣の二人の父親らしきおじさんはグレーのポロシャツにベージュのチノパンだ。中肉中背に白髪交じりのスッキリとした髪型に眼鏡で、日曜日のお父さんという風情の中年男性だ。こちらもある意味これから田植えに行く格好には全く見えない。
同じく前に並んでいる二十歳くらいの若干童顔の若者は米と大きく描かれたTシャツに七分丈の薄手のパンツをはいている。足下はサンダルで、夏場にコンビニにでも行くような格好だった。
「あはははは、良夫、やる気ゼロ!」
「うっせ、俺は面倒だから出ねぇって言ったのに、ババアが勝手に決めちまったんだよ! やる気なんかあるか!」
「またまたー、始まりゃ変わるくせに!」
彼に対しても友人達から囃し立てる声や笑い声が飛ぶ。
どこの世界でも場所でも、それぞれ個性的な若者がいるんだなと空はちょっと安心した。
「空、誰か応援したい人いる? 忍野さんちのおじさんは忍さんで、息子さんは泰造君、女の子は優子ちゃんよ」
忍者二人の名前は普通だった。むしろおじさんが一番回文ぽくて可愛い名かもしれない。
「よくわかんないから、あのひとにする」
空はTシャツの若者を指さした。
やがて賭け札も全て箱に収まり、また村人達がぞろぞろと移動を開始した。
移動先は十字の道のうち、南北を繋ぐ縦の道路の方だった。空は幸生に肩車され、南側の道の途中までやってきた。矢田家や野沢家などの近所の人達も一緒だ。何故か昼にはいなかった田村と善三も幸生の脇を歩いている。
「……この辺で良いか」
「いいんじゃないかしら。田んぼもよく見えるし」
道の真ん中とまでは行かないが、スタート地点から適度に離れた辺りで幸生は足を止めた。
空はその高い肩の上からスタート地点にいる出場者達を眺める。十人なので、南東の田んぼだけで一斉に田植えするらしい。競争が終わったらまた他の人も混ざって田植えをするのだと雪乃に教えて貰った。
「今年も苗かごの補修、結構大変だったぜ。草鞋編んでくれなんてねじ込んでくる奴もいるしよ」
左隣に来た善三がそう呟き、幸生が少し顔を逸らした。
そうすると上に乗っている空も身をひねる羽目になる。空は幸生の顔を小さな両手で掴むと反対側にぐいっと捻った。スタート位置がよく見えなくなってしまうのは困る。空の手で捻ってもその力などたかが知れているが、孫に甘い祖父はそれに逆らえない。
「空……」
幸生は困ったように空の名を呼んだが、空はその顔を見下ろしてプルプルと首を横に振った。
「じぃじ、あっちみたい」
子供らしくそう言えば幸生は諦めた。それを良いことに空は善三の方を見下ろした。
「ぜんぞーさん、なえかごってどんなの?」
そう問うと善三は、ああ、と頷き、スタート位置に立つ田植え参加者達を指さした。
「あいつらが腰の後ろに付けてる帯付きの四角いかごあるだろ。俺は竹でああいうのを作ってんだ。苗が沢山入って取り出しやすいんだ。作りは難しくねぇが、結構数がいるからなぁ。山菜採りの季節や祭り前になると、修繕だの新造だの、付与のかけ直しだのと忙しいのさ」
「しゅうぜん……しんぞー?」
「壊れたとこを直すってことと、新しいのを作るってことだよ」
なるほど、と思いながら空は参加者達の姿を見た。ここからでは余りよく見えないが、あの竹かごもどうやら魔法の鞄と同じで物が沢山入るらしい。そこに苗を入れて田植えに向かうのだろう。
(どんな田植えなんだろ……僕にちゃんと見えるかなぁ)
そんなことを考えながら見つめていると、ドン、と太鼓の音がした。
「んじゃ、始めるぞー! 植え終わった後は出来映え審査があるから、そこも考慮して植えて下さい! 各選手、位置についてー! 用意!」
ドォン、と大きな太鼓の音と共に、並んでいた全員が一斉に田んぼに降り立ち走り出した。
空はとりあえず一番手前にいるおじさんを一生懸命見つめた。
彼はまるでこれから散歩にでも出かけるような気軽さでスタスタと田んぼに近づく。散歩と違うのは、チノパンから出た足が裸足であることだろうか。
長靴でもないし、チノパンをめくり上げている訳でもない。泥田に下りるのに何か履かなくても良いんだろうかと思いながら空が見ていると、彼は田んぼに下りる前にさっと腰の籠に手を突っ込むと、両手に苗の束を取り出した。
そしてそのままひょいと田んぼの水面に降り立ち、ジョギングくらいの速度で走り出した。その足は確かに水面についているようなのに、何故か田んぼに沈まない。おじさんはアメンボのようにわずかな波紋だけを残して軽快に走っていく。
(やっぱり人外田植え合戦だった!)
空は子供らしからぬ悟ったような微笑みを浮かべ、選手達の活躍を静かに見守った。
いつも感想などありがとうございます!
田舎あるあるも楽しいのでまだまだ募集してます!
使うかどうかはわかりませんが、皆さんの思い出の、田舎の楽しさとか怖さの空気感みたいなのを感じて捗ります!