2-132:穏やかな秋の日
大騒動だった稲刈り祭りを終え、魔砕村の秋も深まる頃。
空は縁側でおやつの焼き芋を囓りながら、小さくため息を吐いた。
別に焼き芋に不満があるわけではない。幸生が育てたサツマイモは今年も豊作で、甘くてほっくりしていてとても美味しい。
幸生がわざわざ庭の片隅にある竈に火を起こし、その熾火の中に入れてじっくり焼いてくれたのだ。ぽくりと割れば湯気の中からつやつやした金色の芋が現れる。水分も甘みもちょうど良く、幾つでも食べられそうだった。ちなみに空は今二つ目の焼き芋を食べていた。
「どうした、空。ため息など吐いて」
「うん……まま、かえっちゃったなぁっておもって」
紗雪は稲刈り祭りの二日ほど後に、幸生が搗いた餅や秋野菜、葡萄や栗などを沢山お土産に抱えて帰って行った。
「寂しくなってしまったかの? また正月には来るのだから、元気を出すのだぞ」
「そうね。お正月なんてもうすぐよ、空」
「うん……おしょうがつには、みんなかえってくるもんね」
空はそう言って頷き、元気を出さなければと三つ目の芋に手を伸ばした。
すると雪乃がそれを止め、お皿やフォークなどを持ってきてくれる。そこに芋を小さく切り分け、バターをぽたりと落としてくれた。温かな芋にたちまちバターが溶け出し、とろとろと流れ落ちていく。空はそれを待ちきれないというようにフォークで突き刺し、そしてふにゃりと頬を緩めた。
「ほあぁ……ばたーのふうみとしおけが、おいもとけっこんしてるぅ……」
空は一瞬で元気を取り戻した。
「結婚……そういえば、春にはアオギリ様と弥生ちゃんの式もありそうね。そのときも紗雪たちはきっと帰って来るわ」
稲刈りの後、真名を交わし、アオギリ様と弥生は無事に夫婦になった。
先日、村全体に向けてそう知らせがあった。神社はお祝い事に賑わったが、さすがに結婚式や披露宴をすぐにやるわけにはいかない。
アオギリ様は今年の冬は恐らく眠らずに済むだろうと言っていたが、どこでどう過ごすのか、年末年始の行事などはどうするのかなどこれから話し合うことも多いらしい。
色々考えると、二人の結婚式は来年の春以降になりそうだという。紗雪はそのときはまた絶対に帰って来ると断言していた。
『弥生の結婚式は絶対早めに帰ってくるわ。披露宴のご馳走、お祝いに私も狩りに行くからね!』
というのが本人の希望だからだ。紗雪が何を狩ってくるつもりなのか、空は今からちょっと楽しみにしている。
「ぼく、はるもたのしみだなぁ」
「来年の春は賑やかになりそうねぇ……今回は日帰りの予定が急に変わっちゃって、隆之さんや子供たちにも迷惑掛けちゃったけど、お正月も春も皆で過ごせるといいわね」
「そっか……ぱぱたち、ままがいなくてだいじょぶだったかなぁ」
「大丈夫よ。隆之さんはちゃんと料理やお家のことが出来るみたいよ」
隆之は紗雪と結婚するまでは一人暮らしをしていたので、実はそれなりに家事が出来る。
結婚して子供が生まれてからは出来る限り育児もしていたし、二人目、三、四人目とさらに増えてからは紗雪の手が回らないことが増えたので、休みの日には料理本を見ながら作り置き料理などにも挑戦していた。
そんな小まめな父の姿を思い出し、そう言われてみれば心配ないかもしれないと空は頷いた。
「それに父方の実家も家から近いのだろう? 何かあればきっとそちらに手を借りたのだぞ」
「あ、そっか! そうかも!」
隆之の実家は東京都内にあって、家族が住むマンションからそう遠くない。空も引っ越す前は年に何回か父方の祖父母や伯父、叔母などに会った記憶がある。
まだ体が弱かった頃なので空だけ紗雪と留守番だったこともあるが、そんなときは空の為にとお土産を用意してくれるような優しい人たちだった。
「向こうのご家族とはよく会ってたの?」
「うん! ぱぱのおじいちゃんもおばあちゃんも、おじちゃんとかおばちゃんとかも、みんなやさしいよ!」
父方の親族を思い返し、空は笑顔で頷いた。いつも空の体を心配してくれた祖父母に、いつか元気になった姿を見せられたら良いなと思う。
「隆之さんのご実家に、今度うちからも何か送ろうかしら……魔素を多めに抜いた食べ物とか、売ってお金になる魔素素材とか」
「魔素素材なんて、一般人が気軽に売り買いできるのかの?」
「紗雪に聞いたら、ダンジョンの近くなら買い取り用の機械や窓口があるらしいわ」
田舎の人間はあまり都会のそういう事情に詳しくはないが、この近辺の物が素材として喜ばれることは知っている。何せその辺に転がっているドングリでも有り難がられるくらいなのだ。
「……金に換えられるような物を貰っても驚くだろう」
空の隣で湯呑みを手にしたまま黙っていた幸生がぽつりと呟く。
自分が掘った芋を美味しそうに食べる空をじっと見つめて動かなかった幸生だが、一応話は聞いていたらしい。
「じゃあ、ぼくがほったおいもにしようよ! じぃじのそだてたおいも、すっごくおいしいもん!」
今食べていた芋は幸生が先日少しだけ掘ってきたものだ。出来を確かめる為に一畝の半分ほどを収穫したのだが、もう少し太らせてもよさそうだということで、まだ本格的な芋掘りは行っていない。
「確かに芋くらいの方が気を使わせなくて良さそうなのだぞ。空は今年も芋掘りをしたいのかの?」
「うん! たのしかったもん、ことしもやりたい!」
「テルモ! コトシハテルモ、サンカスルヨ!」
空が元気良く頷くと、縁側の端でフクちゃんと日向ぼっこをしていたテルちゃんが声を上げた。
テルちゃんもいつもと変わらず、空がやることは何でも一度くらいは参加したいようだ。
「じゃあ空が掘ったお芋から魔素を抜いて、隆之さんのご実家に送るわね」
「うん! えへへ、ぼくがおいもほれるくらいげんきになったの、おじいちゃんたちおどろくかなぁ」
「きっと喜んでくれるのだぞ」
「だといいな!」
空は遠く離れた父方の祖父母の顔を思い出し、にこりと笑う。
記憶は少しずつおぼろげになっている気がしたが、それでもきっといずれまた会える。
冬になれば家族もまた帰ってきてくれるのだ。
空は続く楽しみに思いを馳せながら、残った焼き芋に勢い良く齧り付いた。
換金したらかなりの高額になる魔素素材が送りつけられてきて仰天する、という未来を、隆之の実家はどうにか回避出来たようだった。
そろそろ投稿を再開します。
まだ更新間隔は不定期ですが、書き進めたらそのうち定期的になると思います。
もうすぐ短編集が発売になります。そちらもどうぞよろしくお願いします!




